王道な勇者さま、そのお供、そして姫
――空が、ビリビリって鳴いた。
空気が裂けるような音だった。まるで、大地ごと引きちぎられる前触れみたいに。
そして、影が――落ちてきた。
空の端、雲を割って、巨大な黒い塊が降下してくる。
「竜、なり」
勇者さまが、短くそう言った。
その声には、迷いも疑いもなかった。
誰よりも先に、誰よりも静かに、それを“敵”と断じた声だった。
「おお、ほんまじゃ。ワイバーンなんてパチモンじゃのうて、まじもんのドラゴンじゃ……」
拳吾郎さんが、ぼそっと呟いた。
斧吾郎――もとい斧ちゃんを肩から外し、首を鳴らす。
「竜……わたし……初めて見た……」
メメちゃんが、ぽつりと呟いた。
その目は、空を飛ぶ影に奪われていた。
杖がわずかに震えた――いや、違う。震えてるのは、メメちゃんのほう。
「これは、いけませんな――」
セツドー神父は、懐から静かに十字架を取り出した。
「竜……だと」
オルフィーナ殿下は目を奪われたように硬直していた。
「……姫御前、兵を散らせ。密なるは、災いを呼ぶ」
勇者さまが静かに言った。けれど、それは命令というより、当然の判断だった。
「……私に命令する、な」
オルフィーナ殿下が、少しだけ語気を強めて返した。
「姫御前……竜、なるぞ」
勇者様は、静かに、でも、諭すように念押し――
「……っ、全隊、陣形を崩せ! 散れッ!」
オルフィーナ殿下の号令が響いた。
銀の兵士たちが動き出すけれど、足取りは重い。
あれが、ドラゴンの圧ってやつなのかも。
見上げれば、空を覆うように、あいつが――ゆっくりと降りてくる。
でっかい。でっっっっっかい。
翼を一振りしただけで、爆風みたいな風圧が谷を走った。
音が、空気が、存在そのものが、桁外れ。
剣として言わせてもらうと――
あんなもんに斬りかかるのは、正気の沙汰じゃない。
兵士たちが、槍を構えたまま硬直してた。
先端が震えて、カチャカチャと不規則な音を立てていた。
その様子を、勇者さまがチラッとだけ見て言った。
「致し方なし」
そして、ダッと地を蹴った。
竜――ドラゴンに向かって!
「さすがは兄貴じゃ! ほれ、皆も行くぞッ!」
拳吾郎さんが追いかける。
斧ちゃんを構えて、笑ってる。
「しかるべく」
セツドー神父が十字架を掲げながら、ドスドス走り始めた。
「うん、メメも……行く!」
メメちゃんが震えながら、でも一歩を踏み出した。
勇者、戦士、僧侶、魔法使いが一斉に――
あれ? なんだか今、すごくそれっぽい雰囲気だった?
なんだか、ちゃんとした勇者パーティっぽい?
まあいいや――大変な戦いが始まりそうなんだから、気にしない!
そして――
「きぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
谷に響くような、勇者さまのものすごい声だった。
声というより、なんかもう、衝撃波だった。
びりびりって鼓膜が揺れて、ぼくは耳というか柄の根本がキーンってなった。
勇者さまの声が、ドラゴンにぶつかる。
うん、物理的にぶつかってる気がする。あれたぶん、音でドラゴンの顔歪んだよ?
まあ、叫びで天候を変えちゃうひとだしね、仕方がないね。
たしか、あのときは雨乞いのつもりが雷に直撃されて――
いまだに、あれが天の加護なのか天罰なのか、ぼくにもわかんない。
でも、今度は別の物が降ってくるみたい。
ドラゴンが、くわっと口を開いた。
風が、ばふぅって唸る。
黒い瘴気が吐き出されて、勇者さまを呑み込むように広がった。
わわわ、毒のブレスだよ!
でも、勇者さまは回避しない。
ぼく(剣)を両手で構えて――
「ちえあぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
一振り――
ブレスが胡散霧消――
振るわれたぼくは大変だけど、これってすごい!
あ、オルフィーナ姫が目を丸くしている。
ふふ、すごいでしょ、この人。
「主の名のもとに、光あれ! ナンムサン!」
セツドー神父が、空に向けて十字架を掲げた。
その瞬間、魔の瘴気がぱあって裂けて、光が降りそそぐ。
ドラゴンが一瞬ひるんだよ!
「マジック・ミサイルッ!」
メメちゃんも魔法を放った!
魔力の光が幾筋も空に向かって走って、ドラゴンの翼をかすめて爆ぜた。
「おちやがれッ!!」
拳吾郎さんが、叫びながら飛び出した。
斧ちゃんを両手で振りかぶって、空中で一回転――
ガッ――!
鱗が硬すぎてダメージは入らなかったけど、ドラゴンを地面に降りたたせるには十分だった。
……うん、勇者パーティ、ちゃんと動いてる。
ちゃんと連携してる。ちゃんと、カッコいいぞ。
なお、お姫様は「なんと……」なんて言ってる。
うん、最近ぼくも慣れてきたけど、初見だとわからないかも。
ドバンッ!
とにかく、ドラゴンが、地面に落ちた。
そして――
「やあやあ我こそは――魔を斬る剣、勇者なり!
義により理により、汝を斬る者なり!
ただ斬られよ、汝、不浄なるものよ。
此度の剣、汝を討つために鍛えられしものなり――!」
そしてかえってくる咆哮――
ドラゴンのあの顔、完全に「勇者め、殺してやる!」って書いてある。
勇者さまは、一身にヘイトを背負ったんだ。
勇者さまは、やっぱりすごい……!
なんていうか、素敵で、かっこいい!
そして、ものすごい王道的おはなしッ!
ああ、勇者さま、それでこそ――主役です!
……あれ? 主役って、僕じゃなかったっけ。