鋼の姫、異端の勇者と相まみえる
とんでもなく、きれいな人――――
背筋は一直線。鎧は曇りひとつなく、
紺のマントは空気をすべるように揺れていた。
すらりとした顔立ちに、白銀の髪。
瞳の色は、冬の湖面みたいに冷たく透き通っていた。
全身から、凛とした気配が滲んでいた。
でも、ただ鋼のように無機質なわけじゃなくて――
胸の奥が、そっと震えるような……そんな美しさだった。
ボク、ちょっと、見ほれてしまった。
目が合っただけで、なぜか謝りたくなるような気品があったんだ。
そんな女の人が――
「名乗れ、目的を述べよ――怪しい者どもよ」
空気を鋼の刃で裂くみたいな、ピンッとした声だった。
ちょっと気を抜いたら、すぐ斬られそうな緊張感。
それを聞いた拳吾郎さんが――
「なんじゃい偉そうにッ! ワシらぁ、武器の修理に来ただけじゃけェッ!」
んもう……条件反射でキレるのやめてよ。
それに、ガラ悪すぎるってば拳吾郎さん。
ふつうの女の人なら、その一言で泣いちゃうよ。
でも、綺麗な騎士は、目じりを、ほんのわずかに動かしただけで――
「下郎――さっさと名乗れ、身分を証明できるものを見せよっ!」
凛とした声で言ったんだ。
拳吾郎さんが、ボリボリと頭を掻いた。
「こら面倒なこっちゃのぉ。身分証って、冒険者組合の木札でもええんかい」
「……冒険者? 冒険者風情が、ここで何をしている……もしや、お前たちは魔人の手先ではないのか?」
「はぁ……そう来るか。嬢ちゃん――」
拳吾郎さんが斧君を、ギリリッとにぎり締めた。
しばくぞコラァ! って心の声が聞こえた。
抑えて抑えて、頼むから、キレないでください。
だけど、女の人は全然ひるまず――
「証を示せ。できぬのならば、即刻この場を去れ」
その声音は、凍てつくように静かだった。
叫びも怒気もなかったのに、ひとつの命令として、空気に深く刻まれた。
凄く芯の強い……責任を背負う者の覚悟がヒシヒシと感じられる。
だけど……これじゃ、拳吾郎さんが激発する――
そう思った時だった。
「ははは……なんとも、張り詰めた空気でございますな」
セツドー神父が、手を合わせるようにして一歩前へ出た。
まるで神前の場に立つときのような、静かで整った所作だった。
「殺気と疑念で満ちた空気の中では、真実もまた霞むもの。
よろしければ、ひとまず――挨拶から始めては如何かと」
まるで、剣の交差を止める代わりに、言葉で鞘を納めさせるような声音だった。
「……ナンムサンの神父、か?」
綺麗な女の騎士は、じっと神父を見つめた。
「ハルコンネン王国が第三王女、オルフィーナ殿下にございますな。
存じております――“鋼姫絢爛”、名高き武人姫。
このたびご尊顔を拝し奉り、恐悦の至りにございます」
セツドー神父は、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「わたくしはセツドー、仰せのとおり、ナンムサンの信徒にございます」
「……セツドー? どこかで耳にしたような……」
オルフィーナと呼ばれた女騎士は、僅かに眉を寄せ、思案するように首を傾げた。
そのとき――
「まさか……“説道する嚮導官”セツドー殿か⁉」
騎士団の誰かが、小さく囁いた。
その名が出た瞬間、静まり返っていた列の中に、微かなざわめきが走った。
……あ、セツドー神父って、やっぱり、ただ者じゃないんだ。
場の緊張がすこし緩んだところで、神父は再び口を開いた。
「察するに、殿下は――魔人討伐の大任を担われているご様子、
……おお、これはもしや、神のお導きか!」
セツドー神父は、手を合わせて天に恭しく一礼してから、こう言った。
「ご紹介いたします――こちら、我らが棟梁、勇者さまにございます」
その声に応え、勇者さまが一歩前に出た。
「我ら、魔人討伐のため、この地に至れり。
また、鍛冶の谷――武具、繕わんがために」
……出た、安定の武骨系言葉。
「ほぉ、魔人の討伐……とな? して、そちは“勇者”と名乗るか?」
「いかにも。なぜかそう呼ばれておる」
オルフィーナ殿下の目が少しだけ鋭くなった。
魔人討伐の話はともかく――
勇者という点で、思うところがあるみたいに、ぼくには聞こえた。
勇者って……危険物だからなぁ……
オルフィーナ殿下は勇者さまを値踏みするように、じっと眺めるんだ。
「…………武人ではある、か?」
そこで、拳吾郎さんがドスンと斧を肩に担ぎながらこう言ったんだ。
「おい、姫さんよ。兄貴をそのへんのカタリと一緒にすなや!
なんせこのお方、ほんまもんの勇者様じゃけぇのぉ!」
「なんとガラの悪い男よな……
このような者を連れて歩く“勇者”など、聞いた事がない」
ぼくも聞いたことがありません。
拳吾郎さんがクワッと怒りを発しようとしたんだけど――
勇者さまが、静かに片手を上げました。
拳吾郎さんの肩が、スッと落ちた。
ハウスッ! って、感じだね。
それを横目に、オルフィーナ殿下は、メメちゃんに視線を向けた。
その瞳は冷たくて、ただ、見極めようとする感じ。
メメちゃんが「えっと……その……」と怯えた様子を見せる。
「魔導士の少女……? なんと禍々しき杖……やはり……」
――そのとき、勇者さまが言った。
「無用の詮索なり」
それはもうピシャリと。
相手が王族なのに、まったく遠慮なく、堂々と言い切った。
……なんかもう、王族の人より、王族っぽいんですけど。
「……随分と、礼を知らぬ勇者であろうな」
オルフィーナ殿下が、ぴくりと眉を動かした。
「礼を尽くす暇など、今はない。
魔の災い、刻一刻と広がりておる。
一歩の遅れが、一命の落日となる。
今なすべきは、礼ではなく、ただ進むことぞ」
勇者さまの声は、刃のように鋭く、重々しかった。
「む……」
その一言に、オルフィーナ殿下は言葉を失った。
このお姫様、結構強そうだけど、勇者さまの圧が凄すぎるんだ。
「礼に代えて、武を以て示しても良し。
我が剣が貴殿を穿つならば――信に足ると見なされようや?」
「ッ――!」
うわぁ、どストレートな挑発だぁ。
そんなことまで言ったら、って思うかもしれないけれど――
勇者さまの言葉は、すでにあたりの空気を凍り付かせてる。
騎士団の誰もが、動かない、いや、動けない。
「貴様……」
殿下は、端正でよく通る声を放った。
それだけでも、たいしたものだったと思う。
その上、剣に触れかけた手を、グッと押しとどめるなんて。
鋼姫絢爛の名に恥じない、自制心だと思った。
そこで拳吾郎さんが、ぼそっと言った。
「……こらまた、かみ合わんねぇ」
絶妙にかみ合ってる気もするけど、とにかく、あーあだよ。
そのとき――
「そんなこと……してる暇……ないかも」
メメちゃんが声をあげて――
空の方から飛んでくる、黒い影を指さしたんだ。