ぼくら、傷だらけの武具なり ~鍛冶の里へ~
魔人の手先を退けたあの日から、戦い激しさを増していました。
ぼくは何度も斬り合い、斧ちゃんも振り回され。
十字架姉さんは血のりを増し、杖のじいちゃんは火花を散らし。
皆、傷ついて、欠けて、汚れ、軋んで。
それでも、前線に立ち続けていました。
でも――
「兄弟の形見が……」
拳吾郎さんが、ぽつりと、そう言いました。
ボロボロになった自分の斧――斧ちゃんを見てる。
ずっと、見てるんです――
「泣いとるのぉ……」
斧ちゃんの柄が、小刻みに震えていた。
刃こぼれが、すすり泣きのように聞こえる。
「戦いん中……泣きもいれんで、よぉ頑張っとったが……
こいつ……張り詰めとったんやな。今になって、緩んだんや」
そう言った拳吾郎さん。
それはすごく優しい声だったから、斧ちゃんが一瞬ビックリして泣き止んだほど。
拳吾郎さん、ゴリラみたいな見た目だけど、情にはあついんだよな。
「さすが、兄弟の――いや、ワシの斧じゃけぇ……」
あ、斧ちゃんが、ただの筋トレグッズから昇格した!
というか、むしろ、愛されてたのかもね。形見だし。
そして、拳吾郎さんは斧ちゃんを大事に掲げ――
「よう、持ち堪えてくれたのぉ……『斧吾郎』……」
と言ったんだ……
はい、泣いていいよ斧ちゃん。
ボク、女の子なのにぃぃぃぃぃぃ、うぇぇぇぇぇん。
魂の叫びでした。
「かなり無茶をしましたからな」
セツドー神父は愛用の十字架――ブラディーナさんを確かめました。
銀の装飾が剥げ、ヒビも入って――
“はーれるにゃん、はーれるにゃん!” って、ものすごく変な調子の歌声が。
……マインドクラッシュ寸前かも?
「我が剣……重し」
勇者さまが、小さく呟きました。
「剣、語らずとも……如何にも重しことよ」
……ええと、それ、ぼくのことなんだね。
重たいのは、ぼくの背筋がそろそろぽっきり逝きそうな証拠です。
ともあれ、ぼくら武器たちは、いろいろと限界だったのです。
「剣、繕う要あり」
「そうだのぉ、どこぞに鍛冶場なんぞが、あればええがのぉ」
「しかし、このあたりにありましょうや?」
そんな空気の中で、ぽつりと、メメちゃんが口をひらきました。
「あの……たぶん……この先に、鍛冶の里がある……と思う」
「里って、そがぁなもん、地図にゃ載っとらんじゃろが?」
と、拳吾郎さんが首をかしげた。
「……夢で、っていうか……でも、なんか、知ってる気がして……
うんん、教えられたっていうか……その」
そのとき、「ケヒョヒョ」とした小さな笑いが。
誰にも聞こえないくらいの、でも、ぼくらにはちゃんとわかる、あの声で。
セツドー神父が、じっとメメちゃんの杖を見つめて、スッと目を細めた。
そして、そっとわずかに十字架を撫でながら――
「なるほど……これも主の、思し召しですな」
なにかを思い出すような遠い目をして、
誰にも届かないくらいの小さな声で呟きました。
「ならば、征かん、鍛冶の里へ」
勇者さまの号令と共に、ぼくらは歩き始めた。
山道は、どんどん狭くなって、森も深くなって――
そして、見えました。
谷の底。
岩に囲まれた町というか村。
煙突が、いくつも、空に向かって突き出てて――でも、煙は少なかった。
それより目立ってたのは――
鎧の群れが、里の前に、びっしりと並んでいたってこと。
銀色の甲冑をまとい、紺のマントをたなびかせ。
無言のまま、盾を揃え、槍の穂先を静かに構えてた。
まるで動かぬ石壁のようで、こちらが一歩でも踏み出せば――即座に突かれる。
そう確信させるだけの、冷たい緊張が辺りを支配していた。
完全に軍勢だった。
「貴様ら、何物だっ!」
思った通り、ぼくらが近づいたとたん、全員が槍に手をかけた。
「ああん、主ら誰にガンつけとんのかわかっとるんか?」
一歩でも近づけば刺す……って顔に書いてあるみたいだったけど、空気を読まない拳吾郎さんが、ドスの効いた声で対応する。
「ほぉ……」
勇者さまは、そっと、ぼく(剣)に手をかけた。
「まぁまぁ……皆さま、落ち着いて。さて、ハルコンネン王国騎士団・白銀の翼……お見受けいたしますが……」
見た目だけは、温厚なセツドー神父がいなかったら、即戦闘もありえたかも。
そこで、澄んだ声が響いたんだ。
「何事かッ!」
道の上段。
槍兵たちの列の奥から、ひとりの騎士が歩いてきた。
その一歩ごとに、兵たちは無言で槍を下ろす。
まるで風が、『彼女』のために道を拓いたみたいだった。