月影に、武器たちは語る
魔人の手先との激闘を制した勇者さま一行は、山あいの小さな村へ。
都合のいいことに、一軒の宿屋。
屋根は抜けかけ、柱は軋み、すごいボロだったけど。
――それでも、いまの勇者さまたちには、十分すぎる安らぎだと思う。
そして、夜が更けていきました。
あたりはシンとして、月明りだけが、差し込んでいます。
「正義が一匹、正義が二匹……ぐがぁ……」
勇者さまは寝ても覚めても正義です。
「グオォ……グゴォ……兄貴ぃ……道がわからんのじゃぁ……ぶひぃ……」
拳吾郎さんは、泥のように眠ってます。
「かみぃ……Zzzzzzzzzz」
セツドー神父は祈りを捧げていたら、祈りのポーズのまま膝をついて寝てる。
「ばたんきゅぅ……」
メメちゃんは、魔法のパゥワ~を失い、倒れ込むようにベッドに沈みこんでる。
大変な戦いだったものなぁ……ぼくも結構ダメージが入ってるし。
そして深夜――
部屋の隅で、斧ちゃんが泣いてました。
「うぇぇぇぇ……ボク、がんばったのにぃ…………」
「……うん、見てたよ。ちゃんと、斬ってたし、守ってた」
「なのにぃ……拳吾郎さん、やっぱりボクを『斧吾郎』って呼ぶんだよぉ!」
ぐすぐすと鼻を鳴らす斧ちゃんに、ぼくはそっと声をかけました。
「で、でも、ほんとは嬉しかったんじゃないの? しっかり使ってもらえて」
「…………う、うれしくなんて、ないもん! 返り血ついたしぃぃぃぃ!」
「でも、それでいいじゃん。ぼくもさ、けっこう無茶な使われ方するけど……信じて振ってくれるなら、それでいいんだって思えるようになった」
「……へぇ……剣くんって、強いんだねぇ」
「いや、ただの剣だよ」
「ボクも、ただの斧だよ……女の子の、斧だけど……」
「うん、斧吾郎はないよねぇ……」
「……ふぇぇぇぇぇぇぇ、理解してくれて嬉しいよぉ、ふぇぇぇ……」
涙が、うれし泣きに変わってくれて、良かった良かった。
ぼくたちがそんなやり取りをしていると――なんだこの視線。
……気のせいかな?
たぶん、疲れてるんだね。早く寝よう……――
――……そんなふたりの様子を、別の場所から見つめる私は十字架。
「はぁん……剣と斧のやりとり……いと可愛す……、いと尊し……っ!
武具ロマンス開幕に、じゅ、十字架の端が、ぬれちゃいますわぁん……♡」
ぐへへへ、このブラディーナ、尊きものには目がありませんの!
柄をなで、鍔をいたわり、
泣きそうな声で「ふぇぇぇ……」とすがる少女斧を、
「大丈夫だよ」と支える少年剣の、なんと、なんと尊きこと!
……くぅぅぅ、いと尊すぎて、十字架の端から謎の光が漏れ出しますわ!
朝靄の中に佇む武人のうなじ。
白く曇る吐息が、そこへそっとキスするようで――ああ、罪深きかな、背中美。
湯上がりの髪を、はらりと結うその指先。
指が髪にからみ、名残惜しげに撫で合って――もう、見るほうが罪人ですわ……♡
そして――寝入りたるふたりの武具。
並ぶ枕、そっと寄り添う柄と柄――
触れ合う刹那、ぴちゅん、と甘く火花が弾けて……
これはもう、武器の夜伽ですわぁ……♡
……尊きものが、寄り添う夜。
わたくし、もう、妄想が止まらない――
尊きものは心を打ち、
ありがたいものは身を救うのですの。
そしてこのブラディーナ――
どちらにも弱いタイプですの♡
「剣と斧……じゅるり……」
などと、神の奇跡で、剣くん斧ちゃんの姿を生暖かく見守っていると――
「変態じゃぁぁぁぁ! ここに変態がおるぞぉぉぉぉ!」
「変態? ……ええ、そう呼ばれても文句はないどころか、覚悟完了しておりますので……って、メメちゃんのおじいさまっ?!」
ど、髑髏の杖が横に浮かんでいるぅ!?
「けひょひょひょ……敬虔な聖女かと思うたら、中身はピンク色の変態おなごじゃったとはな!」
「な、なんで私がみえるんですぅ?!」
「おまえさんと同じじゃ、魔法の遠視と遠聞きを使っとる」
「私は神の奇跡ですけれど……ははぁ、同類なのですね」
「少し違うと思うが……まぁ似たようなもんかもな。けひょひょひょひょ」
そう言いながら、杖の髑髏が勝手にウインクしたように光りました。
「しかし……武器も、成長するようじゃなぁ」
「ええ、道具もですけれどね。魂があれば、ですけれど」
「付喪神みたいなもんか……あん? 道具? おまえさん、武器じゃないのか?」
「はい、わたくしは――神に仕える神具であり武具ですわ。ああ、かみぃぃぃぃ!」
「おおぅ……撲殺神具じゃったな。たいしたもんじゃ。けひょひょひょ!」
辺鄙な村の、宿屋のどこかで、狂信的な祝詞と、邪気を纏ったカラカラ笑いが響いた。
「時に、お前さん、勇者さまをどう見る?」
「なんですか、やぶからぼうに……。ええ、明らかに勇者病ですね。真性の勇者病にして、相当に高いステージにいるようです」
「ふむ、ワシも何人か見たことがあるが、あれほどの者は、そうそうおらんな」
「ええ、勇者ハヤト様……あの方と同じか、それ以上――」
「ハヤト……200年前に世界を救った仕事狂いの勇者じゃな? たしかに、伝承のとおりなら、そうかもしらん……が、ありゃぁ、勇者病というより……」
「ええ、勇者病の変異種でした。女神の呪い系――社畜病。勇者マサト様の御子息でしたから、当然です」
「……お前さん、良く知っとるのぉ……実は相当にババァか?」
「失敬な! 私はババアではありません。ナンムサン大聖堂の大十字を削り取って作り直されたから、その記憶が残っているだけです!」
静かな夜の宿、武器たちを照らすのは、ただ月影――