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弾け(はじけ)、メメ。迷いを超えて

 魔人の、先兵たちが、また、やって来た。


 たぶん――魔人が近くにいる証拠なんだろうな。

 どこか、空気の匂いも変わってきた気がする。


 目の前には、赤い目で、ガルルって吠えて、すごく怖そうなオオカミの魔物たち。

 101匹くらいガウガウ吠えてたけど……


「ほぉらよッ!」


 拳吾郎さんの斧が、ドゴォンッて10匹まとめて、地面ごと吹っ飛んじゃった。

 最近、斧君を使い始めたんだけど、攻撃力がものすごく上がってるなぁ。

 あ、斧君はもう泣かないんだ。泣いても無駄だって、諦めたんだ。


「天上神の名において――――成敗!」


 神父さまの十字架が、ぱあっと光って、ブンブンブン。

 ブラディーナさんが「お清め! お清め! お清めですわ!」だって。

 今日も、血と祈りと気迫がまざった平常運転――正直、こわいよぉ。


 そして勇者さまが前に出たら、空気がぐわっと鳴った。


「振り払えッ!」


 びゅん、って剣が光った次の瞬間には、20匹くらいが――

 風といっしょに、赤いしぶきがふわって舞って……

 ふぅ……セーフ。折れなかったぼく、セーフだよ。

 なんだか、ちょっとは強くなったみたい。  


 みんな、ほんとうに、すごいなぁ。

 強くて、かっこよくて、すごく頼りになる。


 でも――メメちゃんは。


「ダークショット……」


 ちゃんと魔法を撃ってるし、当たってる。

 闇の光が敵を切って、追い払ってる。


 けど、あのときみたいな「ドカーン!」ってやつは、出てこないんだ。

 なんだかこう……力が途中で止まってる、みたいな。


 杖が「ケヒョ……」って、ぼくにだけ聞こえるくらいの声で鳴いた。

 それは、メメちゃんを励ますような、どこか切ない声……


 風が、ぴゅうって吹いた。

 砂埃の中に、魔物のにおいと血の気配が混ざってる。


 勇者さまは何も言わずに剣を振って、ぼくから血を払ってくれてる。

 神父さまも静かに十字架を撫でていたんだ。


 ……でも、拳吾郎さんだけは、ちがった。


「のぉ、メメの嬢ちゃん」


 メメちゃんは、びくっと肩を震わせた。

 杖を両手で握りしめたまま、うつむいてる。


「のう……おまえ、まだ本気、出しとらんのんじゃろ

 最初のアレ、あのドカン! ……どこに置いてきたんかのォ?」


 メメちゃんの手が、かすかに揺れている。


「……あれは、気持ちが高まってたから」


「ははぁ、そういうこっちゃったんかい。ドタマに血が上って、切れ散らかしてったわけかい」


「うん……それに、あれ……みんなが、傷つく。制御、できないの……」


 ぽつぽつと、落ちるみたいに、言葉が、地面にこぼれて――


「……わたし、また……怖がってるのかも」


 拳吾郎さんは腕を組んだまま、しばらくしてから、こう言ったんだ。


「なるほどのぉ、喰ろうたワシが言うのもなんじゃが、ハンパな威力ちゃうけぇ、そりゃビビるっちゅうもんよ」


 メメちゃんは、黙ったまま、こくんと小さく頷いた。


「お前は優しい娘じゃなぁ……じゃけどな――」


 拳吾郎さんは、ゆっくりそう言ったんだ。

 斧を片手にひょいと担いで、ニヤッって笑ってる。

 その笑いは、馬鹿にしたものには見えなかったよ――


「メメ、撃たにゃいけんと思った時が来たら――迷わず弾け(ハジ)けや。

 ワレの『本気』、ワシは楽しみにしとるけぇのぉ!」


 だって、とても、熱かったんだもの。


 勇者様は黙ってうなずいてた。

 セツドー神父も穏やかな顔。


 俯いたメメちゃんの顔は、よく見えなかったけれど――

 でも、その肩が――ほんのちょっとだけ、震えてる気がした。



 ……そこで、地面が、ビリビリって鳴いた。

 メメちゃんの震えじゃないのは確かだけど……

 

 まるで、足元から世界ごとひっくり返りそうな音。

 いや、音じゃなくて、空気? 気配?


 魔物たちが、また、来た。

 でも、さっきまでのとはぜんぜん違った。

 でっかくて、ゴツゴツしてて、目が赤じゃなくて、もっとどす黒くて――

 たぶん、あれ、魔人の……ほんとうの手下たちだ。


「――正しく、死地なり」


「ナンムサン」


「こら、腹くくらんといけんのぉ」


 勇者さまも、セツドー神父も、拳吾郎さんも、ちゃんと戦ってる。

 戦ってるんだけど、言葉から、余裕がないのがわかっちゃう。


 斬って、祈って、斧振りまわしてるいつもの三人――

 

 勇者さまはすさまじい勢いでぼく(剣)を振るい。

 セツドー神父は、十字架を掲げて神聖魔法をガンガン使って。

 拳吾郎さんなんて、プライドを捨てて、斧ちゃんまで使ってる。


 でもね、それでも追いつかないくらい、敵の数がすごくて、強くて。


 気がついたら、ぼくら、追い詰められてた。

 退路、っていうのかな? 逃げ道? うん、それもなかった。


 それでも、ぼくは平気だった。

 勇者さまが剣を振ってくれるし、神父さまが光で守ってくれるし、拳吾郎さんは斧でガードしてくれるし――


 ……でも、メメちゃんだけ、動けてなかった。


 杖をぎゅうって握ったまま、目を閉じて、動けなくなってた。

 たぶん、自分の魔法が……あのときみたいに、みんなを巻き込んじゃうって、思ったんだろうな。


 それで、怖くなったんだと思う。

 だって、メメちゃんは、すごく優しいから。


 ――そのときだった。



 そして、勇者さまも。


「メメ殿、放たれよ」

 

 ……それだけだったけど、すごく強い言葉。

 この人は、メメちゃんのほうを全く見ないんだ。

 たぶん、「後ろは任せた」って、背中で語ってる。


 セツドー神父も、静かに言ったんだ。


「信仰とは、恐れの中に手を伸ばすことですぞ? おやりなさい」


 それは、なんだか、ぼくにはよくわからなかったけど……

 ズハァっと息を吐いて、十字架を掲げたその顔は、すごく穏やかで。

 たぶん、誰よりも覚悟が決まってる人の顔だった。


「ええけぇ、メメッ!! 迷うなッ! ワシらごと弾けえぇ!!」


 拳吾郎さんが、叫んだ。

 斧はボロボロで、体も傷だらけで、足もふらふらしてたのに。

 それでも、へへって笑って――「ワシごとやれ」って、ほんとうに言った。


 そして、メメちゃんが――泣いた。

 

 それでも、前を向いた。

 

 足が震えて、声が詰まって、

 

 でも、でも、でも――


「逃げないッ!!」


 って、叫んだ。


 ぼくの隣で、杖がピカッて光って、元気よく鳴いた。

 「けひょひょ、やっとかい」って、なんだか嬉しそうに。


 魔法陣が、メメちゃんの足元でひらいて、ぼくは思わず目を細めた。

 すっごい光だった。すっごい魔力だった。


 そして――


 世界が、真っ黒になった。

 音も、色も、風も、なにもかもが押し流されて、ただ、メメちゃんの魔法だけが、ぜんぶを、塗りつぶしていった。


 気がついたら、魔物たちは、いなかった。

 跡形もなく、まるで最初から存在してなかったみたいに、消えてた。


 風が、ぴゅうって吹いた。

 みんな、立ってた。

 ものすごいボロボロで、ちょっと頭が爆発。

 でも――ちゃんと、無事だった。


 メメちゃんは、へなへなって膝をついて、ぼそっと呟いた。


「わたし……やれたんだ」


 彼女の顔には、満足気な笑顔が浮かんでいたんだ。


 めでたしめでたし――



 って、終わるはずだったのに。

 そこで、骨の杖が、コツンと鳴いた。

 「よぉやったぞ、我が孫よ」

 ぼくには、ちゃんと聞こえたよ。

 ……うん、最後のそのひとことだけは、聞かなかったことにしたかったなぁ。

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