森の供養鍋 ~命に、感謝を~
とある森に入って、まだ少ししか歩いてないのに――
ガサガサッ!
ブゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
うわぁ、なんか来た!って思ったら、
ものすっごい大きな……イノシシだった。
目が真っ赤で、でかいやつが、突進してきた。
全身に怒りをまとうような獰猛さ。
魔物じゃない――でも、魔物に見えるくらい。
でも、なんだか、目の前でピタッと……
こっちを見て、ブゴゴと何かを押さえつける感じ。
勇者さまは、ぽつりと――
「いとあはれ」
キィン
風が走って、世界が静かになった。
速っ! 振られたぼくが気が付かないくらいの剣速ですよ。
「理を棄て、獣のごとくあれど……
なお誇りを抱きし者よ、そは称うべきものなり」
イノシシの目が、きゅっと見開いて……
でもどこか、ほっとしたように揺れて……
どさりと崩れ落ちたんだ。
セツドー神父が言いました。
「この地に住まう森の主――名のあるものに違いありません。勇者様に斬られて、解放されたかったのでしょうな」
……ええと、なるほど。
そういう方向ですか。
「これ……どうするの?」
メメちゃんが首をかしげながら、イノシシを見た。
「誇りを胸に果てし者。
その魂を鎮め、次なる生へと送りゆく――すなわち供養なり」
勇者さまが神妙な顔で言いいました。
あれ? なんだか、すごくいいひとに見える、不思議。
ぼくはそっか、動物だって、命だもんねと思いました。
「さすが……勇者」
メメちゃんが、目をキラキラさせてた。
「おお、さすが兄貴ぃ!」
拳吾郎さんも腕を組んで頷いた。
「見事なお心がけ、天上神ナンムサンもお喜びでしょう」
わぁ、お坊様が供養してくれるんだ!
だから、丁寧に弔って。
それから埋めたり。
お墓を建てたり。
なんて思ってたら――
「――ならば、食す」
って……えっ? 食べるの?
え、ちょっと待って? 森のど真ん中なんだけど⁉
「腹が減っては戦はできぬ
皆の衆準備めされい」
と勇者さまが言ったら――
「わたし……キノコとってくるっ!」
メメちゃんが飛び出してった。
物凄く、速い。
「香草じゃろ! 味がキマるぞぉぉ!」
拳吾郎さんはテンションMAX。
違法ハーブ取ってきそうで不安……!
「拙僧は水を汲んでまいります」
セツドー神父はバケツを取り出し、スタスタスタ。
どこにそんな物もってたんだろう。
みんな、食べる気満々でした。
まぁ、それも供養なのはわかるけど。
「これより供養の儀に入る。おまえも、共に在れ」
――えっ、共に!?
う、うん……いるよ! いるけど!
できればちょっと離れて見守りたいかなって……!
ズバッ! ザバッ! ドゴシュッ!
勇者さまは、すごい手際で、血を抜いて、皮をはいで、骨を外して
……早い! うまい! 怖い!
ってぼくは敵を切るための――
こういうのこそ、サイドアームを使ってよ。
そしたらみんなが帰ってきたんだ。
「なにをつくるの?」
「鍋を作る。味は――妥協せぬ」
そんなわけで、気づけば“森の炊き出し”が始まったんだ。
ぼくは、お箸みたいに扱われてしまったよ。
お鍋の中で、肉とキノコを、ぐーるぐる。
……なんで僕が、調理器具になってるの?
斧くんは鉄板係。
ブラディーナさん(十字架)は、肉叩き器。
杖のじいちゃんは、けひょけひょ笑ってるだけ。
――いい匂いがした。
じゅうじゅう焼ける音と、森の草の香り、
ほんのり甘いキノコの香りと、勇者さまの無言のこだわり。
できあがったお鍋は――すごかった。
「おいしっ……!」
「これは、戦える味じゃのォ……」
「信仰が深まりますな」
みんな、ほわぁって顔になってた。
勇者さまは、手を合わせて、ひとこと。
「命に、感謝を」
その声は、少しだけ、やさしかった。
……うん。まあ、こういうのも嫌いじゃないかも。