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野点と爆裂魔法 ~魔道少女メメ~

 峠道の途中――


 少女が座っていました。


 薄暗いローブ、うつむき加減の顔。

 でも薄らとわかるその輪郭は、ほんのり綺麗で――

 ちょっとドキッとするような感じ。 


 そんな女の子が焚火に釜を掛け、無言で――

 湯が湧くのを、じっと見つめているのです。


「……拳吾郎殿、備えよ」


「わかっとるけん」


 勇者さま達が少女に近づきます。 

 しかも、ものすごく慎重に。


 『女の人助けたら魔物でした』事件があったばかりから……

 そりゃ慎重にもなりますよね。


 勇者さまはすっと剣に手をかけ、拳吾郎さんはすでに構えを取っています。

 いつでも即対応できる体勢です。


「貴殿、なにものぞ……」


 少女はちらりとこちらを見た。


「……メメ」


 それだけ呟くと、また視線を火に戻したんだ。


「おい、嬢ちゃん、こんなとこで、何さらしとんじゃ?」


 拳吾郎さん、そんなに圧を掛けちゃ――


「お茶、ててる」


 火にくべた釜、手には茶道具があった。


野点のだてとは風流ですなあ……ふぅむ、この少女、魔物ではありませんな」


 セツドー神父が、ニコニコ顔で少女をじっと見つめながら――


 静かに、しかし確かな声で、そう断じました。


「うむ、信ず」


「なら安心じゃい」


 勇者さまも拳吾郎さんも、すぐに緊張を解きました。

 ――ぼくもちょっと安心。


 メメちゃんはお茶の準備をいそいそと続けます。


「……ワシらも、ここらで弁当でも使うか」


 拳吾郎さんが、そう言った時でした。


 どこからか――


 ……ブンブンブンブンと言う音が。


 それがドンドン近づき、空気を震わす羽音となって、押し寄せてきたのです。


 上空をみると――無数の羽虫型魔物たち。

 それが、ものすごい密度でこっちに向かってきていました。

 

 どいつもこいつも、

 焦げたような翅をバサバサ震わせ、

 節だらけの脚をカシャカシャ鳴らし、

 真っ赤に光る複眼でこちらをロックオンしています。


 うわあああああああ!!!


 見た瞬間、背筋がぞわっとして、思わず叫びそうになった――気持ち悪い!

 

 そんなのが、黒い雲みたいに押し寄せてきていました。


「火に誘われたか?」


「虫のくせに、ガンとばしよって……」


「明らかに、狙われておりますな」


 次の瞬間――


 メメちゃんの前に滑り出る勇者さまご一行。

 カラダを張って護る気でした。


「下がれ少女」


「嬢ちゃん、隠れてろよ……」


「ナンムサンの加護を!」


 おお、今日は偉く主人公っぽいぞ!

 すごくたのもしい!!!


 この圧、熱量、無駄に高すぎる士気――

 全部が、たのもしい!

 ちょっと泣きそうになるぼくなのでした。


 でも、こんな状況で、メメちゃんは、まだお茶を点てようとしてる……

 あ、お湯、ちょうどいい温度になったみたい……


 いやいや、そんなことしてる場合じゃないでしょぉぉぉっ!



そして――


\ドガァァァン!!!/

\ガゴォォォン!!!/

\バッキィィン!!!/


 勇者さま、拳吾郎さん、セツドー神父――

 暑苦しさで空も焦がしそうな三連星が――

 魔物の群れ相手に、ド派手な迎撃戦を繰り広げることになります。


「いざ、散れぇぇ!!」


「タマぁとったらぁぁ!!」


「ナンムサン、清めの時ですぞ!!」


 剣が閃き、拳がうなり、十字架が地響きを起こします。


 しかし――

 空からはなおも無数の羽虫たちが、黒い雲のように押し寄せてきました。


 数が……全然減ってないぃぃぃ!!


「しくじったッ⁈」


 拳吾郎さんの脇をすり抜けた羽虫がメメちゃんの方に――


「キャッ!」


 彼女はかろうじて回避できたみたいです。

 

 でも――

 倒れたお茶釜。

 泥だらけになった茶碗。


 それをみたメメちゃんは小さく、震える声で――


「……ゆるさない」


 と、呟きました。


 突然、峠道に、びゅおおおおお!! と強烈な魔法風が吹き荒れます。

 小石が舞い、枯れ葉が渦を巻き、空気そのものが震えます。

 火の粉が、夜空の星みたいにチラチラと舞い上がり、


 その中心で、メメちゃんは――

 ローブをばさりと翻し、

 淡く光る目で、静かに前を見据えました。


 火の粉が髪にかかり、ちらりと揺れた横顔は、とても可愛らしいんだけど――


 手には髑髏が先についた、まがまがしい杖があるんだ。

 

 だから、その姿は、まるで――死神。

 どこまでも静かで、どこまでも冷たい、絶対の滅びを携えた存在にしか見えませんでした。


 彼女は、そっと口を開き――

 低く、震えるような声で、呪文を唱え始めました。


「滅せ……滅せよ……滅びよ、すべて……」


 呪いのような声が、じわじわと世界を満たして。


「極大爆裂爆炎魔法――最大出力――」


 そして杖を振り上げ――叫んだの。


「みんな、けしとンジャエッ!」


\ドバゴガァァァァァァァァァァァァン!!!/


 ――世界が、燃えました。

 空ごと、峠ごと、敵もぜんぶ、吹き飛びました。

 勇者さまたちも。


 嵐のような爆発が収まったあと――


 焦げた地面に、ぱたぱたと羽虫の残骸が降り積もっています。


 勇者さまたちは、地面にめり込みながら、元気そうに親指を立てていました。


 結果オーライってこと?


 その真ん中で、メメちゃんは無言で佇んでいました。

 ボロボロになったお茶釜を拾い上げ、ぺこりと頭を下げると――


 また、しれっと、火を起こしはじめました。


 お茶、まだ続行するんだ……


 ぱちぱちと小枝が燃え、さっきまで戦場だった地面の上に、ふたたび小さな炎が灯ります。

 煤けた御茶釜がその上にちょこんと置かれ、やがて――


 コポ、コポポ……


 かすかな音を立てて、湯がわきはじめました。


 メメちゃんは、黙ったまま、そっと茶筅を取り出します。

 まるで、さっき爆裂魔法で峠を吹き飛ばしたのが嘘みたいに、静かで、おだやかで――


 まわりには、焦げ跡だらけの三人組(+ぼくら武器組)が、よろよろと集まっていました。


「すまぬ、メメ殿、茶を所望する」


「たのむわ、喉カラッカラや」


「拙僧も……さすがに干上がりました」


 さすがの勇者さまたちも、魔法の直撃でほぼ蒸し焼きになっていたから、水分が欲しかったみたいです。


「……」


 メメちゃんは――

 ローブの影から、ちらりとこちらを覗き見して、少しだけ警戒します。


 けれど――


「ん……いいよ」


 ぽそっと答えて、またお茶の準備を続けました。

 袖を少しだけたくしあげて、そっと茶碗を持つ指が思ったより細くて、綺麗。


 さっきまでの爆裂騒ぎが嘘みたいに、峠道には、静かな時間が流れはじめます。


(えっ、これ……本当にお茶会する流れ!?)


 ぼくがそんな衝撃を受けている間にも、

 メメちゃんは、各自持ち寄りのお椀に、そっとお茶を注ぎはじめました。


 ぼくは――

 「暑苦しさ三連星のお茶マナー」が炸裂して、なんかまた峠がヤバいことになりそうな予感……がしましたが、それは『きゆう』でした。


 勇者さまは、背筋をピンと伸ばし、立派な武人然とした作法で茶をすする。


「――旨し」


 低く、静かに、短く、それだけを言いました。


 拳吾郎さんは、普段の荒っぽい口調を押し殺して、


「結構なお点前で……いや、なかなかだぜ」


 と、らしくないことばを漏らし。


 そしてセツドー神父は、にっこりと微笑みながら、器を両手で包み込み、


「ほぉ……これは魔導茶。ありがたきかな」


 と、しみじみとした声でつぶやいていました。


 ひととおりお茶を楽しんだあと――


 勇者さまが、湯飲みを置きながら、静かに問いかけました。


「貴殿、いずこより来たりし?」


「西の方……」


 メメちゃんは、ちいさく、けれどはっきりと答えました。


 それを聞いた拳吾郎さんがこう尋ねます。


「あんたみたいな若い嬢ちゃんがどうしてこんなところにいやがんでぇ? いや、すげぇ魔法使いみたいなのは認めるけどよ」


「……魔人……見たくて……」


 ローブの袖をぎゅっとつまみながら、上目づかいで応えました。

 セツドー神父がメメちゃんの言葉に首を傾げます。


「変わったご趣味ですなァ」


「見て……学んで……強くなりたいから……」


 そう言ったメメちゃんの目は、火に映えてきらりと光っていました。

 小さくて、弱そうに見えるけれど、そこに宿る意志だけは、誰にも負けていませんでした。

 

「よきかな。我らの道、貴殿もともに歩むがよい」


 勇者さまは、すっと立ち上がると、剣の柄に手をかけ、深くうなずきました。


「ええやんか、仲間や、仲間!」


 拳吾郎さんも、ニカッとした笑顔を見せました。


「あなたにもナンムサンの導きが見えますぞ」


 セツドー神父も、やさしく微笑みながら、ニコニコしました。


 その誘いに、


「……いいの?」


 と、メメちゃんはひっそりと、聞き返すのです。


 暑苦しさの三連星たちは、無言で親指をグッと上げました。


 メメちゃんはキュっと親指を上げました。


 そして、ぼく(剣)は――


 やった! 今度こそ、まともな仲間だ。


 と、ほっと安堵したのです。

 本当に心が安らぎました。

 

 うん、それは本当ですよ? 


 髑髏な死神仕様の杖の方から、

 どんよりとしたプレッシャーが押し寄せてくることに目をつぶれば、だけど。

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