いまだ、道、なかば
峠道を進む途中、
ぼくらは道ばたにぽつんと立つ、小さな小屋を見つけました。
「人の住まいに兆しあらば、速やかに探るべし――理なり」
勇者さまは、当然のように扉を開けて中を覗きこみました。
何事もなかったのか、勇者さまは一言だけ呟きました。
「異常なし。よきかな。」
そのままスッと、何事もなかった顔で歩き出しました。
さらにその先――
木が生い茂る山肌に、魔物の巣らしきものを発見しました。
「悪しき巣窟、即ち根絶やし――これまた理なり」
勇者さまは、火打石を取り出してカチカチやり始めました。
(やめてええええええ!!! また山火事になるよぉぉぉぉ!!)
「さすがは兄貴、さすがは勇者だぜ!」
「天上神ナンムサンもお喜びでしょう」
仲間のふたりはストッパーになるどころか『きょうはんしゃ』でした。
峠道の途中――
ぼくらは、道ばたに倒れている一人の女の人を見つけました。
くたびれたマント。
血の滲んだ手足。
泥にまみれた髪が、顔に張りついています。
息は浅く、かすかに震える指先だけが、かろうじて生を主張していました。
わわっ……大変だ……!
勇者さまは、静かに宣言しました。
「弱きを助くは、理の理なり」
そう言って、迷いなく女の人に近づきました。
勇者さまは歪んだ『正義』の持ち主ですが、それだけに人助けには余念がありません。
「女子供は、大事にせにゃあかんけん」
拳吾郎さんも、そっと自分のマントを脱いで、
女の人にかけてあげようとしました。
このひと見た目がどう考えても反社ですが、こころは綺麗な方でした。
「なんと心優しき仲間達よ……」
それを、セツドー神父は、ニコニコと微笑みながら、黙って見守っていました。
そんな違和感を、ぼくが感じる間もなく、
女の人は、かすれた声で勇者さまにすがりました。
「家族をた、たすけてください…………
山の向こうに、“アイツら”が、まだ……」
細い手で、勇者さまの服をぎゅっとつかみ、
涙を浮かべながら、切ない声を上げました。
「うむ」
勇者さまは、静かにうなずき、手をそっと女に伸ばしました。
その瞬間――
女の顔が、ぐにゃりと歪みました。
にちゃり、と音を立てて裂ける口。
にゅるりと赤黒く染まる眼球。
皮膚がぶよぶよとうごめき、骨が奇妙な音を立てます。
ぎゃああああああああああ!!!
ぼくは思わず、心の中で絶叫していました。
「むむっ……」
「何だこいつは!?」
豪胆な二人が一瞬固まります。
こんなばけものがいきなり現れたら仕方ないかもしれません。
キシャァァァァァァァァ!
女の皮膚から、無数の触手のようなものがにょろにょろと飛び出し、
勇者さまに絡みつこうと――
――その刹那。
セツドー神父が、無言で一歩、前に出て、ニコニコ顔のまま、両手に掲げた十字架を――
ズガァン!!!!!!!!
思いきり横薙ぎに振り抜きました。
触手ごと、女魔物の首が、吹っ飛びました。
魔物の体が、ずるりと崩れ、地面に溶けていきます。
セツドー神父は、やさしい笑みを浮かべたまま、
軽く一礼しました。
「お清め、完了しました」
ぼくは、ただ、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
「セツドー殿感謝いたす」
「流石セツドーの叔父貴だぜ!」
神父はふたりを静かに見つめ、にこりと笑ったまま言いました。
「お二人とも、その優しき心は、まことに尊い。
ですが、それは――心の隙の元ともなりましょうぞ?」
その穏やかな声に、ふたりは目を見開き、
やがて、ゆっくりとうなずきました。
「我、いまだ、道、半ば(なかば)なり……改めて感謝いたす」
「道を極めるのは難しいのぉ……叔父貴、ありがとな!」
「いえ、いまだ拙僧も、主の御試練の途上――ただ祈り、歩むのみです」
ええと……まるで、なんかいい話みたいな雰囲気になってるけど……
ぼくはただ、震える声でつぶやきました――
この人たち、まだ強くなるんだ……と。
いろいろあったので、そんな感想しか……残りませんでした。