ぼくはただの剣です。勇者さまから、逃げられない!
ぼくは――ただの剣です。
そこそこ切れるけれど、使えばヘタれる、ふつうの剣。
心の声はあるけれど、伝えられない。ただの剣。
でも、ひとつだけ――ちょっぴり特別だったのは。
変な勇者さまに拾われちゃったこと。
たしか、初めて出会ったとき――
「此の剣、運命の器なり。我が正義、これに宿るべし。
疑念、許されず。ただ信ぜよ。信ぜぬは愚なり」
そんなことを、ものすごく神妙な顔で言われて……正直、困りました。
でも、もう離れられないんです。
剣だから、逃げ出す足もないし。
そんなぼくたちは、今日も冒険に出ています。
「魔獣だぁぁぁっ!?」
赤黒い炎が空を灼き、黒い巨影が村を襲っていました。
村人は逃げ惑い、悲鳴が渦巻きました。
後で聞いた話だと、ここは定期的に魔獣が出る村みたい。
うん、そんな可哀そうな村って時々あるよねぇ……
って、勇者さまが静かに歩み出ました。
「災厄来たり、これぞ好機ッ!」
相手、めっちゃ強そうなのに、舌なめずりですよ……
そして勇者さまは、ぼくをゆっくりと抜きました。
「推して、参る」
魔獣が口から炎を放ちますが、
勇者さまは、それを物ともせずに、カラダごと突っ込み――
「唸れ、我が剣ッ!
正義の咆哮ッ!
今こそ、刻めえええッ!!」
ザンッッ!!
一閃でしたよ、ただの一閃。
魔獣は真っ二つに裂け、ついでに大地も一緒に割れました。
さて、これだけなら……ただの勇者みたいですけど……
これで終わらないのが、この勇者さま。
「魔は魔を呼ぶ……家屋の下に伏す魔、何人たりとも隠れ得ず。
闇は、常に人の背後に宿る――ゆえに検めるは、義務である!」
魔物の近くには、魔物が潜むって理屈――分からなくもないけれど。
勇者さまは、手近な家に突入――
扉を壊して突撃開始――壺がパリ―ン、タンスがベコォッ、
タルがババキャリッ! と破裂する、お定まりの周回行動。
「隠れたる魔、居らず……」
結論、この家に魔物はいませんでしたが……
『勇者は、力の種を、みつけた!』
「神より与えられし力の結晶――食すは正義」
壊れたタルから出てきた小さな赤い実――
勇者さまは、ぽいっと口に放りこみました。
「……み・な・ぎ・る!」
人んちの食べ物なのに……
「とまれ、闇の不在は、光の証左」
まぁ、それはそうかもしれないけれど――
おうちの人が、泣いています。
「家が滅茶苦茶に……あたしのへそくりまで……」
「泣くな、婆さま……ありゃ、“末期の勇者病(狂気系)”なんじゃ。諦めろい……」
すみません、病気なんです。
へそくり(力の種)まで食べちゃって、ごめんなさい。
そして、勇者さまは次の家にも、その次の家にも――
向こう三軒両隣、村々皆々、
万事平等、狂気の正義の“おかわり三昧”。
美しい花瓶が形を失い、絵画が額縁ごと吹き飛び、書棚は思い出ごと消えました。
あ、小さなコイン……当然、ボッシュートです。
「神よ! どうか、村をお助けください!」
村長らしき人が祈ってますが。
残念、奇跡を願っても……無駄なんです。
だって、村全体の探索が終わるまで――
ずっと、勇者さまのターンが続くんだもの。
「不審な井戸ぞ! 怪しき納屋ぞ! 妖しき蔵よッ!」
ドンドン、ドンガラガッシャーン!
あーあ、酷いや、村ごと吹き飛ばす勢いだ。
すでに村の資産価値は、大幅なマイナスに突入しています。
「この壁……怪しげなり……」
そして、勇者さまが、ある家の壁をドコォンと殴った時のことです。
だから、そんなところに魔物なんて――
キ、シャァァァァッ!?
あらら、魔物です。ほんとうにいました。
壁に溶けこんで、潜んでいたみたい。
「魔・即・断ッ!」
勇者さまは、ぼくを一閃。
魔物のカラダは、右へ左へ泣き別れ。
魔物がいたとあっては、最早、勇者さまは止まりません。
いえ、正確には、ある建物の前で、ぴたりと足を止めたんです。
それは村の大事な共有財産――教会でした。
勇者様は、わずかに目を細めて、静かに呟きました。
「こは、面妖なる……神の棲家……ぞ?」
うん、もう止めないよ?
扉を蹴り破った勇者さま。
どう見ても、それはただの銀の燭台……
「成敗ッ!」
高価な装飾品が、ガラクタに変わりました。
今度は、神様の像の前に立って――
「成敗ッ、成敗ッ!」
ぼくが閃き、首が落ち、祭壇の下へゴロンゴロン……
あ、神父さんが怒ってますよ――
「この悪魔め! 退けサターン! サタァァァァァァァン!」
って。
そりゃ、悪魔呼ばわりもされますよねぇ……
ですが、勇者さまは止まりません。
「仏に会っては仏を斬り、神父にあっては神父を斬る!」
え……っ、ちょ、まって、神父さんを斬る気ですか!?
さすがに、それはないんじゃ――
「成敗ッ! 成敗ッ! 成敗ッ!」
バッサリ……
……紫色の血がドバァ!
ギィ、ヤァァァァァァァッ!
『なんと魔物が神父に化けていた!』
おおっと!?
さすがにそれは見抜けませんでした。
勇者さま、時々、鼻が利く時があるんです。
でも――
「神を信じる者が神の名を騙るとき、神は“試練”を遣わす。
ゆえに、我が剣にて――“浄化”する――――成敗ッ!!」
\ド ゴ ォ ン !/
教会がこっぱみじんになりました。
勇者は、しめて666の経験値を手に入れた!
って、確かに、魔物がまだいたのかもしれないけどさ……
教会ごとキャンプファイヤー(火祭り)ってのは――
はぁ……もうツッコむの、疲れたよ。
とにかく、村は救われました。
大事な家や教会がえらいことになったことに目をつぶれば、ですが。
町の人たちは、ただ怯えて――
「狂っとる! 勇者病ステージ5に違いない!」
「イカれじゃ、マジキチじゃ!」
「なにも、村ごと成敗しないでも……」
……などと涙しました。
そんな言葉を耳にした勇者さまは、ニヤリとしてから、こう叫びます。
「勇者とは狂気の者ぞ。狂気とはすなわち正義!
されば――我こそ正義なりィィィィッッ!!!」
正義の勇者理論が、大☆爆☆発――!
はいはい、正義と言う名の狂気ってやつですね。
いつも聞かされて、耳にタコができてます。
……ぼくは、そんな勇者さまの“正義”に振り回される、ただの剣です。
うん、この時は、そう、思っていた気がします。