最終三戦目 豪華客船レース? ~そして~
皆様、ごきげんよう。
サーシャ・アーゼリオでございます。
復活した魔王ヴォルグラントがどうなったか気になりまして?
心配ご無用ですわ。
魔王は僻地に逃げ延びていた魔王軍の残党たちのもとに合流したのですが、数十年封印されていたせいで時代の流れについていけなかったんですの。
魔王はブラック労働を強要するタイプだったとか。
一方、長い間トップを務めていた魔将軍ガスパールは働き方改革でホワイトな労働環境を実現。
それに慣れていた魔族たちは魔王に大反発したそうですわ。
その結果、魔王ヴォルグラントVS魔将軍ガスパール&魔族の内部抗争が勃発。
魔王ヴォルグラントが圧倒的な力を誇るとはいえ、多勢を前に消耗は避けられませんでした。
弱った魔王ヴォルグラントと魔将軍ガスパールはほぼ互角。
最終的に相撃ちとなりましたの。
魔王と魔将軍は滅び、生き残りの魔族もだいぶ数を減らしましたわ。
つまり人間にとっての脅威は、以前よりも大幅に減少したのでございます。
すべてはこのサーシャの計算通り。
神算鬼謀、魔王といえど及ばずですわ。
そうそう。
魔将軍ガスパールが息絶えたことで、アルバート様との婚約破棄の呪いも解けましたの。
何もかもが順調でしてよ。
それはそうと――。
ふふ。潮風が心地いいですわ。
実は今、船で海上におりますの。
豪華客船――、とは行きませんわね。
まだ蒸気機関も発明されていない世界ですので。
ギーコ。ギーコ。
やれやれ。
ミランダはどうしたかですって?
ふふ。傑作ですのよ。聞いて下さいまし。
ギーコ。ギーコ。
ふう。
実は――。
あら?
何やら前方に別の船が見えますわね。
上からマウントを取られることも好みませんけど、わたくしに先んじて前を行く者がいるのも面白くありませんわ。
追い越してからお話し致しますわね。
船速、フルスロットル!
ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。
はあっ。はあっ。
追いついてきましたわね。
小舟に乗ったドレス姿の女性が見えてきましたわ。
ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。
ぜえっ。ぜえっ。
小舟の斜め後ろまで来ましたわ。
ドレス姿の女性が立ち上がりましたわね。
手に折りたたんだ扇を持っている?
え? まさか――。
どうしてこんなところに。
くっ。せめて平静を装わなくては。
オールを離して、置いてある日傘を取って、立って。
わたくしの船が先方の船の隣に並びましたわ。
「ごきげんよう。サーシャ様」
「ごきげんよう。ミランダ様」
互いにドレスのスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をした。
日傘を肩に、向こうは扇を口元に移動させた。
バッ。
そして日傘と扇を同時に開いた。
「こんな遠洋の海まで小型ボートのような小舟をご自身で漕いでいらっしゃっているなんて、滑稽ですわ。しかもドレス姿。そんな頭のネジのいっちゃっているご婦人はどなたかと思いましたら、ミランダ様でしたの」
「サーシャ様も同じでしょうが! 途中から気付いていましたわよ」
ちっ。
大海原に浮かぶ二艘の小舟が波に揺られて上下した。
「ときにサーシャ様。風の噂で聞いたのですけれど、魔王ヴォルグラントを復活させた咎によって、アーゼリオ家を追われたとか?」
「ぐっ! ミランダ様こそ風の噂で聞いたところによれば、魔将軍ガスパールに資金提供を、しかもその出所が家の財産を無断使用だった咎によって、ベネデッティ家を追われたとか?」
「ぐぬっ! いえいえ。その結果、武装強化した魔将軍ガスパールの手勢によって魔王ヴォルグラントは消耗し、両者相撃ちとなったんですもの。たとえ汚名を着せられようと、わたくしのおかげで世界が平和になったのなら本望ですわ」
「わたくしが魔王を復活させていなかったらただ脅威が増していただけではありませんの?」
「そっちこそわたくしの資金提供で魔将軍勢が強化されていなかったら、復活した魔王の手によって世界は滅びていたのではありませんの?」
「「礼は言いませんわよ! ふん!」」
しばらく波に揺られながらお互いに無言でいた。
だがどちらともなく座ってオールを持った。
ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。
お互いに全力で小舟を漕ぎ始めた。
「そういえばサーシャ様。魔将軍ガスパールが息絶えたことで、隣国の王子アルバート様との婚約破棄の呪いも解けましたのよね? 復縁されましたの?」
ミランダが必死に舟を漕ぎながら言った。
「もっとも、魔王ヴォルグラントを復活させるような人と結婚できるわけなーいと、正式に婚約破棄状が届いたと聞きましたけど。お可哀そうに。うふふ」
こ、こいつは――。
「ミランダ様こそ、魔王ヴォルグラントが滅びたことでソプラーニ商会のセバスチャン様との婚約破棄の呪いは解けたはず」
負けじと舟のオールを動かしながら語り掛けた。
「うぐっ」
「ですけど魔将軍ガスパールに資金提供するような方と婚約していたことが世間に知れ渡ればソプラーニ商会への多大な風評被害に繋がる。それゆえにソプラーニ商会では、元から婚約をなかったことにしようと口封じに躍起になられているとか?」
「うぐぐっ」
「しかも国外退去を命じられながら、運搬船にも乗せてもらえず小舟で異国に辿りつかなくてはならないなんて、哀れすぎますわ。おーっほっほっ」
「それはサーシャ様もでしょうが!」
「むぅ」
その通りなのが切ないわ。
ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。ギコ。
その後も二人とも全力で舟を漕ぎながら、熾烈なマウントの取り合いの応酬を繰り返した。
マウントを取った愉悦が、マウントを取られた屈辱で上書きされる。
マウントを取られた屈辱を、マウントを取った愉悦で上書きする。
マウントを取った愉悦に、マウントを取った愉悦を更に上乗せする。
マウントを取られた屈辱に、マウントを取られた屈辱が更に上乗せされる。
なんだか意識が朦朧としてきたわ。
ん? ミランダの言っていることの端々から、思念の核のようなものが流れ込んできた?
私の家は母子家庭で貧乏だった。
そのせいでいつも馬鹿にされていた。
マウントを取られていた。
あんたなんて大学にも行けないから、ろくな職にもつけないで一生貧乏だよ。
高校に入ってすぐにそう言ってきた奴がいた。
だけど母が奇跡的に結構お金持ちの人と再婚した。
そのおかげで大学にも行けることになった。
逆に貧乏だと言ってきた奴は親が離婚して生活に困るようになった。
私は復讐のために徹底的にマウントを取った。
それは私にとって正義だった。
だから、だから――。
私はマウントを取るのを絶対にやめない!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そう。そうだったの。
私はどうしてマウントを取ろうとするんだろう。
最初にマウントを取ろうって思ったの、いつだったかな。
遊んであげる。
これ貸してあげる。
これ借りてあげる。
うちに来ていいよ。
あなたのうちに行ってあげてもいいよ。
どんなときも、ちょっとだけ相手より上の立場に立ちたかったの。
自信が無かったから。
それをやっているうちにだんだんと周りと温度差が出てきた。
別にいいとか言われるようになって、もっと上から行かないと駄目って思うようになって悪循環。
そのうちマウントを取るか取られるかになっちゃった。
私もそう。
もう引き返せないよ。
マウントを取るの、止められないよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
必死で舟を漕ぎながら、意識は途切れ途切れになりながらも――。
ミランダとのマウンティングファイトは続いている。
今はマウントを取ることに集中しなければいけないと考えてはいるのだけど集中しようという意識がある時点で余計なことに脳のメモリーを割いてしまっているわけでマウントを取ることに集中できていないということになるけどそれでもミランダとほぼ互角にマウンの取り合いを出来ているということは私のほうがマウントを取る地力は上なんじゃないのと思ったりするけど相手もわたしのマウントの取り方に精彩を欠いていると感じて温存している可能性もあるわけだからそんなことを思っても意味は無い。
だからただ集中してマウントを取りに行くべき〈エグイの来た〉けど、やっぱり集中できてな〈ここで返す〉駄目〈外した〉からこんなマウントを取られ〈また〉ミランダが悦に〈腹立つ〉でこんな体たらくに〈悔しい〉ているけど次に醜態を晒すのはおまえ〈ミラの字〉はずなのにまたマウントを取られた。
負けてる負けてる集中できてないから集中できてないから〈怒り頂点〉駄目だ集中〈怒りにとらわれるな〉集中しろ集中しろ〈冷静に〉その集中という意識も次のマウントをどう取るかにつぎ込め。
マウントを取るマウントを取るマウントを取るマウントを取るマウントマウントマウントマウント取るよこうやって取れるようんミランダが次どう来るか読めるからだからここでほらねミランダの悔しそうな顔いいマウントを取れた。
混濁した意識の中で、なんとか五分に持ち直した実感があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあっ。はあっ」
「ぜえっ。ぜえっ」
お互いにオールを漕ぐ手を休めた。
口でのマウントの取り合いも止まっている。
ほぼ隣接している二隻の舟がゆっくりと進んでいく。
二人同時に立ち上がった。
ミランダが両手に扇を持ち、体の前で腕をクロスするように構えている。
「決着を付けましょう。人間、結局最後は暴力ですわ」
わたしも折りたたんだ日傘の柄を両手で握っていた。
「同感ね」
その柄を耳の横に移動させた。
傘の先は真っすぐ上を向いている。
自顕流・蜻蛉の構え。
親戚のおっちゃんがちょっと習っていた。
その人が庭で練習しているのを見よう見まねで棒を構えたり振ったりしていたときに言われたのよね。
人に向けちゃあ駄目だぞ。ははは。
「決して解いてはいけない技の封印を、今解きますわ」
そう呟いた。
「魔王の封印を解いておきながら、今さら何を言いますのやら」
ミランダしつこいわね。
む? 奴は片足を膝を曲げた状態で上げている。
そして、両腕を広げて少し持ち上げて、手首を下に向け曲げているわ。
その両手に、扇子を持っている?
これは――。
「うふふ。怪鳥の構えですわ」
何らかの武術の心得があるというの?
「かつて大道芸人におひねりを渡して見せて頂いたパフォーマンスから、わたくしが編み出した技」
それって強いの?
「すなわち、お金こそが力であることを象徴する奥義ですわ!」
そ、そういうものかしら?
「人に害をなすべく資金を悪用するなどあってはならないこと。ですが、今ここに解禁ですわ!」
「魔将軍ガスパールに資金提供をしておいて栓なきことを。クス」
「サーシャ様、しつこいですわよ! さあ、おしゃべりはここまでですわ!」
そうね。
ただ構えて向かい合った。
いつの間にか空を雨雲が覆って雷が轟いている。
雷光――。
それを合図にするように、船を蹴って相手に飛び掛かった。
「あちょー!」
「ちぇすとー!」
ミランダと体が交差して、反対の舟に――。
そう思った瞬間、落雷の直撃を受けた。
「「キャー! あれ? 前にもこんなことがあったような?」」
【お嬢サ☆マウンティングファイト】
サーシャ VS ミランダ 三戦目。
落雷にあってダブルKO。勝負なし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こんなやつらを人格者のサーシャとミランダに転生させちゃったのは失敗だったな。
この世界はこいつらの転生前に時間を戻そう。
サーシャとミランダの人格も元に戻してあげないとね。
こいつらはもっと別のやつらに転生させよっと。
神様と思しき者の声が聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから――。
わたくしは娜娜へと転生致しましたの。
名家の娘で令嬢と言うべき存在。
優雅な暮らしを送っておりますわ。
最近の悩みは、ある豪族の娘、朱亞とたびたびマウントの取り合いになること。
そういえばなんだかあいつ、ミランダと性格がそっくりな気が?
そう思うと、次のマウンティングファイトはなおさら負けられませんわね!
【転生令嬢VS転生令嬢 お嬢サ☆マウントな三本勝負! 〜優雅なお茶会? 婚約破棄呪術合戦? 豪華客船レース? 三本ともマウントを取って完全勝利してみせますわ!〜 了 (あるいは無限ループ)】
読んで下さった方、ありがとうございます!
ブラックユーモア満載の作品を目指したのですが、たくさんの人に受け入れて頂けるにはまだまだ力量不足でした。
楽しく笑える作品を書けるよう精進したいと思います。
そのときにはまた宜しくお願い致します。




