一 譲れぬ想い
第二章開始です。
舞踏会といえば、やはりヘプバーン。マイフェア・レディは美しかったですね。
ルイズ・ブルックリーグ・ティラーレ姫の歓迎式典兼舞踏会がはじまった。
セラは少し遅れて会場入りした。
今日は、天井が鉢型で音響効果抜群の広々とした中央大広間と酒と食事を提供する小広間、社交場としての喫煙室すべてと密会にふさわしい中庭が解放されていた。
どこもかしこも、黒の燕尾服に色とりどりのローブ・デコルテ姿の紳士淑女で埋め尽くされている。
これだけ大勢で賑わっても、混乱もなく、にこやかでにぎやかで華やかでやかましい。
王子がケンカやもめごとを嫌うため、ひとびとは、愛想よく、礼儀正しくふるまっていた。
セラは秋波を漂わすご婦人方の山をそつなくかわしつつ、人波をくぐっていった。
王と王妃の登場はまだのようで、中央大広間の上座に設けられた玉座は空席のままだ。
それとなく、視線を泳がせる。
だが探すまでもなかった。
というのも、広間でもっともひとが集まっていく一角があり、たちまち数が膨れ上がって、その存在を知らしめる。
シノン――アリアン・ローの誇る、華麗なる王子。
セラは大広間の二階に上がった。
二階はちょっとした寛ぎの空間になっており、長椅子とテーブルがセットになった小スペースが設けられている。
上から眺めると、案の定、シノンは場の中心にいて、まったく屈託ない態度で会話を楽しんでいる。
眼を瞑って耳を澄ます。
階下の会話がきれぎれに聞こえてくる。
どうも千人目の求婚者について厳しく追及を受けているらしい。
「……そんなもの、見ていればわかるだろうに」
「……どなたを?」
すぐ目の前にエストレーン卿が立っていた。
反射的に身を引いて立ち上がる。
「ああ申し訳ありません、驚かせてしまいましたか」
「いえ、こちらこそ気づきませんでした、申しわけありません。私になにか御用ですか」
「少々、お伺いしたいことが」
「ルネーラ様の件ですね」
セラは話題を濁さなかった。
エストレーン卿は生真面目な顔で頷いた。
「率直にお訊ねします。あなたはルネーラ殿の秘密の恋人だと聞きました。それは、あなたがルネーラ殿を確かに好いていらっしゃるということですか」
「それを聞いてどうするのです」
「私の気持ちは、変わりません。ルネーラ殿を妻に娶りたいのです」
「はっきり申されましたね」
セラは多少この男を見直した。
見た目よりも骨のある男なのかもしれない。
「では私もはっきり申し上げましょう。私はルネーラ殿と結婚する意志はありません」
「えっ。では」
「ですが、恋人の座を返上するつもりもありません。少なくとも、私からは」
「すべてはルネーラ殿しだい、とおっしゃるのですね」
「ご理解いただけたようでよかった」
「私は諦めません。私はすべての面であなたに及ばないかもしれないが、ルネーラ殿を思う気持ちだけは誰にも劣りません。失礼を承知で申し上げます。ルネーラ殿を傷つけないでいただきたい。あの方はとても素直で繊細な方だ。だからどうか、お願いします」
エストレーン卿は深々と頭を下げて立ち去った。
セラは椅子に座り直し、身体をすっかり預け切ってため息をついた。
シノン王子からは、まだこの件についてはなんの打ち明け話も聞いていない。
下手なことは言わなかったはずだが、いったいなにがどうなっているのだろう。
「……まったく、ひと騒がせな王子様ですね」
セラは手で顔を覆い、口元に浮かんだ笑みを隠した。
迷惑には違いないのだが、王子に付き合っていると退屈には縁遠い。
国では暇を持て余してばかりいたのだが、この国に来てからというものの、王子ひとりに振り回されっぱなしである。
「……残された時間は僅か、か。さて、どうしましょうか……?」
セラの見つめる先には大勢を相手に軽やかな舌戦を繰り広げるシノンの姿があった。
セラは知っていた。
シノンは、ただひとりにしかなびかない。
ただひとりだけ、見つめている。
そう――その男を見つめるときだけ、シノンは王女になる。
心が炎を抱いて熱く滾る。
こんな激情もシノンに会うまでは知らなかったものだ。
セラは鬱蒼とした表情で、暗く瞳を燃え立たせ、呟いた。
「……あなたが欲しい……」
さあ、まずはセラとエストレーン卿。
真剣で一途なエストレーン卿が痛ましいです。
セラは、イメージとして暗い炎。美形らしい美形ではなく、王子らしい王子でもなく、女がぐっとくるような謎めいた男。を、演出しています。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。