七 王妃付き侍女と異国の姫(?)
この小話にて、第一章終了です。
次話より、第二章 舞踏会よりはじまります。
庶民のあこがれ、舞踏会! いやはや、甘く押し倒させていただきます。笑。
「誰だ」
と、ルイズは誰何した。
「執事長カグセヴァ・ルースエネスです。御身の回りのお世話のお手伝いを致します侍女をお連れしました」
「入りなさい」
「失礼いたします」
ルイズは錬鉄製の瀟洒なバルコニーに立って、軽く一杯やりながら、手入れの行き届いた風情の中庭を眺めつつ、今後の予定を検討しているところだった。
昨日見た顔の執事長がかしこまって一礼し、面を上げる。
「お寛ぎのところ、失礼いたします。こちらはミアンサ嬢です。通常、王妃付き侍女ですが、このたびのルイズ殿下のご滞在につきまして、ぜひともお傍でお役に立ちたいとの申し出がありましたので、お連れしました」
「ただいまご紹介に預かりました、ミアンサ・ベル・リマーンと申します。ようこそアリアン・ローにいらっしゃいました。わたくしでよろしければ、ぜひともお役立てくださいませ」
ルイズはミアンサを見た。可愛い娘だ、と思った。
「ご厚意感謝するよ。君に頼むことにしよう」
「では王妃にその旨をお伝えし、そのように手続き致します。私はこれで失礼します。ミアンサ殿、あとはお頼みしました」
「はい、確かに承りました」
カグセヴァが速やかに退出する。
ルイズはその無駄のない言動にちょっと感嘆して、ぜひとも自分のところの執事にも見習ってほしいものだ、などと考えていたとき、名を呼ばれた。
「私を呼んだかね?」
「はい。お尋ねしたいことがございまして。まず、なんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「ああ、ルイズでかまわないよ」
「ではルイズ様とお呼び致します。わたくしのことはどうぞミアンサとお呼びください。ではさっそくですが、質問にお答え願えますか」
「なんだね」
「ルイズ様は王女ではなく王子の間違いではございませんか」
あやうく、手に持っていたグラスを滑り落とすところだった。
「……君、この私に向かって無礼だとは思わないかね」
うっすらと、ミアンサが微笑した。
ルイズは目の前の可愛い娘がおもむろに腕まくりするのを見た。
「えーえ、思いますとも。無礼は承知の上でお訊きしております。でも、それもこれも、どこからどうみても、立派に男性にしか見えないルイズ様に原因があります」
ぱりん、とルイズの手の中でグラスが砕けた。
「不愉快だ。この私に対し、なんたる口の利き方だ」
「不愉快なのはこちらです。いきなり現れたうえ、厚かましくもシノン様の愛人候補ですって? おまけに男性の身でシノン様に結婚を迫るなんて、いったいどういう了見です!」
「私は王女だ! シノン殿は王子! 問題あるまい。なにより千人求婚とやらではどんな条件もなかったのだろう。だいたいどこでその話を聞いたのだ」
「噂です。それで、どこまでが本当のお話なのですか?」
「君には関係あるまい! もういい、この私にこのような暴言の数々を浴びせるとは、よほどの覚悟があってのことなのだろうな」
「わたくしを脅迫なさるおつもり? そうはいきませんわよ」
凄んだつもりが凄み返されて、ルイズはほんの一瞬怯んだ。
ミアンサにこの隙をつかれ、腰に手をあてた姿で、ずい、と一歩迫られる。
「わたくし、こう見えて、王妃の覚えもめでたく、王子の覚えもめでたいですわよ? たいていのことは切り盛りできますし、お役にたてると思いますわ。そのわたくしを、いったいどうなさるとおっしゃいますの?」
「どうもこうも――」
「まさか、お役御免になどしませんわよね? もしそんな仕打ちをされようものなら、わたくし傷心のあまりにあることないこと騒ぎたて、シノン様にあんなことやこんなことやそんなことの意地悪をされたと泣きついてしまうかもしれませんわ。それでもよろしくて……?」
ルイズは絶句した。
ミアンサはにこっ、と笑った。
可愛らしい微笑み。
だがもはや、可愛いとは思えなかった。
「……もしや、君を私のもとに遣わしたのはシノン殿なのか……?」
「あら、わたくしではご不満ですか?」
ミアンサの眼がきらっと怪しく光る。
ルイズはぎょっとして後退った。
「さ、仲直りで、よろしいですわよね?」
「よろしくなど、ない、が……くそっ」
「ほほ、お行儀が悪いですわよ、王女様?」
ミアンサが勝ち誇ったように高く笑い、不意に口を閉じて時間を確認した。
「時間です。さ、脱いでください」
「ぬ、脱ぐ?」
「そうです。脱ぐんです。いますぐです。歓迎式典兼舞踏会まであと二日。時間がないのです、衣装、帽子、靴、小物、すべて揃えなければなりません。時間との勝負です。王宮御用達の職人を揃えました。早速仕事にかかってもらいます。一応伺いますけど、燕尾服とローブ・デコルテ、どちらがよろしいですか?」
「燕尾服に決まっている!」
「いーえ、ローブ・デコルテです!」
「似合わん!」
「それでもあなたさまは王女なのですからこちらです!」
「……そんなものを着てシノン殿の前に出るくらいなら、私は自害する」
ミアンサは肩を竦めた。
「……仕方ありませんわね。ひとつ貸しにしておきます。燕尾服を作らせましょう。まずは採寸、生地選びです。それが済みしだい、アリアン・ローの社交界についてご説明いたします。忙しいですわよ、しっかりついてきてくださいましね。駄々をこねたり、文句を言ったり、だらけていらっしゃったら、後ろから鞭を打ちますからね」
ルイズは眼を丸くした。
もはや怒る気にもなれなかった。
「……この私に鞭を打つと言った女性ははじめてだぞ」
「わたくし、口だけじゃありませんの」
そう言ったミアンサの手には既に鞭が用意されている。
ルイズは何度目かの絶句を味わったあと、くっと笑った。
わはっ、と噴き出した。
笑いは止まらなかった。
こんなに笑ったのはもう何年ぶりだろう――。
ようやく顔を上げたルイズは、あらためてミアンサを見た。
ミアンサは自分を放置して勝手に部屋に大勢の職人を招きいれ、大声であれこれと指示を出している。
ルイズは、その姿を美しい、と思った。
とても美しいと、そう思った。
ミアンサとルイズのペアは、小気味よさを重点におきました。
な・か・よ・く・けんか・し・な、という感じです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。