八 ラスト・ワルツ
甘やかです。ロマンティック。シノンがけなげです。やはり、愛が一番大事ですよね。
カーテン・コールを終えて、“赤い薔薇結びの劇”は大成功のうちに幕を閉じた。
日没後、建国祭――赤い薔薇結びの祭りはラスト・ワルツを迎えた。
今夜は愛する者同士、共に誰かと手を携えて、場所を問わず、夜を徹して踊り明かされる。
胸には赤い薔薇。喧嘩はご法度。
歌い、踊り、笑い、語り、愛を交わす。
特別な夜である。
シノンとカグセヴァは祝福の洪水よりなんとか逃れて、離宮へと退散した。
深閑としたボタニカル・ガーデンの一角、カグセヴァは松明の火を小路沿いの角灯に点けてまわった。 辺りはぼうっと明るくなり、月の光と溶けて、幻想的な雰囲気を醸し出す。
シノンは白いイブニングドレスに、カグセヴァはフロック・コートに着替えていた。
右胸には赤い薔薇、左手薬指には金の指輪が光っている。
どちらともなく二人は寄り添って、ゆっくりとワルツを踊りはじめた。
「……今日は満月だったな」
「ええ。美しいですね」
「具合は? 本当に踊れるのか」
「ええ。ゆっくりとしか動けませんが。今宵は踊らなければ。そうでしょう?」
「愛の日だからな」
「愛の日ですからね」
二人はくすくす笑った。
冷たい夜風が心地よく、暗闇が火照った心を冷ましてゆくのが感じられた。
「……まさか、国王陛下と王妃様が私を歓迎して祝福してくださるとは思いませんでした」
「そうか? 一番信頼している男に王女を任せられるというのに?」
「……参りましたね。それではやはり、私はいっそう職務に励まねばなりません」
カグセヴァは真顔に戻って言った。
「ひとつ、ご相談が」
「わかっている。王位のことだろう」
「さすがですね」
「君が執事職を辞めるとは思っていないさ。それに僕も夫は斜め後ろでもかまわない。横はケインウェイにでも座らせてやる。そもそも、玉座に就くのが王と王妃でなくてはいけないという掟はない。女王とその弟でもよかろう」
「ケインウェイ様はすごく嫌がりそうですが」
「なに、僕のためならばなんでもすると豪語したくらいの頼もしい弟だ。それに以前君との情事を邪魔されたお仕置きもまだだしな、文句は言えまい」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね」
シノンは軽く、カグセヴァの胸に頭を預けた。
「カグセヴァ」
「はい」
「僕はまだ君に言っていなかったな」
「はい……?」
「……君が好きだ。日々いろいろなものが移り変わる中で、君だけは変わらない。いつも僕のため、皆のために、心を尽くしてくれる。変わらない君の傍が、一番安心できるんだ……」
シノンは顔を持ち上げ、カグセヴァの眼に自分の姿が映っているのを見ながら告げた。
「君を愛している。だから、どうかいつまでも僕と共にいてくれ」
「はい」
「……なんだ、せっかく勇気を出して言ってみたのに、ずいぶん普通の反応だな。つまらん」
「いいえ? 歓びのあまりどうにかなってしまいそうです」
「そうか?」
「そうです。今夜はご覚悟を」
「……え。いや、それは」
ワルツのステップが止まる。
急だったので、シノンは前のめりになり、カグセヴァの胸の中に飛ぶこむ形となった。
「まさか嫌とはおっしゃいますまい。なにせ、あなたさまは私の妻! 妻なのですからね」
甘い気分がいっぺんに物騒な気配に取って代わる。
がっちりと抱きしめられて、シノンは逃れようがない。
「き、君は怪我人だろう。無理するな」
「いえいえ。花嫁をかまう余裕くらいはありますとも」
「で、では、せめて、手加減を要求する」
「嫌です」
「僕こそ嫌だ!」
「嫌でもします。手加減などできるわけがないでしょう。私たちの初めての夜ですよ? いくら私が我慢強い男でも、今日という今日は無理です。優しくなどできません。諦めて好きにさせてください」
「逃げてやる」
「逃がしません。絶対に。あなたさまだって、逃がしてほしくなどないでしょう?」
「――シノン、だ」
「え?」
「君はもう僕の夫なのだから、いつまでもあなたさまとか、王子とか、王女とか呼ぶのはおかしい。名前で呼びたまえ」
カグセヴァは破顔した。
全身に熱いものが滾る。
狂おしいほどの歓喜が、愛しさが、込み上げてくる。
深い口づけをして、カグセヴァはシノンを軽々と宙に持ち上げた。
満月に翳す。
そして極上の笑顔を見せて呼ばわった。
「シノン、私の最愛のひと」
スペシャル・ハッピーエンドです。
泣いても笑っても、あと小一話です。
最後までよろしくおつきあいください。
安芸でした。