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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第五章 告白
37/43

六 波乱を呼ぶ男

 連続告白劇もいよいよ大詰め!

 最後はシノン、カグセヴァ、セラの三つ巴の戦いです。

 

 

      

 ここで、舞台は停滞した。

 舞台の進行役、第三者の語り手、カグセヴァがいつのまにか姿を消していたのだ。

 不安に駆られるシノンの耳に、セラが囁く。


「落ち着いてください。たぶん、彼の手を必要とする事態が起こったのですよ」

「……カグセヴァが僕の傍を離れるなんてよほどのことだ。なにか、あったのだ。っ、さっさと劇を進めて終わらせるぞ! 誰か! 代わりに進行役を務めろ。代役はいないのか!」

 

 その言葉を待ちかねていたかのように、飛び跳ねて現れた男がいた。


「おりますとも! はーい、皆さんお待ちかねー! サザン・イルエルクでございます。ただいまより僭越ながらこの私が劇の進行役を務めさせていただきます。大丈夫、ぶっつけ本番でもいけます、いけます。なにせ口から先に生まれてきたと言われるくらいのこの私――」

「能書きはいい! 進めろ」

「はいはいはい、仰せの通りに従います。えー台本、台本。では、こほん」


 シノンの叱咤にサザンは踵を揃えて直立し、台本の現在の場面部分をひろげてさっと目を通すと、咳払いをして言った。


「ミアンサが“天使の涙”を無事王子の手に返還する場面から、続きをどうぞー」

 

 ミアンサ、ルイズを伴ってセラのもとへ歩み寄り、膝をつく。


「王子、こちらをお返しいたします」

「これは我が王家の遺産“天使の涙”! なぜこれがそなたの手元に?」

「それはシノンの家にあったイースター・エッグの中に隠されていたものなのです」

「シノン殿の家? それはまたなぜ。理由をお聞かせ下さい、シノン殿」

「理由といっても、数日前に旅の者から預かっただけだ。イースター・エッグの中にそんなものがあったなんて、僕は知らなかった」

「手にとって眺めていたときに偶然見つけたのです。服のポケットに入れたまま、忘れておりました。わたくしは窃盗の罪に問われるのでしょうか」

 

 セラはミアンサを立たせながら言った。


「そなたには礼を言わねばならぬ。宝石がこうして無事戻ったことはそなたの功績。なにか褒美をとらせたい。そなただけではなく、事件の巻き添えをくい、迷惑をかけたルネーラ殿にもなにか詫びをしなければならぬ。二人とも、なにか望みはないか?」

 

 ミアンサとルイズ、ルネーラとエストレーン卿、互いに寄り添いながら一礼する。


「では国王陛下に結婚のお許しを願うこと、お力添えいただけますか」

「それはいい。喜んで力になりましょう」

 

 セラ、シノンを振り返る。

 他一同、後ろに下がる。


「これにて一件落着です。父上は私とあなたの結婚をお許しくださるでしょう」

 

 セラ、シノンとの距離を詰める。

 端正な美貌に酷薄な微笑を浮かべながら、シノンの頬に片手をおく。


「……あなたはもう逃げられない」

 

 呟きは低く掠れて、客席には届かず、ただシノンの耳にだけ聞こえた。


「結婚を申し込みます。私はあなたを愛している。シノン、あなたは私のものだ」

 

 セラの唇が下りてくる。

 拒めない口づけが。

 二人の唇がいましも重なろうとしたそのぎりぎりの刹那――。

 背後からシノンの腰に腕が伸びて、あっという間に力ずくでさらったものがいた。


「……カグセヴァ!」

 

 同時に、劇場のあちこちで大きな騒ぎが巻き起こった。

 指をさす者、思わず立ち上がる者、黄色い声を轟かせる者、反応は様々にせよ、叫喚の原因のその正体は、ほとんど誰もが知る怪傑集団だった。

 鮮やかな蒼い衣装に蒼い長いマント、蒼いブーツ、蒼い被りもの、黒い手袋、黒い眼帯、腰に佩いた細身の剣――。

 統一されたその姿。縦横に颯爽と劇場通路を駆け抜けて占拠を完了する。


「クライドディラー義賊だ!」

「クライドディラー義賊よ!」

 

 歓声の中、劇場の最後尾の席から悠然と立ち上がった男がいた。

 背が高く、肩幅もあり、鍛えられた足腰は均整がとれて抜群に恰好いい。

 長い蒼いマントを背に払い、周囲の反応などものともせず、大股に歩いて舞台まで着くと、ひらりと身軽に花道に上った。


「クライドディラー、参上!」

 

 わああああ、と観客は思わぬ展開に大歓声を上げた。

 だが呆気にとられたのは劇の役者の面々である。

 こんな局面はまったく寝耳に水で、無論台本にもない。

 シノンはカグセヴァの腕の中で身じろぎして言った。


「君は無事か。よかった。なにかあったのかと思った」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

「しかし、どういうことだ。その眼帯はなんだ。それに、その恰好は?」

「そうだ。説明してもらおうか。これはいったいなんの真似だ」

 

 セラが目の前でシノンを奪われたことを面白く思っていないことは一目瞭然だった。

 カグセヴァは丁寧だが冷やかな調子で言った。


「あなたさまの魂胆は既にわかっております」


 カグセヴァはシノンにきつい一瞥を向けた。


「セラ様は三大司教の署名と捺印が揃った国籍不問の特別結婚許可証を用意されておりました。

 それに、神父に王、その横に王妃、更に指輪と赤い薔薇を揃え、あとは結婚の誓いを立ててしまえば、十分に正式な婚姻と認められます。

 あとから、あれは劇の中の芝居だった、などと言い訳が通じるかどうかも怪しいほど完璧なお膳立てです。セラ様はあなたさまを皆の前で正々堂々我がものとなさるおつもりだったのです」

「そんな無茶な」

「おそらく、このことがために劇の配役は変更されたのですよ」

 

 シノンは驚愕を通り越した表情でセラを凝視した。

 言葉が出てこない。

 セラは無表情のまま黙っている。

 カグセヴァはシノンの身体の重みを確かめるように少し腕の力を強めて、ぎゅっとしながら、吐息した。


「許可証が厳重に保管されていたことと、ちょっと諸々の承諾を得るのに時間がかかりまして遅くなりましたが、間に合ってよかった」

 

 カグセヴァはセラと鋭い視線を交えた。


「シノン王子は渡しません」

「言うじゃないか。だったらこの場をどうすると? そんな身なりで賊に扮したつもりなのか? まさか、この場から攫うなどとは言うまいな」

「それは最後の手段です」


 眼帯に覆われていない片目が、鈍く輝く。

 カグセヴァはサザンと打ち合わせているクライドディラーに向けて軽く腕を上げ、合図した。

 クライドディラーは了解の応答をし、サザンに目配せして、二人は花道の左右に袂を分かった。


「ご来場の方々に申し上げる! 今日俺は、ひとりの乙女、即ちそこにいるシノンの切なる願いを聞き届けるためやって来た! 

 それというのも、彼女は他に将来を誓った恋人がいるのだが、セラ王子に見染められ、強引に結婚を迫られていると言う。身分の差を理由に断ろうとしたがうまく行かず、一度は自らの恋を諦め、王子に従うつもりだったが、やはり自分の心に嘘をつきたくない、だが誰にも相談できないと俺に助けを求めに来たのだ。

 俺は応じた。か弱き乙女の身を救わずしてなんの義賊か! 誰が為の正義か!」


 クライドディラーは身体の正面にて鞘におさめたままの長剣をどん、っと突いた。

 朗々と響く声はさすがに役者である。

 目線も動作も、観客の耳目を惹く術を心得ている。


「そして、そこなるカグセヴァこそシノンの恋人にして我が身内! 愛を重んじるアリアン・ローの民よ! 二人の戦いをどうか静観あれ! そして願わくば、勝利者に祝福を!」


 間髪置かず、サザンがたたみかける。


「これはこれは大変なことになってまいりました! 突如現れたのは皆様ご存じ、クライドディラーだー! そしてなんと! カグセヴァがその一味! 更にシノンの秘密の恋人とは予期せぬ事態、波乱の幕開け、目が離せない展開になりましたー! 

 まあ、どっちに転んでも美形で甲斐性がある男たちですが、しかし! せっかくの祭りです。愛の日です。シノンにはぜひにも本命と結ばれてほしい! さあ皆さんは、どちらの応援をしますかあー」


 観客はクライドディラーの誘導とサザンの巧みな話術にすっかりのせられ、これまでの劇の本筋を問うよりも、愛の行方にのみ着目するという、王子役と娘役が結ばれなければならないとする大前提が覆りつつあった。

 カグセヴァはシノンを解放し、こちらにやってきたクライドディラーに引き渡した。


「あとはお任せください」

「なにをするつもりだ?」

「セラ様、私と勝負していただきたい。私が勝ったらこの場はすべて私に合わせてください」

 

 セラは満座を敵とみなしたかの如く危険な表情をさらしながら、既に腰の剣の柄に手を伸ばしている。


「私が勝ったら?」

「それはあり得ません」


 少しも怯まず断言しながら、濃い灰色の瞳を光らせて、カグセヴァも剣を引き抜いた。

 観客は好き勝手に応援する側の名を叫び、はじめは互角の割合であった。

 だが、それも長くは続かなかった。

 歓声は急速に萎み、オーケストラの指揮は愚図つき演奏が止んだ。

 これは演技ではない、ということに観客が気づくのに時間はかからなかった。

 セラの剣は身体の中心線を狙った一撃必中の技が多く、その上、速く鋭かった。

 カグセヴァは応戦し、ほとんど紙一重の差で受け切った。

 鋼と鋼がかち合い、弾き、弾かれ、突き、かわす。

 白刃が脳天から振り下ろされ、横一文字に受け止められる。

 火花散る。

 押し返され、斜めに抜かれる。

 飛び退いて構え直し、態勢を整えるや否や斬り結ぶ。

 長剣は黄昏の光を乱射してきらめく。

 一閃。また一閃。

 両者押し合い、鍔競り合い、どちらも退かず、同時に離れては突っ込んでいく。

 セラの剣の先端がカグセヴァの眼帯に覆われていない右目の上を切り裂いた。

 鮮血が迸る。

 だがカグセヴァは動ぜず、剣を逆手に持ちかえて肘からセラに体当たりし、よろめいたところへ下から掬い上げるように剣を薙いだ。

 セラの剣が宙に舞う。そのまま舞台から落ちる。

 息を切らして立ち尽くすセラの前で、カグセヴァは手の甲でぐいと血を拭い、自らの得物を捨て、一呼吸すると、一気に躍りかかった。

 二人は上になり、下になり、ぐるぐると態勢を変えて揉み合った。

 殴り、締め、引っ掻き、頭突きし、放り投げ、放り投げられる。

 どちらもなりふり構わず、身分も矜持もかなぐり捨てて戦った。


 続きます。

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