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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第五章 告白
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五 尊き想いの成就

 連続告白劇第三弾、いきます!

 続きましては、ルネーラとエストレーン卿です!

 劇場内は興奮冷めやらぬざわめきが残っていた。

 音の波が、歌の名残が、歓喜の余韻が、まだひとびとの血を駆け巡っているようで、観客の注意はなかなか芝居に戻ってこない。

 だが、エストレーン卿はそれでもまったくかまわなかった。


「……アリアン・ローは良い国ですね」

「え?」

 

 ルネーラは極度の緊張状態にあり、ろくに周囲を見ていなかった。

 それゆえエストレーン卿に不意に話しかけられても、咄嗟の反応は鈍かった。


「この国の方々はおおらかだ。朗らかで親切で元気なことこの上ない……私はこの国がとても好きになりました。だから、あなたがこの国を離れるのを忍びなく思うのも無理からぬこととは存じます。ですが、それでも私はあなたを国へ連れて帰りたい。私の婚約者として」


 エストレーン卿はルネーラをみつめた。


「どうかいまこそ、お返事をいただきたい」

「……こ、ん、やく、しゃ……?」

「先日お願い申し上げたはずです。考えてはいただけましたでしょうか」

「……あの、お待ちになって。わ、わたくし、お話が見えません。こ、婚約者、とはどなたのことをおっしゃっておられますの……?」

「むろんあなたです」

「わ、わたくし? で、で、でも、あの、ええと」


 ルネーラはすっかり混乱した。


「大丈夫ですか? 真っ蒼ですよ」

「あの、エストレーン卿。い、いったいどういうことですの? わ、わたくし、あなたとの縁談は白紙に戻されたかと思っておりました」

「はい。その代わり、この劇の最中で、皆の前で、私はあなたに正式に結婚を申し込むと告げました。お忘れですか?」

「……え?」

「祭りの初日、一緒に見物にでかけたではありませんか。その帰り道にお話しした際、どうかお考えくださいとお願いしました」

「そんなこと……おっしゃいました?」

「憶えておられないのですか?」

 

 こっくりと、ルネーラは頷いた。


「わたくしあのときのことはよく……思い出せませんの。ですからてっきりあなたに縁談を断られたものだとばかり思っておりました……」

「私が?」


 さすがに意表をつかれて、エストレーン卿は声の抑揚を乱した。


「ばかな。なぜそんな誤解をされておられるのです」

「でも縁談を白紙に戻すとおっしゃったではありませんか」

「正確には、縁談を白紙に戻し、その件についてはご両親に直接私からお話しますと言いました。王には私から非礼をお詫びし、私の両親にも縁談の席の中止を申し入れますと。両家のしがらみや世間体なども一切考慮せず、ただ私の妻になっていただけるかどうかだけ、お考えくださいと。そして今日この場でのお返事をお願いします、と、そうお伝えしたのです」

 

 茫然と佇むルネーラの前にて、エストレーン卿は舞台袖に待機させていた係を手まねき、用意していた赤い薔薇を受け取り、それを恭しく差し出した。


「……これが私の気持ちです。この薔薇の名は“尊き光”。受け取っていただけますか……?」

 

 そのまま、エストレーン卿はゆっくりと跪いた。


「私は真剣です。あなたに出会って以来ずっと、あなたのことだけを想ってまいりました。あなたこそ、私の光。愛しています。どうか私と結婚してください」


 ルネーラは糸が切れたようにその場にへたり込んだ。

 エストレーン卿は若干姿勢を崩し、ルネーラに口元を寄せた。


「……もうどんな噂にも惑わされるのはうんざりです。ですからいっそ公衆の面前であなたにこの胸の内を打ち明けようと、覚悟を決めていたのです。どんな返事でも、かまいません。私のことがお嫌でしたら嫌だと、遠慮なくおっしゃってください」

 

 ルネーラが、エストレーン卿の衣装の袖を掴んだ。


「わ、わたくし、あなたに振られたと思って――悲しくて、胸に穴が開いたように虚ろな気分で、でも苦しくて、寂しくて、辛くて……一睡もできませんでした。それでようやくわたくしも自分の気持ちに気がついたのです。で、ですから、今日は、わたくしも決心して参ったのです。あの、わ、わたくしも、ぜ、ぜひ、聞いていただきたいことが、あ、あるのです」

「はい」

「……わ、わたくし」

「……はい」

「わ、わたくし……」

「はい……?」


 ルネーラの眼が逸れる。

 心臓が凄い勢いで跳ねている。

 口が渇いて仕方がない。

 手も足も全身が震えてどうしようもない。

 ――言えない。

 と思った。やはりだめだと。そんな勇気は自分にはない、と。

 だがそのとき――。


「頑張れー!」

「頑張ってくださーい!」

「どーんと言っちまえよー!」

「頑張れ、頑張れ! ルネーラさまあー」

 

 思わず顔をあげて客席を見た。

 二人の動向を真剣に見守っていた観客が、口々に応援を叫んでいる。

 ルネーラの眼から涙がこぼれた。

 息が上がる。

 喉が引きつる。

 あふれる涙で前が見えない。

 エストレーン卿は指を伸ばしてルネーラの眦を拭った。

 そして髪に優しく口づけをした。


「……どうか言ってください。私も、あなたの心の声が聞きたい」

「……わ、わた、わたくしを……」

 

 ルネーラは下腹部に力を込めた。

 シノンやケインウェイ、セラやスライエンの顔が次々と浮かび、気持ちをぐっと後押しされた。


「あ、あなたの……」


 そして、ついに言った。


「花嫁にしてください」

「はい」


 わあっと観客席が弾ける。

 ルネーラの勇気をたたえた拍手が起こり、エストレーン卿とふたり、その名が大きく連呼される中、恐る恐るのていでルネーラは呟いた。


「よ、よろしいのですか? わ、わたくし貴族の娘としてはだいぶ嫁き遅れておりますのよ? あとでなにか――きゃっ」

「私は世界一の果報者だ!」

 

 エストレーン卿はルネーラに覆いかぶさるようにして抱きしめたまま叫んだ。


「なんという喜び! なんという幸いだ! 私は誓う。いまここにあなたへの不滅の愛と忠誠を。あなたは私の終生の伴侶です」

 

ルネーラは「はい」と答えて微笑し、嬉しそうに薔薇を受け取った。

 そしてそのまま二人の世界に突入してしまう。

 いまのいままで仕事を休んでいたオーケストラは、盛大に祝福の交響曲を演奏開始した。

 誰かが手拍子をはじめたのをきっかけに、それはいつまでも鳴りやまなかった。

 


 爽やかに、健やかに、誠実に、恋が実りました。

 はじめは嫌がっていたのに、だんだんと、心が傾いていくさまを描いてみました。いかがでしたでしょう?

 この二人は、年をとってからも仲良く手をつないで歩いていそうです。それもまた理想の愛の形ですね。

 さあ、では、告白劇の最後を飾るは、シノンとカグセヴァ、そして対するはセラです! 


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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