四 奇跡の歌
連続告白劇第二弾、いきます!
次なるは、ルカとスライエンのペアです。
ルカとスライエンは向き合ってはいるが、どちらもうつむいて黙りこくっていた。
それがあんまり長く続くので、ついに痺れを切らした客席から野次が飛びはじめたとき、ルカがのろのろと口をひらいた。
「……聞きたいことがあるんだけど。あんたがルネーラ様の愛人って、本当の本当に?」
「えーと。嘘です」
「……嘘?」
「うん。愛人のふりをするように頼まれただけ。つまりそのぅ、シノン王子の依頼で」
「なんで」
「さあ……。僕はただこのお願いを引き受けたら、お城の近くに土地をくれるって言われて、それで引き受けただけで、詳しいことは訊かなかったし。だからそのー、ごめんなさい」
「どうして謝るの」
「なんとなく。……ルカが悲しそうだったから」
「悲しくなんてないわよ。ただ、ちょっとびっくりして気絶とかしちゃったけど……」
「あの……じゃ、怒ってる? なんとなく、僕に冷たいような気がするんだけど……」
「わたし、もともとあんたに優しくなんてないわよ。池に突き落としたり、ダンスを断ったり、せっかく舞台を観に来てくれたのに、お礼も言わないで追い返したり……ひどいことばかりしているじゃない」
「ルカは優しいと思うけど。だから好きなんだけど……」
「あんたは軽々しくそういうこと言わないの。ひとが聞いたら誤解するでしょうが」
スライエンは、はーっと大きくため息をついて、がっくりと肩を落とした。
だが、すぐに浮上する。
必死に言う。
「僕、シノン王子にお城の近くに土地をもらったんです」
「ふうん? よかったわね」
「その土地に家を建てました」
「家? じゃ、あんた、お城を出ていくの?」
「僕はその家を、歌を好きな子供たちの居場所にしたいと思っているんです。……僕が王子に拾われてはじめて自分の居場所ができたように、他にも僕と似たような境遇の子供たちがいたら、歌で、今度は僕が居場所をつくってあげたいなーと思って……どうかなあ」
「すごくいい話だと思うわ。その、建てた家って大きいの?」
「百人ぐらいなら一緒に暮らせると思う」
「は? 百人って……あんたそれ、大豪邸じゃない。音楽学校でもひらくつもりなの?」
「うーん。学校っていうか、皆で音楽を楽しめる場所にしたいなあと思って……いつも隣に誰かがいて、いつも音楽があって、歌がある。僕、気がついたんです。宮廷楽士なんて肩書きをもらってしまってから、僕はひとりになってしまった。僕の名前ばかりが有名になって、気がついたら、僕の歌を聴きたいひとよりも、僕の歌を聴いたということをひとに自慢したいひとの方が多くなってしまった。だから僕、あまりひとが好きじゃなくなって、最近は歌もあまり気持ちよく歌えなくなっていたんです……」
「……だから最近、仕事以外は引きこもってばかりだったの?」
「うん。でも、ルカがかまってくれるようになってからは、ひと前に出るのもそんなに億劫じゃなくて、特にこの一ヶ月くらいは色々なひとと知り会えて、毎日楽しくて、また歌を思いきり歌えるようになりました。ルカのおかげですー」
「わたしはなにもしてないわよ」
「いてくれるだけでいいんです。僕はそれで十分です。ずっと一緒にいてほしいですー」
「……だから、そういうことを軽く言わないの。次はぶつからね。いいわね」
「よくないよくない、よくないです。だってまだ続きがあるんです」
「続き?」
「僕、再挑戦します。聴いていてください。心をこめて歌いますから」
言って、一度ルカの手を両手でぎゅっと握りしめてから、スライエンは前に進み出た。
オーケストラに向かい、頷く。
それを合図に、春のうららかな陽気を思わせる軽快な音楽が流れはじめた。
「この曲をルカ・ブランウィスキーに捧げます。作詞作曲はこの私、スライエン・トルートスです。曲目は“あなたは僕の大切なひと”です」
スライエンの言葉が途切れるや否や、曲調ががらりと変わった。
眼の覚めるような強烈な音の嵐だった。
まさにオーケストラの真髄、交響曲の真髄、すべての楽器がひとつによりあわされて生まれるそばから解き放たれてゆく。
その音の洪水の最中にありながら、スライエンの声は豊かで、音域もひろく、どこまでも透き通り、高らかに高らかに高らかに響き、あの細い身体のどこからこんな声が出るのかと驚嘆するほどの大声量で観客を圧倒した。
だが、聴衆の心を感動で満たしたものは声ではなく、音楽でもなく、歌詞そのものにあった。
紡がれていく言葉のどれも、難しいことや特別なことを歌っているのではない。
誰もが身に覚えのある恋の嬉しさ、ふわふわした高揚感、恥じらい、情熱、戸惑い、衝撃、痛み、悲しみ、そして恋が愛に変わったときの尊い気持ち、互いが互いを思いやるあたたかな胸のうちを、飾らぬ言葉で滔々と綴ってゆく。
胸に迫る言葉の数々は聴く者の心をまっすぐに射抜き、目頭を熱くさせた。
はじめて耳にする曲なのに、なぜか懐かしさがこみあげてくる。
是非にも覚えたい、歌いたい、と誰もが思った。
声に出して思いきり歌い上げたい、と。
そのとき、皆の心を代弁したかのように混声合唱が沸き上がった。
スライエンが歌いながら腕をひろげると、左右の花道から二百人から成る盛装した王宮混声合唱隊が現れて、一糸乱れることなく歌いながらゆるゆると劇場内の通路を登ってゆく。
そして頂上部までずらりと等間隔で居並ぶと、一斉に舞台に向きなおり、更に声を高めた。
変わらぬ愛を、他愛のない日々を、いつも共にあることの幸せを歌い上げてゆく。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、歌は続く。
そして合唱隊に追随するように、客席からも歌が紡がれ、次から次へと起立して、しまいには全員が総立ちとなり、声をひとつにした。
円形大劇場は愛による歌と音楽で満ちた。
誰が起点だったのか、手が繋がれていった。
見知らぬ者同士、手を繋ぎ、歌った。
そして――。
最高潮を迎えた。
スライエンの声が最後の一音を括ったとき、一斉に赤い薔薇が空を舞った。
あらかじめ配っていた薔薇を観客が客席から舞台に向けて放ったのだ。
眼も眩むような感動、美しい赤い薔薇の雨、鳴りやまぬ大喝采、スライエンと自分の名の声援……ルカはいつのまにか泣きじゃくっていた。
スライエンは汗でびっしょりになりながらルカのもとまでやってきて、笑った。
「ルカが好きです。僕の奥さんになってほしいです」
「……好き」
「え」
「わたしも、あんたのことが好きよ」
「えええええっ。えーと、えーと、えーと。あの、じゃあ、僕と結婚してくれる?」
「ええ」
「うわーうわーうわー。すごい、ルカが僕の求婚を受けてくれましたー! うれしいなあ。感動だなあ。頑張ったかいがあったなあ。ばんざーい! みんなーありがとうー!」
スライエンはルカをひょいと抱き上げてぐるぐる回した。
そしてそのまま二人の世界に突入してしまう。
オーケストラは気を利かせて結婚協奏曲を演奏、合唱隊は熱唱。観客もこれにのる。
そして二人のもとへ一輪の赤い薔薇が届けられる。
薔薇の名は、“大切な恋人”。
友達からはじまって、恋になる。でした。
いつも気兼ねなく自然に傍にいられる存在、かけがえのないひと。
ルカは姉さん女房を演じながらも、肝心なところへは踏み込めない弱さを、スライエンはやるときはやる男だぜ、みたいな頑張りをみせました。
スライエンが歌い上げる場面は気合を入れて書きました。書いては、削って、を繰り返し、完結にまとめ上げたつもりです。クラシックも好きで、コーラスも好きで、年に何度かはクラシックコンサートに足を運びます。バイオリンが楽器では一番好きです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。