赤い薔薇結びの劇・2
ヴィバルの正体は最後に明かされます。
続きをどうぞ。
舞台中央、薔薇を拾い上げて、ルイズの傍白。
「これまで私は、身分というものがひとを隔てることになんの疑問も感じてこなかった。
だが、いま私は自らを恥じている。ひとは生まれる国も親も身分も選べない。
ひとは真の意味では皆平等なのだ。身分などでひとを区別してはならず、また、生れや貧富において差別などしてはならず、恋の局面においては障害となってはならないのだ。
くそっ、私はなんという愚か者だ! 身分がどうした! そんなものがなんだ! そんなくだらぬ称号などでなぜこの恋しい気持ちを諦めなければならんのだ。
いや、まだ手遅れではない。私も王子もやるべきことをやっていない。諦めるには早すぎる。そうだ、諦めるなど、できるものか!」
ルイズ、上手に退場。
カグセヴァ登場。
「それから幾日も過ぎました。やがて町にある不穏な噂が流れはじめました。この噂を耳にしたミアンサは、いよいよ覚悟を決めたようです」
ミアンサとルイズ登場。どちらもどことなく強張った表情だ。
「私はシノンにセラ王子との恋を反対しました。でも、間違いでした。シノンは限界です。とても辛そうです」
「王子も似たようなものです。ただ、あれでなかなか諦めが悪い。身分が問題だというのなら、いっそ身分など捨てると言いだして、王と毎日喧嘩しています」
「まあ! ではあの噂は本当でしたのね」
「噂とは?」
「王子様が廃嫡を願い出ていると言う噂です」
「そんなことになる前に、なんとか二人を結ばせてあげたい。協力していただけませんか」
「もちろん喜んで」
「よかった。では共同戦線を張りましょう。しかしスライエン殿はどうします?」
「スライエンはわたくしが説得します」
「では、もし二人がうまくいったら、私とのことも考えてはいただけませんか?」
「嫌です」
客席から、えーっ、と非難の声が上がる。
通例どおりだと、ここは友人役二人の恋が佳境を迎える場面であった。
ルイズはふっと笑った。
おかしさなどかけらもないあやうい気配が、口元に滲む。
「……そう言うと思ったよ。だが、私は退かぬ。君の『嫌』は聞き飽きた。もうたくさんだ。私はこの劇中で、なんとしても君に『はい』と言わせてみせる。いいか、私は本気だからな。身分など知ったことか。君がなんと言おうと、私は君を我がものにする。覚悟をしておけ」
きつく言い含めるようにして、ルイズ退場。
予想外の展開に唖然として取り残されたミアンサだったが、舞台袖から繰り返される退場を促す声に、慌てて奥に引っ込んだ。
仲介者役ルネーラと仲介者役エストレーン卿登場。
「すいません、スープ屋“ピアーレ”という店をご存知ないですか」
「わたくし、ちょうど行くところですの。よろしければご一緒しましょう」
ルネーラとエストレーン卿、ゆっくりと歩きながら、エコー・ポイントにて会話。
二人は簡単な自己紹介のあと、エストレーン卿が「実は」と、話を切り出した。
「私は王妃から内々にシノン殿のお人柄などを見てくるよう、依頼を受けて参ったのです」
「王妃様から! それではやはり、シノンがセラ王子様から求婚されたという噂は本当でしたのね。もしや、結婚を反対する王に王子様が廃嫡を願い出ているという噂も事実ですか」
「事実です。結婚という王室の未来に係わる問題なだけに王と王子はどちらも一歩も譲らない有様、王妃は胸を痛めております。あの、シノン殿とはどのような女性ですか?」
「シノンは素敵ですわ。わたくし、セラ王子様がシノンに求婚したという噂を聞いたとき、なんて見る目のある方でしょうと感心したくらいです。でも……」
「でも?」
「最近、元気がないのです。たぶんセラ王子様のことで悩んでいるのだと思います」
「よくわかりました。あとは直にお目にかかって少しお話をしてみましょう。もしかしたら、私もお二方の力になれるかも知れません」
エストレーン卿とルネーラ退場。
カグセヴァ登場。
「とうとう、シノンは倒れました。悲しみのため、起き上がることもままなりません。スライエンはミアンサの説得もあり、シノンのためを思い、婚約解消を申し出ました。そして健気にも、シノンの恋の味方を決意します。そして、そのときなにかと励ましてくれるルカの存在に心をうたれたのです。かくして、シノンの味方三名と、王子の味方三名が結託して、二人の恋のために尽力することを約束します……」
場面は謁見に向かう、という途中で、ルイズはいきなりミアンサに向き直った。
「このあと、私と君の二人きりの場面がある」
「……はい」
「そのときに私が口にする言葉は、すべて真実だ。劇のセリフじゃない。私の本当の気持ちだ。だがその前に、はっきりと決着をつけたことを、君に報告しなければならない」
ルイズはすう、と大きく息を吸って、エコー・ポイントの真上に立った。
そして、客席を向いて高らかに宣言した。
「私、ルイズ・ブリックリーグ・ティラーレはシノン・クロワローア・グーゼルベルナー殿とリカール・ガル・ストヴァジーク殿との結婚の約束及び結婚の申し込みを破棄し辞退申し上げたことを正式に発表する! そして、私の身分の変更を申し上げる。私はティラーレ国の王女ではなく、王子である。私はルイズ王子である!」
ルイズは半身を退いて、ミアンサを振り返った。
「これで、私は真っ向から君と会える。もうつまらぬ理由では逃げられないぞ」
セットが変更され、王宮、謁見の間がしつらえられる。
金色の織物を敷いた、本物そっくりの玉座にて。
王役ケインウェイは王笏を手に、王妃役リカールは扇を手に登場。玉座に就く。
国王夫妻の前に敢然と闊歩してセラが登場、即座に跪く。
「シノン殿を妻にします。反対などしないでください、邪魔くさい」
「シノンはおまえになんか渡さねぇ」
「そうだな、他国の王子になどやれんな」
と、ケインウェイとリカールが真顔で調子を合わせる。
だが、セラの方が一枚上手だった。
「しかし、私がシノン殿を花嫁にしないことには、終幕にならないのではないのですか」
「ほんっと、むかつく結末だな。誰だ、この配役を決めた奴は」
「まったくだ。なんでもいいから、とっとと続きを言え」
「口の悪いご夫妻だ。まあいいでしょう。さて、では続けますか。いずれにしても、シノン殿を私の伴侶と認めていただけないのでしたら、私が王子の位を返上いたします」
「どうか早まらずに、王子。賢明なる王よ、お願いがございます」
ミアンサ、スライエン、ルネーラ、ルカ、ルイズ、エストレーン卿登場。
王子を囲うように跪く。
客席から見ては、上手から下手にかけて斜めに玉座と登場人物が配置されている。
それから口々にシノンを擁護し、セラとシノンの結婚を認めるよう懇願した。
ケインウェイ、手にしていた王笏をさっとセラに向ける。
「わかった、わかった。王子セラ、おまえに――じゃなくて、そなたに機会をやる。目下捜索中の“天使の涙”を奪還し、盗みを働いた奴らを討伐してこい」
「見事成し遂げたら、シノン殿を我が妻にすること、承諾してくださいますか」
「まあ、一応、結婚を、認め、なくもない」
「つまり認めてくださると、そうおっしゃるのですね」
セラ、すっくと起立して身を二つに折った。
「必ずや“天使の涙”を取り戻し、賊一味を壊滅させてご覧にいれます」
「なんっでセラがこの役なんだよ、ああ腹が立つ。面白くねぇ。いいから、さっさと行けよ」
「はい。では、行って参ります」
セラ、ルイズ、エストレーン卿退場。
リカール、羽扇を折りたたむ。
「ぜひ一度、そのシノンという娘に直に会ってみたい」
「連れてまいります」
ややあって、シノン登場。国王夫妻の前にて優雅にお辞儀する。
物語は、国王夫妻が娘の本音を聞き出して、いくつかの問答の後、ついに王が折れて結婚の承諾を与える、という場面である。
古代劇場のエコー・ポイントというのはすごいです。
緻密な計算のもとに設計されたそうですが、昔の人の頭の良さには敬服します。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。