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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第五章 告白
30/43

一 赤い薔薇結びの劇    

 最終章はじまりました!

 開演です!

 

      

      

 円形劇場は、丘の自然の窪みを利用して建てられ約五千人の観客が収容できた。

 舞台を正面として、舞台からゆるい階段が手前の小空間まで続き、左右に花道、左手に合唱隊席が設けられ、オーケストラが控えている。エコー・ポイントがいくつも設置されているのが特色で、そこに立って話すとどんな小さな声も石に反響するように設計されている。

 劇場の下部座席は王族、貴族、要人のためのもので、大理石の化粧張りが施され、一般観客席は階段式になっており、四つの通路で区切られ、四方から舞台を見渡すことができた。

 いずれも満席である。

 鈍いざわめきは熱を帯びて、静かな興奮にみちている。

 舞台には、房飾りは鈍い金、左右の支柱に張られて濃い赤紫の緞帳が下りている。

 開演を知らせる銀製のベルの音色が鳴り響く。

 緞帳が、ゆるゆると巻き上げられて、舞台があらわになってゆく。

 


 そこに身じろぎもせずに立っていたのは、カグセヴァだった。


「いまより語られる物語は、第二代国王と王妃にまつわる物語。仔細はどうぞご清覧あれ」


 衣装の右胸に薔薇をつけたカグセヴァは、一呼吸おき、舞台を振り返った。


「“天使の涙”が盗まれた? 捜せ! ついでに盗んだ野郎も連れてこい! いけっ」

 

 ケインウェイが鋭い叱咤の声を上げる。

 カグセヴァは舞台袖から転がってきたものをひょいとつまみ、それを持って移動した。


「さて、王宮宝物庫から消えた“天使の涙”ですが、手から手へと渡り、ここにあるイースター・エッグの中に隠されて、スープ屋の娘シノンの手に渡りました」

 

 舞台上で静止したまま動かずにいたシノンの手の中に、エッグがおさめられる。


「なんだかわけありのようだったから預かったものの、失敗したかな。うん? なんの音だ」


 と、シノンはぼやきながら店内の飾り棚の隅に無造作に置いて、表に出た。

 突然、ヴボォォ――と、荒々しい角笛が幾重にも劇場内に轟き渡った。 

 円形劇場の最上段に黒装束の仮面の一味が登場し、鬨の声を迸らせ、舞台上に殺到する。

 先頭にいた背の高い男が、抜き身の剣をちらつかせながら、シノンの前を遮った。


「娘、最近見知らぬ若い男からなにか預からなかったか? 俺が捜しているのは、“天使の涙”って宝石なんだがね」

 

 シノンはすっとぼけた。

 返事をしないでいると、顎を掴まれた。


「俺を無視とは、いい度胸じゃないか。気に入った。おまえを俺の女にしてやろう」

「また女か。ほどほどにしておけよ、ヴィバル」

 

 シノンがヴィバルと呼ばれた男に強引に引き寄せられたそのとき、後方で騒ぎが起こった。

 颯爽と登場したのは、王子役セラとその友人役ルイズ、側近のルカである。


「若い女性に乱暴とは、見過ごせないな」

 

 セラは問答無用で斬りかかった。

 激しい剣戟戦がはじまった。

 やがて決着がつき、ヴィバルは捨てセリフを吐いて退場。


「お怪我はありませんか」

「おかげさまで」

「なにか襲われる理由に、心当たりでも?」

 

 そこでシノンが黒ずくめの男の脅迫の一部始終を説明すると、


「“天使の涙”! それは、私も捜しているのです。そうか、奴らが……あの男、また来ると言っておりましたね。私は奴らを捕らえたい。どうかご協力願えませんか」

「嫌だと言いたいけど、どうせだめなのだろう?」と、シノン。

「おとなしく、はいと言ってくださいね。ところで、私はセラと申します。彼はルイズ、私の友人です。そちらは側近のルカです。あなたのお名前は?」と、にやりとしてセラ。

「シノンだ」

「そう邪険にしないでください。いまここは、私たちが恋に落ちる場面じゃありませんか」

「悪かったな、演技が下手で。だからこんな役、嫌だったのに……」

 

 ぶつぶつと悪態をつきながら、シノン退場。

 友人役ミアンサとシノンの婚約者役スライエン登場。


「シノンー、シノンー、シーノーンー!」


 店の奥からシノン登場。


「わあ、無事だあ。よかったですー」

「ここに賊が押し入ったって聞いたわ! 大丈夫なの?」


 シノンの口から昨夜の事件のあらましを聞いているところへ、


「次は、捕らえますよ。こんにちは、シノン殿」

 

 セラ、赤い薔薇を抱え、ルイズとルカを従えて登場。


「どなた?」と、ミアンサ。


 シノン、セラを紹介する。

 次に、ルイズが進み出る。


「はじめまして、ルイズと申します。お目にかかれて光栄です、ミアンサ殿」

「どうも」

 

 ルイズは顔をしかめた。

 次はスライエンのセリフだったが、待てというしぐさをする。


「セリフが違わないかね? ここは、私に感謝して一目惚れをする、そういう場面だろう」

「さあ、そうでしたか?」

 

 取りつく島もなく、ミアンサは明後日の方角を向いている。


「こちらを向きたまえ」

「嫌です」

「向きたまえ」

「嫌です」

「……そんなに私が嫌いか? 顔も見たくないほど?」

 

 ミアンサは答えない。

 ルイズとミアンサの冷戦にあわてたルカが、スライエンをつつく。


「次! あんたのセリフでしょっ。言って! 続けるのよ!」

 

 スライエンはなににも物怖じせずに、たどたどしくも強引に、劇を再開した。


「えーと。僕はスライエンです。シノンを助けてくれてありがとうですー。ところでそちらの方はどなたですかー」

「わ、わたしはルカと申します」

「どうぞよろしくー。あ、そうだ。ここだけの話だけど、あとで僕は再挑戦しますー」

「……なんのこと?」

 

 ついうっかり、素のままでルカは訊き返した。


「内緒ですー。でも今度こそ自信がありますー!」

 

 ルカはとっても嫌な予感がして、二の句が継げなかった。


「……なんだか、劇の先行きが見えなくなってきましたね」

 

 そう言って、セラはシノンの胸に赤い薔薇の花束を押しつけた。

 その瞳は生き生きと強く輝いて、禍々しいほど不敵な笑みを含んでいる。


「さて、と。次は、あなたに一目惚れした私が愛を告白し、結婚を申し込む。そうでしたね」

「まあ、そうだ」

 

 やにわに、セラはシノンの後頭部を抱え、唇を塞いだ。

 強く噛むような口づけは、だがほんの一瞬のことで、シノンは抗う間もなかった。


「あなたが好きです。私と結婚してください」

 

 舞台上の役者たちも、観客席も、眼を疑った。


「ルカ、セリフ」

 

 と、唇を手の甲でぐいと拭って、シノンが言った。


「は、はい。け、結婚ですって? 王子、お戯れもほどほどになさいませ」

「戯れではない」

「……王子? 誰のことだ?」

「こちらの御方だ。セラ王子、この国の御世継ぎであらせられる」


 長い間。

 観客席も、固唾をのんで見守っている。


「私には既に婚約者がいる」と、棒読みで、シノン。

「それはどなたです」と、棒読みで、セラ。

「彼だ」

 

 シノン、スライエンを指す。


「あなたが私のことを好きでいてくださるのであれば、彼ではなく、私と結婚してください」

 

 シノン、セラの胸に薔薇を押し返す。


「あなたが王子でなどなかったら、よかったのに。でもあなたが王子であることを知ってしまったいまとなっては、とても無理だね。お引き取りを。そしてもうここには来るな」


 ルイズを残し、全員退場。


 いよいよ劇の幕が開きました。

 最後までどうぞよろしくお付き合いください。

 安芸でした。

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