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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第一章 噂のひとびと
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二 ルネーラの縁談

 ケインウェイは、弟に欲しい。

 ルネーラは天然美人の典型ですね。


 ケインウェイは不機嫌だった。

 先日のシノンの千人求婚に自分も立候補したのだが、「おまえはだめだ」と言下に却下され、受付登録さえ許してもらえなかったのだ。


 ケインウェイ・クロワローア・グーゼルベルナー。

 年は十七。

 王妹の子息で、シノンとは二つ違いということもあり、幼少より一番かわいがられてきた。

 義弟の契りを結んだのもその頃だが、そろそろ弟分という不利な立場から脱却したく思っていた。


「なのに、この俺はだめってどうよ」


 納得いかず、くいさがるも、結局認められずじまいだった。

 趣味が武芸一般ということもあり、体格はかなりいい。

 短く切り揃えた明灰色の髪、生き生きと輝く、王家生粋の明灰色の双眸。

 細く通った鼻梁と少し尖った顎。

 少年らしい血色のよさは、実直で澱みがない、彼の性格を反映しているかのようだ。

 ケインウェイは午後の執務が予定より早く終わったので、シノンのところにでも顔を出そうと思っていた。

 その矢先のことだった。


 王族は、国民が思うよりも暇がなく、忙しい。

 仕事の性質で分けると、面会、事務決裁、儀式・式典出席、国内外の報告、視察、芸術鑑賞、教会関連の行事、この他、外交の一環として、他国親善、他国訪問、招待など、細かく数え上げればきりがない。

 おまけに、勉強も怠れない。

 王族たるもの、無知では国政にたずさわることを許されないのだ。

 通常は午前と午後にひとつずつ公務及び執務がある。

 公務とはひとと会うことを前提とした仕事で、執務とは主に書類決裁を指す。

 ケインウェイの仕事は、主に内政だ。

 地方と中央を結ぶ折衝役を務めている。

 執務室は個別にあり、内装に若干の違いがあるものの、ほぼ同じ造りである。

 広さは約一二ピール(一ピールは約一メートル)四方で、窓は大きく、室内は明るい。

 大きな机は頑丈で、脚に植物をモチーフにした豊かな意匠を凝らし、裏には王家の紋章が刻印されている。

 そこでさきほどまでケインウェイが執務を行い、担当の執事が次々と決裁を上げては下げてを繰り返していた。


「ふわあ」


 と欠伸をしつつ、ケインウェイは執務室を出ていこうとした。

 そこへ突然、従姉妹のルネーラが現れて、わっと泣きついてきた。


「ケインウェイ、助けて――」

「うわっ。ルネーラかよ、今度はなんだ」

「え、縁談があるの」

「サンクルズのエストレーン卿だろ」

「でも、わたくし他に好きな方がいるの……」

「じゃ、断れば?」

 

 ケインウェイは執事をさがらせながら、ルネーラを中に通して扉を閉めた。

 ルネーラは休息用の長椅子に疲れを見せた様子で腰かけると、急いた口調で続けた。


「お母様が承諾してしまったの。もう場所も日取りも段取りも決められてしまって」

「あー、叔母上ならやりそうだな。待ったなし! だからな」

「でも困るわ」

 

 逼迫(ひっぱく)した声で叫んだルネーラの眼は、追い詰められた光を浮かべていた。

 ケインウェイは頭を掻いた。

 彼も噂は聞いていた。

 そのときはまさかそんな、と信じなかったが、もしかしたら、噂は真実なのかもしれない。

 ケインウェイはあいているもう片方の長椅子にどっかと座った。


「……あのさ、おまえの本命って、宮廷楽士のスライエン・トルートス?」

 

 ルネーラは心底仰天した顔で瞼をぱちぱちさせた。


「なぜそのことを知っているの」

「げっ。本当なのか。おまえがあいつに本気? 嘘だろ」

「嘘なの」

「は? え、なに、本当と嘘、どっちがどうだって?」

「……話すと、ちょっと長くなるのだけれど」

「短く、簡単に説明してくれ」

「ええと……最初ね、シノンにお母様の説得を頼もうと思ってお話したの。そのとき、なぜこの縁談を破棄したいのか理由を訊かれて、好きなひとがいると告白したまではよかったのだけれど、名前を尋ねられて、咄嗟に嘘をついてしまったの」

「どうして」

「……本当のことを、言いたくなくて。それで」

「そこでスライエンの名前が出てくるのか」

「ええ。でもシノンはそれがわたくしの嘘だなんて知らないものだから――」

「おまえの代わりに叔母上の説得を買って出たものの、相手を尋ねられたとき、率直にそう答えてしまった……」


 ルネーラは頷いた。


「いくら素晴らしい歌い手とはいえ、相手が相手なものだから、お母様も逆上してしまって――もう一刻も早くこの縁談をまとめようと躍起なの」

「なんでそんなややこしいことになるかな……」


 ケインウェイは唸って頭を抱えた。

 その差し向かいで、ルネーラは小首を傾げた。


「ねぇ、なぜスライエン・トルートス殿の名前を持ち出したこと、あなたが知っているの?」

「王宮中でもっぱらの噂だぞ」

 

 これを聞いて、ルネーラは文字通り真っ蒼になった。


「わたくし、わたくし、どうすればいいの」

「どうもこうも、まずは本命に告白だろう」


 ルネーラはすごい勢いで首を横に振った。


「言わなきゃ話が先に進まねぇだろう。諦めるなよ」

 

 ルネーラの両手が蒼白く褪めた顔を覆う。

 指の隙間から、細い声がこぼれる。


「……あの方には、好きな方がいらっしゃるもの。とても言えないわ……」

「……ま、状況はわかった。とにかく、目先の問題は縁談を破談にすることだろ? おまえは嫌だろうが、スライエンとの噂をこのままにしておけ。縁談前のスキャンダルなんて不名誉このうえないからな、もしかしたら話が帳消しになるかもしれない」

「こんな噂くらいで、破談になるかしら……?」

「……ん、いや、無理かも。俺なら、おまえみたいなとびきりの美人を嫁にもらえるなら噂のひとつやふたつ気にしないね。だから、いっそ、相思相愛の秘密の恋人がいて、既に深い関係で、世間には公表できないものの、別れられないし、別れるつもりもない――ってくらいの男がいた方が、相手も諦めて辞退してくれるかも」

「そんな相手、いないもの……」

「とりあえず、スライエンを説得して協力を要請しろ」

「でも」

 

 ルネーラがおろおろ、ぐずぐずしているところへ、控えめなノックがあった。


「執事補佐エド・タイラーです。シノン殿下よりことづけを預かって参りました」

「入れ」

 

 エドは執事補佐の中でも仕事が早く、間違いのないことで有名な男だった。

 外見こそ小柄で華奢で女顔と、迫力には欠いていたが、周囲の信頼はあつい。


「シノン殿下がお呼びでございます。エントランスで待つようにとのことです」

「わかった。すぐに行く」

「こちらに着替えをお持ちいたしますか?」

「そうだな。頼むわ」

 

 エドは一礼して下がった。

 ケインウェイは励ますように、ルネーラの手を握りしめた。


「俺も手助けしてくれそうな奴、探してやるって。だからそんな、湿っぽい顔するな。な?」

「……スライエン殿のもとへいって参ります」

 

 ルネーラがよろめきながら立ち上がり、退出した。

 去り際に見せた、憂いを含み、いまにも泣きそうな眼に保護欲を掻きたてられる。

 とても年上とは思えないだめっぷりだ。

 口が堅く、偽りの恋人を器用に演じられる男。


「俺じゃあ説得力がねぇんだよな……誰かいい奴、いねぇかな」


 義弟、ケインウェイ登場。

 

 彼がいなければ堅苦しいことこの上ない物語になっていたでしょう。

 

 従姉姫、ルネーラ登場。


 彼女がいてこそ物語をかきまぜることができました。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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