十一 パレード
第四章終了です!
最終章に続きます。次の章は一気に読んでいただきたいので、明日、まとめて投了します。朝から夜にかけて、いきます。
本日は、別のお話を連載開始しようかと思っております。お気が向かれた方は、どうぞそちらもおつきあいくださいませ。
パレードは先頭に国旗を掲げた若い青年、次に道に薔薇の花びらを撒く花撒き隊、小太鼓と管弦楽器からなる鼓笛隊、出演者は四頭立ての屋根のない白亜の馬車四台にわかれて乗り、笑顔で沿道に向かい手を振っている。
最後尾にも鼓笛隊、そして全体を覆うように華やかな衣装をまとった大規模の王宮警護隊が行進し、合間を縫うように舞踊隊が笑顔と舞を披露している。
二台目の馬車に、シノンとケインウェイが並び、向かいにカグセヴァが座っていた。
「……そういつまでも怒るな」
「怒っていません。無駄な時間だと思っているだけです」
「怒っているじゃないか」
「怒っていません」
シノンがなんとかカグセヴァの仏頂面をほぐそうとしたそのとき、頭上から赤い花びらがぱらぱらと降って来た。
三人が見上げると、二階立ての家の屋根に登った少年が、花びらを詰めた袋を首から下げて、屋根より僅かにせり出した青銅製の風見鶏に掴まり身体を支え、袋に手を突っ込み小さな手に花びらを握り、懸命に撒いていた。
「シノンおうじ、ばんざーい!」
「危ない……っ」
「えへへー。それー! ばらのあめだよー! あいのあめだよー!」
無邪気に笑い、また花びらを撒く。
そのとき、鈍い音がした。風見鶏が折れた。
悲鳴を上げる暇もなく、真っ逆さまに子供と風見鶏がシノンの真上に落下してくる。
カグセヴァは躊躇なく左腕を伸ばしてシノンを引き寄せ胸に庇い、右手に真鍮の懐剣を閃かせて矢の如く降ってきた風見鶏をその刃に受けた。
ガティン、と重い音が轟き、ギギィ、と馬車の側面を削って、ドスン、と道路に転がる。風見鶏は形を一部欠き、衝撃の凄さを証明していた。
間一髪のところでカグセヴァの手により難を避けたシノンは、振り向いて叫んだ。
「子供は!」
「……無事。俺がちゃんと拾ったよ」
おかしな態勢で、子供を抱えたケインウェイが、ほらよ、と突然の出来事に硬直している子供を差し出す。
「よくやった、ケインウェイ!」
どよめきと、安堵の叫びが上がる。ケインウェイとカグセヴァを称える声援がこだました。子供は泣きだし、母親が血相変えてひとごみの中から飛び出してくる。
そしてそのまま平伏して、額を道路に擦りつけながら必死の謝罪を繰り返した。
そこで観衆が我に返りはじめる。
王子に危険が迫ったこと、それが惨事に繋がりかけたこと、一歩間違えば大変な事態になっていたかもしれない。
祭りの空気が途端に冷たいものに変わろうかという間際、シノンが子供を抱いたまま馬車を降りて、母親の前に立った。
「僕はなんともない。子供もなんともない。弟王子も、執事長もなんともない。傷ついたのはそこの風見鶏だけだ。たぶん、長年の風雨で錆びたんだろう。あとで新しいものを進呈しよう。今日という祝いの日に、赤い薔薇の雨、愛の雨とはなんともすてきな贈り物だ。なあ、皆の者、そうだろう? 薔薇の雨、愛の雨、確かに受け取ったよ。君の名は?」
少年はぽかんとしていた。
母親につつかれて、ようやく答える。
「セオドラ」
「セオドラか。ではセオドラ、もう二度とこんな危険なことをしてはいけないよ。だが君の行いは素敵だから来年から恒例化しよう。僕はここに約束する、来年は薔薇の雨を、愛の雨をパレードの演出に加えて見せよう。楽しみにしていたまえ! さあ、パレードを続けよう」
何度も何度も押し寄せる津波の如く弾ける声援の嵐を前に、シノンは気高く応え、カグセヴァは吐息とともに影をひそめ、ケインウェイはぐったりしていた。
「……シノンにかかると悪者っていなくなるよな。ほんと、すげぇわ」
「ええ、本当に」
「けど、いくらシノンが君主にふさわしいっていったって、隣で支える奴は必要だぜ?」
ケインウェイがカグセヴァを睥睨したのに対し、なぜか、逆にじっと見つめられる。
「……なんだよ」
「そうですね。それがいいですね。そういたしましょう」
「は? なに、なんだよ。勝手に納得してんじゃねぇ! その眼はなにか企んでいるだろう」
「ぎゃあぎゃあうるさい」
シノンが斜め上から一喝し、つと、視線をカグセヴァに向ける。
「助けてくれてありがとう」
「いえ、お役に立ててよかったです。ですが、またこんな危険があると困りますので、今日は決して私の傍を離れないでください」
「君が、僕の傍を離れるな」
二人の視線がぶつかり合う。負けたのは、執事長だった。
「……わかりました。あなたさまのお傍を、私が離れません」
「では、来い。皆に君を見せつけてやるのだ。こんな時でもなければ君の顔を売る機会もそうそうあるまい、観念して僕につきあえ」
「……ああ、そういうことでしたか。それでしたらそうと言ってくださればよろしいのに。そうすれば私も本気で応対しましたものを」
「君は本気にならんでいい。君が本気でなにかをするとやりすぎるだろう」
だがカグセヴァはその気になり、結果、町中を一周し、再び王宮中庭に到着したときには、あなたに火傷したいと叫びっぱなしの女性の集団がカグセヴァ親衛隊を結成していた。
「言わんこっちゃない」
シノンはカグセヴァに手を預け、馬車に横づけした階段を降りながら、ぎりっと奥歯を噛みしめた。 カグセヴァは涼しい顔で、シノンの膨れっ面を覗き込む。
「あなたさまが、顔を売れ、とおっしゃったのですよ?」
「やりすぎだ」
「……少しは嫉妬していただけました?」
「……君という男はよほど僕を腹立たせるのが趣味のようだな。ただでさえ僕は機嫌が悪いというのに、君ときたら――」
「機嫌が悪い? なぜです。そんなふうにはとても見えませんが?」
「僕はまだ薔薇をもらっていない!」
ついかっとして、シノンは本音を漏らしてしまった。
さいわい、周囲はごったがえしていて、いらぬ注意をひいた気配はない。
だが、カグセヴァの表情は一変し、手首を掴まれ、距離を詰められた。
「薔薇を贈ったら、右胸につけていただけるのですか?」
「贈りもしないうちに訊くな、そんなこと」
「右胸に、私の薔薇を、つけていただけるのですか?」
「君は、僕が君以外の薔薇を右胸につけると、そう思うのか?」
カグセヴァは恭しくシノンの手を取り、指先に口づけした。
「……私の薔薇の出番はまだです。だってこのあと、私たちは劇の出演者全員共通の薔薇をつけるのでしょう? 一度贈った薔薇を外されるなどごめんです。嫌です。ですから、あとしばらく、お待ちください」
シノンはカグセヴァの胸に額を押しつけた。朝から陰鬱だった心がみるみると晴れてゆく。
「……はじめからそう言ってくれればいいのに。わかった、楽しみに待っている」
「……もちろん、私もいただけるのでしょうね?」
カグセヴァはシノンの頭を優しく撫でた。
シノンはカグセヴァの人目を忍ばぬ愛撫を心地よく思いながらも、やむなく離れて言った。
「あとで、話があるんだ」
シノンはカグセヴァの眼を見て告げた。
「覚悟をしておいてくれ。僕はもう待たない。待たないことに決めたんだ」
そして物語は舞台へ――。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。