十 出演者紹介
最終章へ向けて、カウントダウン開始です。
私の方が緊張してきた……。
赤い薔薇結びの祭り、第三日目。
王宮前広場特設会場の壇上で幅を利かせている男がいた。
サザン・イルエルクは拡声器で前口上を述べたあと、既に満員であるにもかかわらず、続々と増えてゆく人波を驚喜しながら右へ左へと捌いていた。
「さあ――時間です。お待たせいたしました。皆様、心の準備はよろしいですか? では、早速、ご紹介しましょう! “赤い薔薇結びの劇”、出演者の方々の登場です!」
トランペットが高らかに鳴り響く。
続いて小太鼓の連打、そしてシンバル。
檀上横にて百名から成る鼓笛隊が盛大に演奏をはじめると観客はわっと沸いた。
そして、王宮の関係者専用通路から、次々に出演者が入場してくる。
「先頭は王と王妃、神父と記録係のお二人です! 白無垢の衣装に金縁の刺繍、髪をすっぽりと隠した帽子がまたいかにも神父らしい装いです。記録係は濃紺一色の地味な被りものですが、いつもとは違った雰囲気の王妃はまた格別にお美しいですねぇ。
さてさて次は、執事長カグセヴァ殿ですねー。第三者の語り手、舞台の進行役です。すごい色の衣装ですねぇ。孔雀の羽根に見られるような鮮やかな蒼です。ちなみにこのようにゆったりした長袖丈長の上着のことをカフタンというようです。それに金色の蔓薔薇模様の刺繍付き。豪華です。同色の長いマント、黒いビロードの帯に黒いブーツ。恰好いいですねー! 滅多に王宮から外に出られないということですがもったいない話です。
えー、次はー、王の側近役ことルカ殿、娘の婚約者役スライエン殿、手を繋いでの登場です! ルカ殿は当時の護衛兵の衣装ですねー。若草色の短いチョッキがいい感じです。スライエン殿は山吹色のカフタンに朱色の袖なし外套、黒い帯着用、筒型の帽子を目深に被るという当時の一般的な服装です。あ、つまづきました! 大丈夫ですか? ルカ殿に手を借りて、大事はないようです。
お次は仲介者二名、ルネーラ姫とエストレーン卿です! ルネーラ殿は紫の衣装で登場です! 紫のドレスに白と藍の花柄刺繍のチョッキに同生地のボンネットで頭部を覆っています。髪を二つに結って、肩から垂らしている普通家庭の娘の装いが愛らしいですねー。一方、エストレーン卿は貴族の高官らしく黒いがっちりした上下に金ボタン、短いマント、黒ブーツ、帯剣と豪華でありながら簡素で品がよく見えます。この着こなしはさすがですね。男性諸君はおおいに見習いましょう!
さあて、お次は、友人役二名、ミアンサ殿とルイズ王女です! これはまた可愛らしいですねー! クリーム色のやや丈が短いドレスに黄色の前掛けをしています。髪は結い上げてやはりボンネットでまとめています。いやあ、目の保養ですね、いいですよねぇ、前掛け姿の女性。ルイズ王女は貴族の子息という役柄上、豪華で派手です、はい。ご覧の通り、黄色と黒と赤の配色で金ボタンと金飾りと金刺繍が施してあるので派手派手です。
続いては、昨夜から噂の的であるケインウェイ殿とリカール殿の登場です! うわあー! こ、これは! な、なんということでしょう! な、ななな、なんと、ウィンストーン卿が、美女に変身しました!」
すっかり興奮して、サザンはリカールに駆け寄った。
「あの! 失礼ながら、本物のウィンストーン卿であらせられますかっ。予想以上に女装がお美しいのですが! なにかひとことお願い致します!」
「……それ以上近寄ったら命はないぞ……」
サザン・イルエルクは瞬時に後退った。
「間違いありません! 王妃役ウィンストーン卿でした! いやあ、人間化けれるものですねぇ……あ、すみません、ケインウェイ殿を無視してしまいました。えー、さすがに王役です。豪華絢爛です。王妃共々、上から下まで金一色です。履物まで金です。羨ましいですー。
さあ、お待たせしました! いよいよ最後に登場するのは――」
そこで、竜巻の如く舌を回転させていたサザンの口が停止した。
眼が点になり、手からぽろっと拡声器が落ちて足元に転がった。
沈黙したのは彼だけではなかった。
場が水を打ったような静けさに満ちた。
琥珀の柔らかな品のいい衣装に細身の剣を佩いて黒豹の毛皮のマントを靡かせたセラに手をひかれて現れた、シノンの姿を見て。
襟が浅く開いた華やかな緋色のドレスに白い短い前掛け、つけ髪だが、長い髪を結い上げて白いボンネットを被り、細いほつれ毛がいく筋かうなじにかかっている。
これに緋と茶のブーツを合わせ、当時の一般家庭の娘を模した衣装だが、格別に似合っていた。
「司会者、続けたまえ」
セラの叱咤にサザンは眼を覚ました。
「……か、会場の、皆様、し、失礼を……あまりの驚きに心臓が止まりました。いやはや、なんとまあ、女装がお似合いで……どこからどう見ても愛らしく清楚で可憐な女性に見えます。会場の皆さま、あとで後援会をつくりましょう! 女装のシノン王子を愛でる会です!」
途端にあちらこちらから、ぼかすかと靴が投げ込まれた。
「却下だっ」
と、叫んだのはひとりふたりではない。
サザンはぶつくさ言いながら、それぞれに靴を返し、本来の仕事に戻った。
「以上、十三名の方々が午後三時より野外劇場にて “赤い薔薇結びの劇”を上演いたします。午後には開場いたしますが、大変な混雑が見込まれますので席の確保はお早めに。尚、このあとはパレードが予定されています。いいですねー。これまた楽しみですねー。では、最後となりましたが! 出演者を代表してシノン王子より一言賜ります」
シノンは前に進み、壇上で笑みながら大きく腕をひろげた。
「我が親愛なる国民諸君! 今日は愛の日だ! この良き日、親しきものと笑い、歌い、食べ、踊り、愛を交わすことができることに感謝しよう! この平安を、いつも愛するものと共にいられるささやかなる至上の幸福を、喜び、どうか未来に繋げていこうではないか!」
轟き渡る大歓声。
赤い薔薇結びの祭り、最終日の幕開けである。
女装、ではなく、正装なんですけどねー。
次話はパレードです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。