七 うまくいかない
女の子ガンバレ! の巻です。
女同士の友情だって、捨てたものじゃありません。
「わたしを誘うなんて、ルイズ様はどうしたの?」
「ルイズ殿下の話はしないで。そういうあなたこそ、スライエン殿はどうしたのよ?」
「スライエンの話はしないで」
ミアンサとルカは互いに誘い合って城下町にやってきた。
所狭しと立ち並ぶ出店や、珍味を扱う屋台、展示物、大道芸、盤上遊戯、即席の換金所などを次々に覗いてまわった。
通りの向こう、軒先に赤い薔薇が溢れている大きな花屋で、見知った顔をみつける。
エストレーン卿が赤い薔薇を選んでいた。
「まあ、奇遇ですわね。こんにちは、エストレーン卿。おひとりですか?」
「やあこれは――ミアンサ殿に、えー宮廷舞姫の、確かルカ・ブランウィスキー殿でしたか」
「はい。ルカで結構です。よろしくお見知りおきくださいませ」
二人はエストレーン卿の手の中の薔薇をじっと見た。
「贈りものですか?」
「はい。なんでも、明日の祭り最終日は赤い薔薇を胸につけるそうですね」
「ええ、そうです。既婚者と恋人同士は花を贈り合って右胸に。恋人募集中のひとは左胸ですわ。あの……ルネーラ様に贈られるのですか?」
「さすがによくご存じだ」
エストレーン卿の苦笑に、ミアンサもルカも悪びれることもなくあっさりと答えた。
「噂で聞きましたの」
「……受け取ってくださるかはわかりませんが、贈ってみようと思いまして。今日も振られましたので、明日も振られる見込みの方が高いのですが。決めた、この薔薇にしましょう」
「まあ、素敵な薔薇を選ばれましたのね」
そう伝えると、エストレーン卿は嬉しそうに微笑み、二人に丁寧に挨拶をして、店の者を呼ばわった。
ミアンサとルカは中央広場を見渡せる野外カフェに入った。
そこで苺とラズベリーと生クリームをたっぷりのせた、店で一番大きいケーキを注文した。
濃いめに濾したアール・グレイのポットとそれが運ばれると、二人は切り分けもせず、一緒に豪快に食べはじめた。
「……ルネーラ様が羨ましい」
ミアンサがぽつりと呟く。
ルカもこくりと頷く。
「あんなに紳士で素敵なエストレーン卿に思われるなんて」
「あなただって、スライエン殿がいるじゃない。聴いたわよ、昨日も劇場で皆の前で熱烈に求愛されたんですって?」
「あんなの本気じゃありません。あなたこそ、ルイズ様がいらっしゃるじゃありませんか。ちょっとした騒ぎでしたわよ? なんでもお二人が人目を忍んで密会していたとか」
二人はぱくぱくと順調に平らげていく。
店の従業員が紅茶のお代わりを運んでくる。
壁際にはバイオリン弾きが出番を待ち詫びて、そわそわと待機している。
「ルイズ殿下は、王女よ」
「まさか、そんなことを信じているわけではないのでしょう?」
「でも、シノン王子には求婚中で、ウィンストーン卿からは求愛されているのよ? いったいどこにわたくしが割り込む余地があると言うの?」
ミアンサはフォークを置いて、涙の滲んだ目元を拭った。
ルカがミアンサにハンカチーフをそっと差し出す。
「それに……よく考えると、わたくしあの方に好かれるようなことをなにもしていないのよ。いつも怒ったり、憎まれ口を叩いたり、冷たい態度をとってしまうの」
「……わたしもそうかも。どうしてか怒ったり池に突き落としたりしてしまうのよね」
「池?」
「ううん、なんでも」
二人は揃って深いため息をついた。
「だめね、わたくしたち」
突然、広場が賑々しくなった。
ひとが沿道に溢れ、子供たちが歓声を上げながら一方向へ駆けてゆく。
「なにかしら」
「山車よ。ほら」
まもなく、パレードが到着した。
先頭は誇らしそうに国旗を掲げた若い青年で、次に鼓笛隊、次に花びらを撒く少年少女たち、その後方が大きな山車であった。
十二人の春の精霊に扮した青年と娘たちが四頭立ての馬に曳かれた山車に乗って、沿道の人々に笑顔を振りまいている。
祭りのために選ばれた十二人で、いずれも美しい容姿をしていた。
十二というのは春を象徴する数で、その分だけ精霊がいるという伝承から山車に乗る人数は決められているのだが、なぜか今年は十三人目がいる。
全員が、白い一枚布を優美に細工し襞をつけて身体に巻きつけた衣装に、頭には花冠を被り、手首と足首にも花飾り、そして手には淡い色彩の小さな花束を持って、足には植物の蔓で編んだサンダルを履いている。
そのうちの仮面をつけたひとりが、ゆるゆると進む山車を飛び降りて、ミアンサとルカのもとへまっすぐにやってきた。
「せっかくの祭りなのにそんなに暗い顔をして、美人が台無しですよ、お嬢さん方」
「……その声は」
「シノ……!」
ルカは口元に薔薇の花を押しあてられ、続きを封じられた。
仮面の精霊は微笑み、悪戯っぽく片眼をつむって、ミアンサにも一輪、贈呈する。
「この良き日を愉しまねばもったいない。大丈夫、なにもかもうまくいきますよ」
そして、祝福あれ! と朗々たる声で告げて軽やかな足取りで山車に戻ってゆく。
ミアンサもルカも唖然とした。
手元には“友愛”という名の薔薇が残っている。
「……王子ったら」
「不思議ね。あの方がおっしゃると本当になにもかもうまくいきそうな気がするの」
「なんだか元気が出てきたわ。やっぱりシノン王子が最高! 大好きよ」
「ええ!」
にわかに、周囲が騒がしいことに気がついた。
「祝福だ! 祝福だ! 祝福を賜ったぞ!」
「祝福返しだ、祝福返しだ! なにかやれ! なにもできないなら国歌斉唱だ!」
慣例で、精霊に祝福を賜った者は、その幸運を周囲の人間に分ける必要がある。
それは主に隠し芸で、なにか出し物をしなければならないのだ。
「……なにもできない、ですって?」
「誰にものを言っているのかしら」
ミアンサとルカは同時に言って、同時に席を立った。
ミアンサは壁際のバイオリン弾きから、仕事道具のバイオリンを拝借し、ルカは適当に指示を出して、少し椅子とテーブルを移動させ、空間を設けた。
ミアンサはバイオリンを構え、音馴らしをして、ルカに向かって頷いた。
「そうね。では、“今宵、情熱のすべてをもって踊り明かそう”より第一小節から」
「まかせて」
ミアンサはうねるような演奏をしはじめた。
疾走感抜群の、迫力に満ちた音楽である。
この音に合わせてルカは踊った。
激しく足を踏み鳴らし、腕を炎の乱舞のように艶やかに散らし、髪を靡かせ、ドレスの裾をからげる。
度肝を抜かれたのは周囲である。
ルカの名が叫ばれ、たちまちひとだかりができた。
踊るうちに、弾くうちに、ルカもミアンサも憂いなど吹き飛んでいた。
祭りの熱気が心の澱を溶かし、二人にある決意をさせた。
ただ素直になってみよう、と。
己の心に、耳を傾けるのだ、と。
そして踏ん切りがついたのなら、明日それを伝えるのだ。心が冷めないうちに――。
この祭り期間は、通常組まないペアで展開しています。
これまでと少し違った風味をどうぞ!
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。