六 悪い予感
カグセヴァがむきになっています。
リカール、かっこいー。
赤い薔薇結びの祭り、第二日目。
王宮、執事控室。
「カグセヴァ、話がある」
「はい、恐れ入りますが、少々お待ちを。エド、小休憩だ。私はリカール様と第四執務室にいる、急用がある場合は呼びなさい。但し、急用以外は近づかないように。いいですね」
カグセヴァは机上に積まれた未処理の書類束を一山抱え、待っていたリカールに会釈した。
「お待たせいたしました。参りましょう。あいにく仕事が立て込んでおりますので、書類整理をしながらになりますが、よろしいですか」
「俺も手伝おう。悪いな、忙しいときに」
リカールの口から『悪い』などというセリフを聞いて、カグセヴァは内心で驚いた。
「……確かに、セラ様がおっしゃる通り、少しお変りになられたようですね」
「ふ、手強くなったか?」
カグセヴァは無言で第四執務室の扉を開け、リカールを先に通し、扉を閉める。
「それで、お話とは?」
二人は着席し、書類の束を均等に二つに分けると、早速決裁をはじめた。
「昨日は訊きそびれたが、シノンが台本の件でセラと揉めただろう。配役がどうとか」
「ええ。結局セラ様は認められませんでしたが、変更されたことは間違いないようです」
「……その、シノンが決めたって言う元の配役の内訳はわかるか」
「なにか気になることでも?」
「まあな」
カグセヴァは書類を捲る手をいったん休めた。
「……変更があったのは、王子役と娘役、王妃役、仲介者一名、友人役二名です。それぞれ、シノン王子の配役では、王子役がルイズ殿、娘役がミアンサ殿、王妃役にシノン王子、仲介者にセラ殿、友人役にリカール殿とエストレーン卿、これで間違いないかと思います」
「……シノンが王妃? ということは、自分用ではないのか……」
緊張していたのだろう、無意識のうちに襟元を弛めたリカールに、カグセヴァは丁寧だが愛想のない声で問い質した。
「お話が見えないのですが、説明していただけるのでしょうか」
「今朝の教会関連の通知書の中に見つけた。三週間前の日付でエザル・ドケーシス大司教とデルマ・ダーグリマ大司教とピエ・ジョーネ大司教の署名と捺印がある国籍不問の特別結婚許可証が発行されている。だが、誰の申請によるもので、誰の手元に渡ったのか不明だ」
カグセヴァも絶句した。
気色ばんでリカールと面を合わす。
「三大司教の署名と捺印が揃った国籍不問の特別結婚許可証に、舞台上とはいえ、神父に王、その横に王妃がいるとなれば……十分に正式な婚姻と認められますね」
「おまけに、指輪と赤い薔薇を用意して結婚の誓いを立ててみろ。あとから、あれは芝居だった、なんて言い訳が通じるかどうかも怪しいものだ」
「まさか」
カグセヴァは嫌な予感がした。
リカールも同じ予想をしていた。
「わからん。ただの杞憂であればいいが。ただ、時期が三週間前だろう。三週間前というと、台本が配られる前だ。劇参加者も揃っているか、いないか、微妙だ。画策するには手際がよすぎるような気もするな。三大司教の特別結婚許可証なんてそう簡単に申請できるものでも、手に入るものでもない。相当な手間と時間と金と身分保証がなければ無理な代物だ」
「でも、それができる方もおります」
「だがはたしてそれがシノンに使われるかどうかはわからないだろう。元の台本通りでいけばシノンは王妃役で許可証の出番などなかったからな、そんな無駄になるかもしれないものを大変な労力をかけてまで用意するはずがない。そう考えると、劇の関係者はまったく関与していないかも知れん。いや、それとも、案外シノン自身が必要としたのかもな」
「どういうことです」
「それさえあれば、どんな身分違いの者とでも結婚はできるからな」
「シノン王子が、そんなことをなさるとでも?」
「しないというのか?」
「しません。第一、シノン王子は五年待てばその権利が与えられるのです。いま無茶な結婚をしたところで、国民の理解も臣民の理解も王家の方々の理解も得られないのでは、王位継承権剥奪も考えられます。あんなにもこの国を思っていらっしゃる王子が、そんな浅はかな真似をするはずがありません」
「まあ普通はしない。だがシノンはやるぞ。なんのために千人求婚だなんて馬鹿なことをやったと思う。あれはおそらく、シノンなりの意思表示だ。自分の決めた相手でなければ結婚はしない、その相手も、身分や家柄はなにも関係ない、ってな」
リカールは処理済みの書類を手元にまとめた。
「五年だと? 指名結婚のことを言っているのか? は、五年も先のことなど誰もわかるまい。そんな呑気なことを言っていると、俺が横からかっさらうぞ」
カグセヴァは机に拳を思いっきり叩きつけた。
書類が舞う。
羽ペンが転がる。
「……全力で、阻止させていただきます」
「だったら注意して、なにか策を考えておけ。許可証の行方は本当に不明なんだ。万が一の場合も含めて対処を講じろ。俺だって、シノンにそんな不本意な婚姻など結ばせたくはない。せっかくの祭りなんだ、皆で愉しんで終わらせたい――そうだろ」
男同士の密談。
この場面は、書きながらどんどん二人の内面まで掘り下げていきました。
リカールはほんといい男道をまっしぐらに進み、カグセヴァはポーカーフェイスが崩れてきてますね。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。