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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第三章 嵐の夜
18/43

六 執事長の休日

 激しい雨と雷は私の伝統の宝刀です。笑。

 嵐の中での二人、おたのしみください。

 

 使用人終礼が済んだあと、カグセヴァは部下達に引きとめられた。


「執事長は働きすぎです」


 と、七名の執事長補佐を代表して、エドが言った。


「明日は一日、どうかお休みください。これは国王陛下のご命令でございます」

「陛下の?」

「はい。一日ぐらい、私たちにおまかせください。それとも、ご自分の部下の器量が信用なりませんか?」

「そんなことはありません。しかし急に、そんなわけにもいきません」

「もちろん、私たちの手にあまる非常事態が起こった場合は、すぐにお知らせします。それでしたら気が楽でしょう?」


 唐突すぎて、カグセヴァは否応もない。

 よってたかって休め、休めと強要され、仕方なく、本当に渋々と、事態を訝しみつつ、説得に応じた。

 


 翌朝、朝一番にシノンがカグセヴァの部屋を訪ねてきた。


「出かけるぞ」

「……どこへです?」

「どこでもいいだろ。君は休みなんだから、黙って僕に付き合え」

「しかし、あなたさまは執務が」


 カグセヴァは最後まで言えなかった。

 シノンにきつくひと睨みされたからだ。


「僕がなんのために昨日あれだけ働いたと思っている。この時間をつくるためだろう。まあ、実際は皆に手伝ってもらったが……ええい、つべこべ言わず、来い。遠乗りに行くぞ」

「遠乗り?」


 シノンとカグセヴァは厩舎からそれぞれ愛馬を連れ出しにいった。

 既に(あぶみ)馬銜(はみ)(じょう)(あん)手綱(たづな)の馬装がつけられ、いつでも出かけられる準備が整えられている。

 空は純白の積雲がひろがる気持ちのよい快晴、風は微風で、空気はあたたかい。

 ピクニックには最適の日和だ。


「それは?」

「バスケットだ。料理長の差し入れさ。君が持て」


 カグセヴァに異存はなかったが、それにしても用意周到すぎる。


「……(はか)りましたね」

「知らないね。行くぞ!」


 鮮やかにうそぶいて、シノンは愛馬レトゥにひと声かけるや否や、(かけ)(あし)で走りはじめた。 やむを得ず、カグセヴァも愛馬フェビで後を追う。

 馬は手綱を持つ(こぶし)と、騎坐(きざ)(鞍に密着した尻と大腿部)と(きゃく)(膝から(かかと)まで)という、三種類の扶助の微妙な力加減でさまざまに動作させることができる。

 シノンはこの馬術に優れた騎手で、誰よりも速く、かつ繊細に、愛馬を意のままに操ることができた。 もちろんそれには馬との信頼関係が欠かせないのだが、シノンが献身的にレトゥの世話をやいていたことを、カグセヴァはよく知っている。


「王子、護衛は?」

「必要ない。万が一のときは、君が僕を守れ」

 

 そう言われると思って、カグセヴァはひそかに九名の護衛を配置していた。

 つかず離れずの距離を保ち、有事の際は駆けつけるよう指示を与えた。

 念のため、自らも帯剣する。

 いくら平穏な世情とはいえ、王子になにかあっては取り返しがつかない。

 王宮の門を抜け、歓声に沸く城下町を駆け降りる。

 しばらく街道をいって、道をそれ、王家所領の森に入る。

 ここは秋に狩猟場として社交に使われるほか、憩いの場としても好まれた。

 ミズナラやブナ、シラカバの木が豊かな青葉を茂らせている。

 苔むした土の匂いが鼻をつく。

 木々のまにまから射す光は眩く、きらきらしい。

 鳥や虫の鳴き声が聴こえるほかは、そこかしこに静寂がみちている。

 あたたかな木立ちの中を、ゆるやかに馬を進めると、小さな湖に出た。

 空がひらけていて、青色が湖面に乱射している。小波ひとつなく、本当に鏡のようだ。


「ここで休もう」


 湖のほとりに、カグセヴァは敷物をひろげた。

 シノンが寛ぎ、カグセヴァはバスケットを開けた。

 クロスと食器、ナプキン、ワイン、栓抜き。

 メニューはエビとチーズとトマトのサンドイッチと若鳥の香草焼き、半熟玉子、レモンの蜂蜜漬け、さくらんぼのタルト。


「王子、これは……」


 シノンがワインの栓を抜く。手ずから注いで、グラスをカグセヴァに渡す。


「誕生日おめでとう、カグセヴァ」

「え?」

「やはり覚えていなかったな。君の誕生日だ。ささやかな祝いだが、受けてくれ」


 面食らったカグセヴァに、シノンがグラスを眼の位置まで掲げて、乾杯のしぐさをする。

 一杯目を飲み干して、シノンは上着の内ポケットから黒革の手袋を取り、差し出した。


「これは僕からの贈り物だ」


 カグセヴァは手触りのいい黒手袋の内側に、名入りの刺繍が施してあるのを見た。


「君は仕事柄手に気を遣うだろう? だから手袋にした。名前の刺繍は僕がしたんだ。多少の不細工は愛嬌だ」


 照れたように、シノンが笑う。

 カグセヴァは贈り物を胸にぎゅっと抱え込み、頭を下げた。


「ありがとう、ございます……」


 それから二人は言葉少なにカグセヴァの好物が揃ったごちそうをたいらげた。

 食後、シノンはごろりと横になった。

 陽だまりの中でうとうとしている。

 カグセヴァは黙って傍に座っていた。


「……あのな、昔、ここで僕が君に言ったこと、憶えているか……?」

「はい」

「僕は、なんて言った?」


 カグセヴァはシノンから眼をそむけ、湖を眺めながら答えた。


「大きくなったら、私の……花嫁になりたいと、おっしゃっていましたね」

「……それ、忘れないでくれ。僕の気持ちは、あの頃と変わっていないんだ……」

 

 それから間もなく寝入ってしまったシノンに、カグセヴァは自分の上着をかけた。

 ぽつりと、呟く。


「……私だって、変わっていません。はじめて会ったときからずっと……」


 午後も半ばになって、雲行きが怪しくなった。

 カグセヴァはシノンを起こし、急いで荷物をまとめたが、森を抜けきる前に雨になった。

 瞬く間に空が暗くなり、風が強まった。

 一滴の雨粒が落ちてきたかと思うと、一気に本降りとなる。

 愛馬を引いて木の下に避難する。

 雨はしのげたが、寒さまではどうにもならず、カグセヴァは強引にシノンに自分の分の上着をはおらせ、もらったばかりの手袋を身につけた。


「……いま、光ったな」


 白い稲妻が閃く。

 続く雷鳴。

 光と音が乱れ散る空模様。


「……恐ろしいですか?」

「いや、別に。自然現象を恐れても仕方ない、どのみちひとが太刀打ちできるものではないからな。僕が恐いのは、はっきり言って、君だ」

「私、ですか」

「君はなにを考えているかわからない」

 

 鼓膜をつんざく轟音が大気を揺るがす。

 たちまち、激しい雨になった。

 シノンは真横に立つカグセヴァをいったん見上げて、それからうつむいた。


「なぜ、責めないんだ?」

「なにをです」

「ルイズ殿のことだ。僕が誰とどんな約束をかわそうとも、君はかまわないのか?」

「……そんなことは、ありません」

「嘘だ。じゃあどうして怒らないんだ。追及のひとつもしてくれれば、僕も言い訳のしようがあるのに――まるで無視なんて――これじゃあ本当に、僕の片思いみたいだ」

 

 カグセヴァの顔つきが変わった。

 焦燥、不安、怒り、ためらい、疼き、それらすべての感情が、きつく細められた灰色の双眸の中で荒れ狂っている。


「……あなたさまは、王子です」

「――はっ! 王子! 王子! 王子! 王子! 君はいつもそうだ。僕の地位や身分ばかりを気にして、本当のことはなにも言わない。言ってくれない。たまに感情をぶつけることはあっても、肝心なことは口を噤む。そうして黙っていれば、僕が傷つかないとでも思うのか? 君のその沈黙が、僕はなによりも恐いのに――」

 

 シノンは雨天の中へと飛び出した。カグセヴァがすぐあとを追う。


「王子」

「触るな。いま君の隣にいたくない」

 

 だがシノンはカグセヴァの腕を振りほどけなかった。


「離せ!」

「いいえ」


 シノンは怒鳴りつけようとして、唇を塞がれた。

 冷たいキス。

 シノンは抗った。

 だがカグセヴァはシノンが暴れるのを力で抑え込み、無理矢理口づけを繰り返した。

 息継ぎもほとんどできないほど、長く荒々しいキスは、雨と血の味がした。

 頭にきたシノンがカグセヴァの唇を噛んでやったのだ。

 しまいには、二人で地面に倒れ込んだ。

 頭を打ちつけそうになったシノンをカグセヴァの黒手袋を嵌めた手が庇う。

 それでも、カグセヴァはシノンから離れようとはしなかった。

 折れ曲がり、苛烈に燃える、天地を裂く雷光。

 糸のように細い豪雨に濡れそぼる。

 いつの間にか、しゃくりあげて泣くシノンを優しく抱き寄せ、髪を撫でるカグセヴァがいた。


「……私には、言いたくても言えないことが、たくさんあります。そのために、あなたさまに嫌な思いや、歯がゆい思いをさせることも、ままあるでしょう。ですが、この身はあなたさまのものです。いつか、そのときがきたら……私の気持ちも申しあげられると思います。しかし、いまはなにもできない。私には、あなたさまとルイズ様をどうにかできるような権限も裁量もないのです」

「……君、結構怒っていたんだな。見ろ、手首に君の指の痕がついた……」

「すみません。力の加減ができませんでした。あなたさまがあまりにひどく私を煽るので」

「……あ、煽る?」

 

 カグセヴァの眼が、かすかな昂りを隠せないありさまで、暗く閃く。


「だってそうではありませんか。あなたさまは皆の前では快活、涼やか、雄弁で、颯爽としている。でも私の前では、甘ったれで、わがままで、すぐに怒るか、泣くか、暴れる」

「悪かったな、子供っぽくて」

「逆です。かわいらしくて、どうしようかと。本当に……どうしようかと。少し乱暴にしてしまいましたね……痛みますか?」

 

 骨ばった手に、指先をすくわれる。

 顔が近づく。

 額にこぼれた前髪の先端から、雨が滴る。

 服が透けて、カグセヴァの身体の輪郭が浮き上がり、思わずみとれてシノンは赤面した。


「へ、平気……あの、あのな、ルイズ殿の件は、きちんとするから」


 そう言ったシノンの頬に唇を押しあてて、カグセヴァはシノンを立たせた。


「帰りましょうか」

「うん」

「それにしても、ひどい格好ですね。仕方ありません、王宮に戻りましたら、私が責任もってきれいにして差し上げます」


 シノンはげんなりした。


「またそれか」

「二度目ですから、もう暴れないでくださいね。浴場でひっくり返ったりしたら、今度はコブではすまないかもしれません」

 

 カグセヴァの艶っぽい微笑に、シノンが真っ赤になって反論した。


「だって――あれは――そもそも、君が――」

 

 

 痴話喧嘩めいたものに、成り行きを静観していた護衛の面々は、ようやくほっと胸を撫で下ろした。

 任務中の目撃情報は、守秘義務がある。

 たとえどんな現場を目の当たりにしようと、任務にかかわることでない限り、公言してはならないのだ。

 ましてや護衛の対象は王子。

 共にいるのは休暇中の執事長。


「なにも見なかった、そういうことにしておこう」


 と、護衛長は付き従う八名の部下に言った。


 シノンとカグセヴァのある日の休日、いかがでしたでしょうか?

 さ、昨日から、サクサクサクサクと進めまして、第三章終了です。はやっ。

 次話、第四章はいよいよお祭りのはじまりです。もうしばらく、おつきあいくださいませ。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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