五 皆でやれば
この小話も結構気に入ってます。
リカールがいい位置を占めています。
わいわい、がやがや。
シノン、愛されてるなあ。
「仕事をするぞ!」
「よくぞおっしゃいました。王子に二言はありませんね」
「ない」
「では」
以上、第一執務室にて、シノン王子と執事長カグセヴァのやりとりである。
この会話から半日が経過した。
前夜からはじめて翌朝になってもまだ仕事、仕事、仕事、仕事、仕事……。
「終わらないじゃないか!」
「あたりまえです。国務に終わりなどありません。ですが、あなたさまが働かれると、二名の大臣と二名の事務官、それぞれの補佐官、書記官が休暇を取れます。あなたさまが働くのは当然と言えば当然ですが、真面目なことはよいことです。偉いです」
「偉いか?」
「偉いです。さすがは王子です。さあもう少し頑張りましょうか。私はこれから少々他を見て回らねばなりませんので席を外しますが、さぼらないでくださいね。よろしいですね」
「わかった、わかった」
カグセヴァが出て行き、ほとんど入れ違いでリカールが顔を出した。
「シノン、おまえ夕べから引き籠っているって? なにを手間取っているんだ。手伝うか?」
「いいのか?」
「なにが」
「怒っていないか」
「なにを怒ることがある」
「いや、ルイズ殿のことでだいぶ迷惑かけているらしいから」
「ああ……まあな。最近はあの方の嫌がる顔を見るのが快感になってきたくらいだ。俺を見ると血相変えて一目散に逃げ出すからな、追いかけて約束を取り付けるのも一苦労だ」
「すまない」
「だが、感謝もしている」
リカールは円卓をまわり、シノンの傍までやってきた。
「あの方がいなければ、気づかなかったかもしれない。おまえがルイズの件で俺に助けを求めたとき、いままでとは世界がうって変って見えた。
これまでずっとおまえを想って、ただそれだけで生きてきたから、自分の立ち位置というものが見えていなかったんだな。
おまえの心は、他にある。けれど、おまえの中に、俺の居場所がまったくないわけではない。それは俺が望んでいた場所ではなかったが、他の誰にも許されるわけではない、そんな場所におかれていた。
それに気がついたとき、俺は素直に認めることができた。俺自身の心と、おまえの心を。俺は――自分よりも、おまえを優先する」
「リカール……」
「幸せになってほしいんだ、おまえに」
リカールは愛しげにシノンを見つめながら言った。
「俺はもう、おまえのすべてを欲しいとは思わない。おまえの心の中にどんな形であれ俺がいて、俺を必要としてくれるなら、それでいい。まあ正直なところ、揺れる気持ちがないわけではないが、たぶんこの選択がお互いにとって最善だ。違うか?」
「……ああ。君は僕の右腕だ。君がいてくれないと困る。だから、一生僕を助けて欲しい」
「一生、ね。まったく、手のかかる」
二人は顔をほころばせて、軽く拳を突き合わせた。
「困っているなら、素直に呼べ。おまえを助けるのが俺の仕事だからな、なんでもやるさ。ルイズ殿のこともまかせておけ。さて、ではやるか。その書類の束、二つ三つ寄こせ」
リカールが円卓につき十二あるうちの椅子の一脚を手前に引いて座ると、強烈なノック数回と同時に、ケインウェイがどかどかと扉を蹴破るように現れた。
「シノン、徹夜で仕事だって? 言ってくれれば手伝うのに――」
次に、王と王妃がやって来た。
「シノン、寝ないで仕事をしていると聞いたが本当かね。かわいそうに、疲れたろう。どれどれ、手伝おう」
「あなたは王子なのよ。働きすぎはいけません。ね、少しお休みなさい。あとはまたあとで。そうしましょう」
また更に、急遽休暇となった二名の大臣と二名の事務官、それぞれの補佐官、書記官が揃って顔を出した。
「あの、せっかくお休みをいただいてなんですが……王子が我々の分までも徹夜で働いていると聞きまして」
「もう落ち着かなくて、落ち着かなくて」
「とても休んでなどいられません。どうかお手伝いさせてください」
加えて、王子不眠不休で執務中! の噂を聞きつけた役人たちがこぞって押し寄せた。
「私、今日は暇です。お手伝いできます。なんでもお申しつけください」
「なにかできることございますか? 模写でも雑用でも配達でも承りますが」
「王子、お手伝いを――」
次にカグセヴァが様子を窺いに王子の執務室に戻ってみると、そこは、足の踏み場もないほど大勢の人間で混み合い、ごったがえしていた。
「……あなた方はいったいここでなにをしているのです?」
全員が、きっぱりと答える。
「仕事」
冷やかに、カグセヴァは訊き返す。
「……謁見と視察と会議と懸案討論会と来客と休暇はどうしました……?」
ぎすぎすした静寂。
「えーと、いま行こうと――」
「そうそう、忘れていたわけじゃあ――」
「もう少しで終わりますので――」
カグセヴァはシノンに残してきた仕事の山があらかた片付いているのに着目した。
嘆息する。
苦笑が過ぎる。
「……お茶をお持ちしたのですが、増やさなければいけませんね。仕方ありません、少しお待ちください。王子、ちょっとよろしいですか」
退出を促されて、シノンはカグセヴァと一緒に執務室を出た。
「あなたさまが一緒ですと、皆の仕事のはかどり具合がまるで違うようですね。今度から仕事が目白押しの状態のときはぜひこうしましょう」
「ははは」
きまり悪そうに顔をしかめるシノンに、カグセヴァは恭しく一通の封書を差し出した。
「なんだこれは」
「祭りの実行委員からの預かりものです。あなたさまの分です」
「劇の台本か」
「はい」
「君の分は?」
「自分の分はいただきました」
シノンは封を開け、小冊子を取り出し、さっそくひらいた。
途端に眉間に皺が寄る。
「……これは本当に僕の分か?」
「はい。台本に直接お名前が記入されていますでしょう?」
「だが、この配役は違う。僕が指示したものじゃない」
「配役は祭りの実行委員が決定するものではないのですか?」
「今年は違う。僕が決めた。それなのになぜ……まいったな。もう皆に行き渡っているだろうな。いまから変更を願い出るのではばつが悪いし、変に勘繰られても困る……誰がいったいこんな小細工をしたんだ。よりによって僕が、どうしてこの役を」
「どの役です」
シノンはむすっとして不機嫌に答えた。
「一番やりたくない役だ」
はい、舞台劇が動き出しました。
いわゆる、劇中劇、うーん、物語中劇? のが正しいか?
普通の小説にないことをやってみたくて、こんなになりました。
次話、第三章最終小話、シノンとカグセヴァの出番です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。