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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第三章 嵐の夜
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四 台本の内容

 演劇大好き。

 裏方より、やはり役者の方が面白いです。


 離宮の外れにある庭園の蓮池の淵に座って、スライエンは久々に餌撒きをしていた。


「ご無沙汰していてごめんよー。はー。やっぱりここが一番落ち着くなぁ……」


 まったり呟いて、膝を抱えるように小さく屈みこみ、群がるコイとカモに餌をやっていたスライエンは、次の瞬間、池に突き落とされた。


「うわあ」

「あ」

「……びっくりした」

 

 ルカは自らの衝動的行動を説明できなかった。


「……ごめん。またやっちゃった。どうしてもあんたが池の淵にいると、こう、突き落としたくなるのよね……」

「それはいいけど……濡れたなあ。びしょ濡れだなあ。風邪ひくなあ。確か、風邪をひいたら責任とって結婚してくれるって、言ってくれたような気がしたなあ」

「そんなことは一言も言ってないわよ。いいから、さっさとあがりなさい」

「けち」

「けちで結構」

「手ぐらい引いてほしいなあ」

「……そのまま池の底に沈めてあげましょうか」

「ううう、怖い。ひどい。愛がない。優しくない」

 

 ぶつぶつ言いながらスライエンは池から上がって、その場であらかじめ持ってきていた替えの服に着替えをはじめた。


「用意がいいじゃない」

 

 後ろを向きながら感心してルカが言うと、スライエンは得意げに胸を張った。


「いつルカに池に沈められてもいいようにと思って、前から準備しておきましたー」

「……あんた、一言多いわ。え、あら、セラ様! いらしてたんですか」

 

 庭園の南側に設けられた簡素な佇まいの東屋にセラが寛いだ恰好で座っていた。

 木のテーブル上には朝食の支度が整えられ、手元には小冊子がひろげられている。


「おはようございます。こちらでお食事ですか」

 

 テーブルには紅茶一式、水差し、籠に山盛りのクロワッサン、マフィン、果物、サラダ、卵とベーコン、チーズ、それに食器とナプキンがひと揃えある。

 ルカが近づいて挨拶すると、セラは浅く微笑んで、空いている椅子に着席を促した。


「たまには外で食事もよいかと。今朝はルネーラ殿も早々に外出されたそうですし、我々は暇なのですよ。どうです、食事がまだのようでしたらご一緒いたしませんか?」

「ありがとうございます。ではお茶だけ。そちら、なにを熱心に読まれて――それは」

 

 ルカの表情が曇る。

 セラがひらいていた小冊子は、“赤い薔薇結びの祭り”で上演される劇の台本だ。


「おや、ご存じなのですか? ということは、あなたも出演者なのですね」

「は、はい。まあ、一応……そうです」

「それはそれは。で、配役はなんです?」

「守秘義務でお答えできません。というか、訊かないでください」

「ああ、そうでしたね。祭りの上演当日まで出演者も配役も秘密、練習もなし、ぶっつけ本番、役者は自分の役どころとセリフを覚えるだけ、それで演技のぎこちなさやヘタレっぷりやハプニングを愉しむ、そういう趣向でしたね」

「僕は自信ないなあ」

 

 スライエンはセラの隣に座って、クロワッサンを半分ちぎって口に入れた。


「なんでシノン王子は僕を誘ったんだろう。僕、苦手なんだよなあ。逃げようかなあ。だめかなあ。ん、でもルカも一緒なんだよなあ……困ったな」

「逃げるなんてだめに決まっているでしょ。シノン王子に迷惑かけたら許さないわよ。第一、あんたね、ひとが誰のために参加を決めたと思っているの」

「誰のため?」

「あんたのために決まってるでしょ! あんたがやる気がないから、シノン王子が心配して、わたしに声をかけたんじゃない。こっちだって、いいとばっちりよ」

「これは、どういう内容の劇なのですか?」


 セラは尋ねた。

 ちょっと考えて、ルカは答えた。


「そうですね……簡単にお話すると、王家初代の王の息子、つまり二代目ですね、その王子が町娘に一目惚れしたことからはじまります。王子は身分を隠して娘に近づき、娘は婚約者のいる身でありながらそれを隠して、王子と逢瀬を重ねる」

「ふむ」

「そこに二人の接近をよく思わない王子の側近と、娘の裏切りに嫉妬を燃やす婚約者と、王と王妃、それに二人の仲を取り持つための仲介者二名、神父と記録係、王子の恋を応援する友人と娘の味方をする友人が加わって、紆余曲折の末、王子がめでたく娘と結婚するまでの物語です。これを第三者の語り手によって注釈がはいり、劇が進められるはずです」

「すると、全部で役者は十三名ですか。誰がどの役を演じることになるのでしょうね」

「配役は祭りの実行委員会が決めるとかで、希望は受けつけてもらえないようです」


 ルカはふーっと息をついた。

 今朝届けられた台本に記された配役名は、十分に難しい役どころなのであった。


「大丈夫。ルカ殿はお美しいから、演技が下手でも野次など飛びませんよ」

 

 気を使って庇い立てしてくれるセラの前で、ルカは口ごもった。


「……ぶしつけですけれど、セラ様とルネーラ様が恋人同士というのは、本当なのですか?」

「否定はしません」

「ス、スライエンが、お二人の邪魔になっているとか……」

「邪魔ではないですよ。正しい三角関係ですとも。そうでしょう、スライエン殿」

「うん。僕、ルネーラ様の愛人だから」

 

 その一言で、ルカは呼吸を止めた。

 急に目の前が真っ暗になったかと思うと、一切の音が遠ざかり、気を失った。

 


 ルカとスライエンとセラという、微妙な配役。

 さて。

 次話は、主人公シノンとカグセヴァほか、登場です。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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