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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第三章 嵐の夜
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二 ささいな諍(いさか)い

 この小話はお気に入りです。

 舞踏会の夜から二週間が経ってます。

 

 ルイズ姫の歓迎式典が開かれてから、二週間が経った。

 その間、王宮がらみの噂は耐えることなく囁かれ続け、中でも注目を浴びていたのは、リカール、ウィンストーン卿の恋の行方であった。

 

 城下町の中央広場が一望できる野外カフェの末席に、エストレーン卿は座っていた。

 手元には薄い小冊子があり、はじめの方から数頁捲られている。

 テーブル上には摘まれたばかりのサクラソウがガラスの小瓶にそっと活けられ、脇には紅茶のポットがある。

 エストレーン卿は広場を見つめた。

 広場は花壇で囲われていた。

 白い石畳が敷き詰められ、中央にオベリスクがあり、いくつもの長椅子がそこかしこに備え付けられている。

 人影はまばらで、無数の白い鳩が餌を欲してうろうろしている。

 エストレーン卿はポットから紅茶を注いで、カップを手にゆっくりと呷った。


「探したぞ」


 不意に現れ、テーブルに乱暴に手をついて、ルイズは喘鳴を吐きながら言った。


「どうなされました?」

「どうもこうもない。まったく、腹にすえかねる」

 

 勝手に椅子を引いて座り込む。

 そのふるまいは荒々しく、声にも棘がある。


「君の知恵を貸してくれ」

「と言いますと?」

「リカール――ウィンストーン卿だよ。あの舞踏会の夜からこの二週間、毎日毎日毎日毎日、薔薇と贈り物攻めだ! 恋文は朝昼夕と届き、執務の合間に顔を出しては口説き文句の応酬、夜は夜会だ、芝居だ、音楽会だ、オペラだと引き摺り回され、あちこちで知人に囲われるたびに、なにかというと私のことを話題に持ち出す。もうだめだ! もう耐えられん!」

「しかし、まさに同じことを、殿下はシノン王子になさろうとされていたではありませんか」

「やめだ」


 あっさりとルイズは放棄した。


「気のない者から迫られることが、あんなに迷惑なものだとは思わなかった。あれでは好かれる前に嫌われてしまう」

「そうですね」

「……なんだ、君はわかっていたのか。それならば止めてくれればよかろう」

「私がお止めしても、殿下は聞き入れてはくださらなかったかと。これはウィンストーン卿にお礼を申し上げるべきですね」

「なぜそうなる? 私は被害者だぞ!」

 

 エストレーン卿は片手を上げてルイズをなだめた。


「それで、私にどうしろとおっしゃるのです」

「そう、それだ。シノン殿の迷惑にならずに近づいて、私を好きになってもらうにはどうすればよいと思う」

「お言葉ですが、それは私が教えていただきたいくらいです」

「だが君はルネーラ殿とだいぶ懇意になったのだろう? 噂で聞いた限りだが、いい雰囲気らしいじゃないか。いったいどんな手を使ってかの姫君に近づいた?」

「どんな手もなにも」

 

 エストレーン卿は微苦笑した。

 ソーサーにカップを戻し、小冊子を閉じる。


「特別なことはなにもしていません。私は私がしたいようにしているだけ、それだけです」

「それだけとは?」

「見ていたいのです。あの方を。知りたいのです。もっと話もしたい。わかりあいたいのです。ですから、セラ殿やスライエン殿や他のとりまきの方々と一緒でないときに、少しだけ、お傍にいることをお許し願います。本当はいつも共にいられればよいのですが、あんまり一方的すぎると嫌われてしまいそうで、怖いのです。はは。臆病者ですね、私も。なにぶん、女性に免疫がないもので……お役に立てず、申し訳ありません」


 エストレーン卿は頭を下げた。


「それはそうと、殿下のお世話をされている女性、ミアンサ殿でしたか。可愛らしい方ですね」

「なんだ、突然」

「この店で配合された紅茶がお好きらしいですね。ちょうど思い出したので用意させたのです。殿下からお渡し願えますか」

「あれのどこが可愛らしいと? いやその前に、君がなぜミアンサの嗜好などに詳しいのだ」

「いえ、それほど詳しいわけでは……ミアンサ殿とは世間話ぐらいはしますが」

「なんだと」

「なかなか機転の速い、聡明な女性とお見受けします。殿下ともお話が合うのではないですか?」

 

 急に不機嫌になって、ルイズは険のある眼でエストレーン卿を見た。


「……君の言うミアンサは別人ではないのかね?」

「なぜです」

「私のミアンサは! 気が強く口が達者で手の早い慇懃無礼なしたたか者だぞ!」

「そうなのですか?」

「そうなのだ!」

「他には?」

 

 と言ったのは、エストレーン卿ではない。


「目敏くて細かくて喧しくて執拗で無礼で短気で愛想がない。あんな女性は見たことがない」


 エストレーン卿は、突然、席を立った。


「申し訳ありませんが、私は急用を思い出しましたので、これで失礼します」


 紅茶の代金をテーブル上に置き、小冊子を脇に挟むと、広場の方へ急ぎ足に消えていく。


「それから?」

「それから――」


 ルイズは聞き覚えのある声に、ぎくりとした。

 恐る恐る振り返ると、そこには冷ややかな面持ちで立つミアンサの姿があった。


「……いつからそこに」

「『私のミアンサは!』からです」

「なぜ声をかけない」

「お話が、白熱しておりましたので」


 ミアンサはルイズに書状の束を詰めて封をした書箱を押しつけた。


「急ぎの書状があると困るかと思いましてお探ししていたのです。間違いなくお届けいたしましたからね、なくさないでくださいまし」

「あ、ああ。わざわざすまない……」

「ではわたくしはこれで失礼します」


 軽く会釈し、ミアンサは踵を返した。

 数歩いって、そうそう、と呟き振り返る。

 ルイズはびくっと飛び上がった。


「わたくし、殿下がそれほど不愉快でいらっしゃるのに気づきませんでした。深くお詫び申し上げます。さっそく、カグセヴァ殿にお世話係の担当替えを申し入れます」

「えっ。いや、あの」

「今夕までには引き継ぎを終了させますわ。明日以降もできるだけ殿下のお目に触れないように致しますが、もし回廊などですれ違うようなことがあっても、無視してくださって結構です」

「ちょっと待ちたまえ――」

「わたくし、陰でこそこそひとの誹謗中傷をなさる方は嫌いです。さようなら」

 

 ぴしゃりと別れを告げて、ミアンサは茫然自失の状態で佇むルイズを置き去りにした。


 ミアンサとルイズは、力関係がはっきりしていて気持ちいいです。

 このあと、ルイズは……。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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