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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第二章 舞踏会にて
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三 ダンスのお相手は?

 ウィーンにいきたい。

 ワルツをならいたい。

    

 オーケストラの演奏がはじまった。

 曲は“美しき春の歌声”より第二章、ゆるやかな旋律がフロアを満たす。

 リカールが仰々しく一礼して尻込みするルイズの手を取り、半ば強引にフロア中央に導いてはじめのステップを踏む。

 一周するまではふたりだけのダンスである。

 その光景は、なんとも異様だった。

 燕尾服姿の二人がいとも優雅に踊る。

 どちらも紳士にしか見えないことが悲劇でありながら、喜劇的でもあり、それでいてどちらの身分も高いことから笑うに笑えず、居合わせた人々はひたすら居心地の悪さを味わっていた。

 ただひとり平気だったのはシノンで、目的の人物を見つけると、歩み寄って声をかけた。


「ミアンサ殿、僕と踊っていただけますか」


 ミアンサはきょとんとした。

 耳を疑い、次に眼を丸くする。


「え。わ、わたくしですか」

「そうです。僕と踊っていただけませんか」

「それは――あの、もちろん喜んで」

「よかった。では、参りましょうか」

 

 シノンは腕を差し出した。


「さ、お手をどうぞ?」

 

 

 シノンがミアンサとふんわり踊りはじめたのを見て、ルネーラはがっかりした。

 シノンの最初のダンスの相手が自分でないことに、なんとなく拗ねた気分になる。

 そこへ、


「私と踊っていただけませんか」

 

 ルネーラはきょろきょろした。

 声をかけたセラは、ふっと苦笑した。


「あなたに申し込んでいるのですよ、ルネーラ殿」

「わたくし?」

 

 ルネーラはびっくりしてあたふたした。


「なにを慌てていらっしゃるのです」

「鏡、鏡はどこかしら。わ、わたくし、あの、ちょっと失礼して――」

「大丈夫、おきれいですよ。さ、フロアに参りましょう。それとも、私では相手不足ですか?」

「いいえ! まさか!」

「よかった。ではお手をどうぞ、姫君」

 

 ルネーラは夢見心地でセラの腕に手をかけた。

 足元がふわふわする。

 後ろで女性たちの羨望による悲鳴が上がったが、ルネーラの耳には届かなかった。

 


 次々と、ダンス・フロアに紳士淑女のペアが降りていく。

 その中にシノンやセラの姿を見つけて、ケインウェイははたと気がついた。

 いつのまにか、壁の花である。


「うわ、まずい。まずいぞ、またシノンにどやされる」

 

 焦って相手を探そうと辺りを見回したそのとき、だいぶ遅れて会場入りしてくる白いドレス姿の娘をみつけた。

 咄嗟にケインウェイは娘を捉まえた。


「すまん、一曲でいいから俺と踊って――あれ? あんた、見た顔だな」

 

 そこへ「うわー待って待って」と割り込んできた男がいた。


「ルカはだめです。ルカは僕と踊るんです。待ってたんです。わあ、きれいだなぁ、ルカ」

「そうか、舞姫か。千人求婚でシノンと噂になった……ま、先約があるなら仕方ねぇか。ん、確かにきれいだな。あんた緋色の衣装も色っぽかったけど、白も似合うよ」

「あ、ありがとうございます……」

「きれいだなあ。かわいいなあ。結婚してほしいなあ」

 

 スライエンがうっとりして言った最後の一言に、ケインウェイはぎょっとした。

 まわりでは、耳ざとく聞きつけた何人かが、スキャンダルの気配を嗅ぎつけて好奇心もあらわに立ち止まり、振り返る。


「あ、あんた、ちょっとなに言って……」

「……いまの求婚か? まさかな」

「ケインウェイ様までやめてください。噂になってしまうじゃないですか」

「白いドレスだから婚礼衣裳みたいだなあ。はー。結婚してほしいなあ。僕の奥さんになってくれないかなあ」

 

 ケインウェイはちら、とルカを見た。


「……やっぱり求婚じゃないか?」

「ち、違います。本当に違います。スライエンはいつもこんなことばかり言っていますけど、わたしなんてせいぜい姉のようなもので――」

「いつも? あんた、いつもこんなこと言われているのか?」

「そうではなくて、スライエンの言うことを真に受けてもらっては困るということで――」

 

 ひそひそと、囁く声が大きくなってきた。

 ルカは非難の意を込めてスライエンを睨みつけ、ケインウェイの腕をとってダンス・フロアに引っ張っていった。

 罪悪感で、ケインウェイはルカの手を取ることをためらった。


「俺と踊っていいの? あいつ、あんたのこと待っていたんじゃないの?」

「知りません……あ、あんなところであんなことを言うスライエンが悪いんです」

 

 ケインウェイはくっと笑った。

 ルカの手を引き、踊りの輪に入る。


「あんたかわいいな」

「は? え、え?」

「かわいい。あいつにはもったいないから、焦らしてやれよ。応援するからさ」

「応援? わたしは別にスライエンのことはなんとも思っていません。本当です。本当にただの友達か、それ未満か、その程度です」

「ははは、そりゃまた冷たいね。でも普通、男は軽々しく結婚なんて口にしない。あいつだってふざけているようで、ふざけてはいないかもよ?」

「ふ、ふざけていない? ふざけていないのなら、まさか、本気だとでも言うのですか?」

「さあ、そりゃあ本人に訊くしかねぇな」

「あり得ません」

 

 そう答えながら、ルカはフロアの外にしょぼくれて立っている男に眼を向けた。


「あり得ない」

 

 ルカは、繰り返し呟いた。


 

「一曲踊っていただけますか」


 紳士らしく、折り目正しい礼儀作法でエストレーン卿が言った。

 セラとのダンスの余韻に浸り、ぼうっとしていたルネーラは一瞬怯んだものの、シノンの言葉が脳裏を掠めた。

 彼のひととなりを知るには、いい機会なのかもしれない。


「喜んで」


 ざわっ、と会場が揺れた。

 噂の二人がフロアに出てゆくと、ざわめきはより高まった。


「今宵のあなたも美しい」

「光栄ですわ」

「でも私は普段着姿のあなたの方が、あなたらしくて好きです」

 

 ルネーラは訝しそうにエストレーン卿を見つめた。


「それはどういう――」

「さあ、参りましょう」

 

 手を優しく引かれ、導かれるまま、すっ、とフロアに立つと同時に身体を持っていかれた。

 音楽は四季のワルツに変わったところで、標準よりテンポの速いヴィニーズ・ワルツである。

 この踊りはテンポの速さもさることながら、ステップの複雑さ、優雅さに定評があるものなので、踊る自信のないものはフロアから離れていった。

 エストレーン卿のホールドは完璧だった。

 距離感も、肩甲骨の下を軽く支えた手も、肩越しに前方を見る目の位置も。

 そしてすぐにわかったことだが、バランスとリズムが卓越していた。

 姿勢に文句のつけようもなく、フォワード、バックワード、シャッセの基本的なステップが軽々として小気味よく、無理がない。

 そして、音楽よりわずかに早いリードがフロアにいるどのペアよりも疾走感があった。

 今宵ルネーラは胸元に真珠の刺繍を施した、裾のたっぷりとしたクリーム色のローブ・デコルテ姿だった。

 レースを内側にあしらったドレスの裾が勢いのまま翻る。

 結いあげた髪に飾ったクリーム色のリボンがはためく。

 音楽をなぞるように巧みなステップを自在に操り、ハーフ、フル、ナチュラル・ターン、リバース、シャッセ、またターン、他のペアが近いと思ったときにもチェック・バックで難なく交わし、そのままのスピードを維持し続ける。


「驚きました。とてもダンスがお上手ですのね」

「あなたもお上手だ。もう少し早くてもよろしいですか?」

「ええ!」

 

 すっかり愉しくなってルネーラはエストレーン卿がリードするままついていった。

 いつの間にか、フロアにひとはいなくなり、二人の様子に気がついたオーケストラも曲調のテンポ・アップを図り、ワルツとしてはかなり高度なものになった。

 そして一度のミスもなく、素晴らしい最後を締めくくった。

 賛辞と拍手喝采が会場中から贈られる。

 二人はさすがに少し息を乱しながら、観衆に丁寧に膝を折ったお辞儀をしてフロアから降りた。

 音楽は絶え間なく、今度はよりスロー・テンポのワルツがかかり、またすぐにフロアはひとでいっぱいになった。

 二人は大勢に囲まれ、惜しみのない賛辞を浴びた。


「では、私はこれで。素晴らしいひとときでした。お相手ありがとうございました」

 

 言って、エストレーン卿が背を返したので、ルネーラは思わず引き止めた。


「あの」

「はい?」

「あの……た、愉しかったです。今日は誘っていただいてありがとうございました……」

「またお誘いしてもよろしいですか?」

「ぜひ」

 

 エストレーン卿が微笑する。

 はじめて笑顔を見たような気がして、ルネーラも微笑んだ。


「汗が」

 

 エストレーン卿は胸のハンカチーフを取って、ルネーラに差し出した。


「どうぞお使いください。では失礼いたします。よい夜を、ルネーラ殿」

 

 去っていく後ろ姿になんとなく寂しいものを感じて、ルネーラは戸惑った。

 縁談をしつこく迫る相手を、あんなに嫌だと思っていたことが、まるで嘘のようだ。

 セラと踊ったときよりも増して、ふわふわとした高揚感がまだ身体に残っている。

 ルネーラは手の中に残る仕立てのいいハンカチーフを使って額を拭った。

 布地からは香木の爽やかな匂いがした。



 小説は会話が命。

 とはいえ、表現力もおろそかにしては、伝えたいことも伝わらない。

 思考錯誤の末の、ダンス・シーンはいかがでしたでしょうか?

 次話、舞踏会の夜に迫ります。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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