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運命は僕に微笑む  作者: 安芸
第二章 舞踏会にて
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二 求婚します

 愛の前には国境も言葉の壁もないそうです。

 以前メキシコに行ったとき、ツアー・ガイドの方に聞いた話。


 あいらぶゆー、あいみすゆー、あいにーどゆー、あいうぉんちゅー、あいみーちゅー、で、口説き落とされたそうな。

 

 宵も深まり、招待客も揃い、大広間がほぼいっぱいになった頃、高らかにファンファーレが鳴り響いた。

 王と王妃が、そのあとにシノン王子が続いて登場した。

 皆が一堂に膝を折る前で、王と王妃は玉座に就き、その斜め後ろにシノンが立った。

 王はしばらく口をもごもごさせたあと、静かなる聴衆に向かって言った。


「皆の者、面を上げい。えー、今宵は我が国とも親交の深いティラーレ国より、親善訪問として――ルイズ王女が訪問くだされた。我が国としては――光栄至極で――歓迎せざるを得ないわけで――うむ、つまり、皆にも歓迎してほしいわけで――そういうわけじゃ」

 

 どういうわけだ、と多くの者が思ったが誰もなにも追求しなかった。

 王はこほん、とひとつ咳払いをして先を続けた。


「王女にいたっては心ゆくまで滞在していただいて――できるだけ短く滞在していただいて――その間、我が国民とも親交を結んでいただきたいと思う。それでは――えー、そのう、紹介しよう。ルイズ姫とエストレーン卿じゃ」

 

 二人が堂々たる足取りで皆の前に姿を現した。

 大広間に、異様な気配のかけあいがみちていく。


「……姫とおっしゃったはずだが」

「いや、しかし、あれはどう見ても姫ではなかろう。王子ではないのか」

 

 ぎくしゃくと空気が音を立てて軋み、王と王妃は早くも落着きを失いはじめた。


「さ、さあ、では、はじめに――はじめに――」

 

 シノンがこそっと耳打ちする。


「歓迎の聖歌と舞を贈られるのでしょう」

「そうじゃそうじゃ、えー、宮廷楽士スライエン・トルートスと――舞姫は――」

「ルカ・ブランウィスキー」

「おお、そうじゃったな。ルカ・ブランウィスキー、両名、これへ」

 

 ざわめきの揺れる中、スライエンがルカの白い手を高く掲げ引いて現れた。

 スライエンは白と黒を基調とした衣装、ルカは身体の線がはっきりとわかる緋色の薄ものを纏っている。

 二人ともまず王と王妃に短い挨拶口上を述べ、身体の向きを変えて聴衆にお辞儀して、スライエンはルカの手を離し、ルカは滑るように広間中央に進み出た。

 スライエンの第一声が広間に響き渡る。

 朗々たるその美声に、皆驚いて一斉に口を噤み、声の主を凝視した。

 ほっそりとした、まだ若い青年。

 音域のひろい、深い声の素晴らしさ、心を直接撫でるような温かみのある歌詞、独特の優しさにみちた曲、すべてがきれいに調和して皆の心をうった。

 そしてこの歌にふさわしい優美で音のない舞いは艶っぽくも格調高く皆を魅了した。

 最後の一音がくくられると同時に喝采が沸き起こり、会場はにわかに活気にみちた。


「素晴らしい! あれが噂の宮廷楽士スライエン・トルートス殿か!」

「本当に素敵だったわ、あの舞姫! お名前はなんて言ったかしら」

「スライエン様って素敵ねぇ。ね、あの方がルネーラ様の恋人なのでしょう?」

「あら、わたくしはあちらの舞姫が本当の恋人だって聞きましたわ。だってほら、噂では、ルネーラ様はセラ様と、そのう、お親しくされているのでしょう?」

 

 そのとき、ひとり遅れて現れたリカールが、息を乱して国王夫妻の前に進み出た。


「急で申し訳ありませんが、お願いがございます」

「おお、どうしたね、ウィンストーン卿」

「いまこの場でぜひとも立ち会っていただきたい儀がございます」

「いったいなにかね」

「はい、それは」

 

 リカールはすっくと立って、視線を一点に据えた。

 決意を秘めたまなざしの先にはルイズの姿がある。

 そのまま近くへいって、膝を折り、片手をすくい取った。


「求婚します。私、リカール・ガル・ストヴァジークはルイズ・ブリックリーグ・ティラーレ姫にここに正式に求愛します。どうか私と結婚してください、いますぐに」


 大広間に、冷たい沈黙が落ちた。

 ルイズは耳をとんとん、と軽く小突いた。


「すまない。よく聞こえなかったのだが……なんて言ったのかね」

「ではもう一度申し上げましょう。私と結婚し、私の妻になっていただきたい」

「……どなたかと間違っておられるのでは?」

「いいえ」

「しかし、私は姫だが」

「姫でしょう? そして私はれっきとしたグーゼルベルナー王家の血流を汲む者です。あなたに求婚する資格は十分にあるかと思いますが」

「いやいやいや、ま、待ちたまえ。なにをばかな――この私に求婚? 求婚だと? 求婚!」

「いかにも、求婚です。私は正気です。どうしてもあなたと結婚したいのです。愛を告白しろとおっしゃるのであればいまここで申し上げる覚悟もございますが?」

「冗談じゃない、遠慮する! そんなものは聞きたくない!」

 

 ルイズはほとんど絶叫した。


「結婚してください」

「い、いやだ」

「いやだ、では断りきれないことを、あなたはご存じのはずだ。私は既にティラーレ国国王夫妻のもとに正式に結婚の許可を願い出る書状と贈り物を送りました。そしてここには」

 

 リカールは懐にしまってあったものを取り出した。


「正式な我が国の結婚宣誓書と指輪と薔薇を用意しました」

「君は正気か」

「できれば本気か、と尋ねてください。無論正気で本気です。私はいまここで誓ってもいい、あなたが許してくださるなら」

「なにを」

 

 うっかり、ルイズは訊いてしまった。


「あなたへの永遠の忠誠を」

「いらぬ!」

 

 ルイズは悲鳴を上げて飛び退いて、助けを求めて視線を彷徨わせた。

 そしてシノンのもとに駆け寄った。


「シノン殿、どうにかしてください」


 シノンはリカールを見た。

 リカールの口元が、ほんの一瞬、暗く嗤う。

 すべてを悟って、シノンはあはっ、と笑った。


「あっははははは。ははは! 助けるって、助けるって、こういうことか。あーおかしい」


 ルイズは必死に訴えた。


「おかしくありません! わ、笑いごとではありませんよ」

「失敬。いや、笑うつもりでは。そうとも、ウィンストーン卿は真剣なのだしね。ん、いや、しかし、うはははははははは。あのかたぶつがね、まさかこんな……はははははっははっは」

 

 ひとしきり笑い転げたあと、シノンは寒々しく凍てつく雰囲気を割るように、広間中央に颯爽と進み出て、「音楽を!」と声高に呼ばわった。


「ここはぜひ、お二人に最初のワルツの権利をお譲りしよう。さあ、中央にどうぞ。今宵ははじまったばかり、紳士淑女の諸君――共に楽しいひとときを過ごそうではありませんか!」

 


 ウィンストーン卿は、リカールです。念のため。

 シノン、もてるなあ。

 え? 予告と違い、甘くないって?

 これからです、これから。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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