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花葬  作者: 冬咲しをり
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第6章

 ミメイが大学を卒業してから、半年が経った。交際は順調に進み、両家への挨拶も済んだ。俺の事情のことも、ミメイのご両親は理解してくださった。俺たちは庭のある家で同棲を始めていた。精神的に弱いところのあるミメイが、パニック発作を起こそうものなら口づけをし、優しく抱き留めてきた。俺の過去も、最近増えたミメイの笑顔で少しずつ薄れてきた。

 買い揃えたダブルサイズのベッドから起きると、ミメイはもうすでにベッドを出ていた。

「おはようございます。サトルさん。パン焼きますね。チーズでいいですか?」

「あー、ミメイ、サンキュ」そう言ってミメイがコーヒーも出してくれる。2人でゆっくりと休日の朝のひと時を過ごし、今日は施設に行く日であるため、小さいキスをして家を後にする。秋の薔薇は今年は不作。薔薇は年に1度しか咲かないものと、2度咲くもの、数回咲くものがある。今年の秋は咲かないのか、とふとアーチを見て家を後にする。

 施設のチエミさんの部屋に入ると、珍しくチエミさんがベッドから出てきちんと椅子に座っている。施設のスタッフは、今日はとても調子が良く、しっかりしておられますと言った。

「サトルさんですね」とチエミさん。俺は名前を向こうから呼ばれたことに絶句した。

「……チエミさん、こんにちは」するとチエミさんは、とても寂しそうな顔をして俺に告げた。

「サトルさん、もうお金も結構です。お世話も結構ですから、もうここにいらっしゃらないでください。あなたを見ると、報われなかったあの子を思い出すんです……」そう言ってチエミさんは立ち上がり、大声で泣きながらカーテンを引っ張り引き裂いた。スタッフの人に、サトルさんは部屋を出てください。私が納めますと言われ、俺は放心状態で部屋をあとにした。

 「サトルさん、おかえりなさい。どうでした?」ミメイが、笑顔で迎えてくれた。

「うん….いつも通り」俺は動揺を隠しきれない。俺はがばっとミメイを抱きしめて、そのまま激しくキスをした。

「え、サトルさん?どうしたんですか?今日……」


 サトルさんは、あの日施設から帰った時から、口数が少なくなった。そうして、庭の花たちの世話を、なにかの償いのように熱心にするようになった。私たちの会話は少しずつ減っていき、ぎこちなくなっていった。そうして、私のご飯も食べなくなって、あんなに明るかったサトルさんは日に日に弱っていった。

 「ミメイ、話がある」青白い顔のサトルさんは私に話を持ちかけた。

「サトルさん。なんでしょうか」

「別れて、くれる?俺は人を愛する資格などなかった。妻を死なせて、他の誰かを愛するなんて。俺はこの呪われた花の咲く庭で花たちと一緒に、罪を償い続けなければいけないんだって」サトルさんは震えていた。私は、サトルさんを抱きしめた。

「らしく、ないですね。そんなこと、ないと思いますよ。でも無責任ですね、両親に挨拶もしているのに。ですがわかりました。私は実家に帰ります。ただ、約束してくれますか?」

「約束……?」

「はい。絶対に、ご自身を大事にして、生きてください。死なないでください。また、落ち着いたら連絡ください。その日が来ないとしても、待ってます」

「わかった。ミメイ……今までありがとう」私たちは、固く抱き合った。


 「サトルぅ何にも言わないとか水臭いじゃん!」アユミが言った。

「大変だったね……」とさかちゃん。

「ほんと大変だったんじゃん」とマユ。いきなりアユミから連絡が来て、来ないとぶち殺すと秋の飲み会に呼ばれた俺は、案の定顔が青白く全てを吐きださされた。

「それで、ミメイちゃんは実家帰ったの?」とさかちゃん。

「うん……俺はさ、人を愛する資格なんてもうねえんだって」

「それは違うっしょ!」とアユミ。

「違うんじゃない?」

「違うなー」ほかの2人も続けた。

パラパラと雨が降り出した。窓に水滴がつき始める。

 「帰れる?送ろうか?」とアユミ。

「大丈夫」と俺は答えて3人と別れて反対方向へ歩き出す。傘を手に持ったまま差すことすら忘れていた。路地を抜け大通りに出る。ずぶ濡れのしょぼくれたおじさんがトボトボと歩いている姿に、周りは奇異の目で見ている。すると、フッと雨の音が消えて、振り向くと、ミメイが背伸びをして俺に傘を差していた。そして、

「何してるんですか?」と微笑んだ。

自然に体が動いてミメイを抱きしめた。ミメイは困った顔で、傘を投げ出し、俺の顔の水滴を払っていた。

「サトルさん。大丈夫です。あなたは、私を救ってくれました。今度は私がお花の世話をします。1人で抱えないで」俺は無言で、見窄らしく泣き続けた。ミメイはそんな俺を優しく撫でていた。

「傘なんていらないんです。2人でずぶ濡れになって笑っていたいです」そういうミメイの前髪が、目と目の間で逆三角に張り付いており、メイクもぐちゃぐちゃで俺は思わず吹き出してしまった。

「すげー顔」

「サトルさんもですよ」俺たちはそのまま、笑いながら帰り、一緒に風呂に入って2人の時間をともにした。



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