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花葬  作者: 冬咲しをり
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第4章

 市内の辺鄙な小高い丘の上に、高齢者向けの施設があり、俺はひたすら丘を歩いて登っていた。ガレージは丘の下の少し離れた所にあり、丘の上に停められる場所もない。

「あちー」蒸し蒸しと暑く、日が長くなってきており夕方の4時であっても涼しくならない。

 施設の入り口をくぐると、左手に事務所があり、その窓口に声をかける。「チエミさんの面会ですね」スタッフの俺より若い男が俺から金の入った封筒を受け取り、中に戻り、出てきて俺を部屋まで案内する。

 「来ました」つくづく思うがいい部屋だ。窓からの景色がよくベッドやテーブルも質が良い。

「あら、こんにちは。どなたかしら?」

「サトルです」

「どこから来られたの?」

「ここから車で40分くらいのところですよ」

「まあ、遠いところからありがとうございます」そして、チエミさん、サトルさんがまたお金も持ってきてくださいましたよとスタッフが言う。

「着替えも」俺は言って着替えを渡し、古い着替えをスタッフから受け取った。彼女はいつも俺の名前と、どこから来たのかということを聞く。

「それでどこから来られたの?」

「ここから車で40分くらいのところです」同じ質問に、新しい質問のように答える。

「まあ、遠いところからありがとうございます」

 面会を終えて、ガレージへ向かう途中に、少し離れた所にバス停があり、バスが止まり黒髪の女の子が出てきて…ん?ぶっ倒れた?

 小走りで近寄ると、過呼吸を起こして苦しそうにしていた。

「大丈夫?!」おー。パニック障害か。大変だな、と思いつつ紙袋から物を全部出して、彼女の口に当てた。あとから調べたことだがこの方法は今は推奨されていないらしい。

「大丈夫。大丈夫。そのまま」落ち着いたのを見計らい、じゃ、と言おうと思った時にその子が見上げた。そしたら、ミメイじゃねえか!

「わ!ミメイじゃん。大丈夫かよ」

「サ、サトルさん……」

「送る?」

「……」

 結局また送ることにした。へー大学名聞いてなかったけどナルホドな。お嬢様女子大だわ。わざわざバス乗らないといけないところで住んでるのか。

 「へー。噂広められたねぇ……」

「ごめんなさい、また助けてもらって」

「ううん」

 信号待ちをしているとき、暫しの沈黙が訪れた、そして、ミメイは言った。

 「サトルさん、私、生きてる意味わかりません」

「んー」俺はなんていうか、なんか、ミメイの手にそっと自分の手を置いた。この子は慣れない土地に大学で学ぶために来て、その学生生活すら、思うようにいかず、いじめを受け、頼れる人はいないように見えた。

「ミメイさんよ、親に全部話した?」

「やっぱり、話さないといけないですよね、でも、なんか、私、逃げたいってか、全部忘れられたらいいのにって思って」それを聞いて俺は、カーナビの目的地であるミメイの家をキャンセルした。

「行くか、気晴らし。ミメイはこの辺の水族館行ったことある?」

「え、ないです」

「まじ?行こ」

 俺はミメイと、夜の水族館へ来ていた。もう見飽きたイルカショーもとても新鮮で、普通に楽しかった。キラキラとした水槽の光が、ミメイの目に転写されて、ときおり気を遣って、俺の表情を盗み見る仕草が、なんというか、めんどくさい子だなと思うと同時に守りたいという気持ちが膨らんでいった。

「今日はありがとうございました」家まで送った時、ミメイはニコッと笑った。笑顔が隙だらけで、そんな風に笑うのかと意外だった。普通に楽しかったので、ダメだとわかっていたが特に何も考えずに次も誘うことにした。

「ミメイ、連絡先、交換しよ。またどっか行かねえか?」

「はい!」

「いい夜を」ミメイの目はキラキラと輝いていた。

 

 昨日、お母さんと電話をして、私は大学で起きた全てのことを話した。まず、前期の期末試験まで頑張りなさい、それからのことは夏休みに入ってからまた考えましょう、と聡明に、冷静に、母は答えた。

 今日も、朝に1人で紫陽花ロードを通っていた。紫陽花は色褪せてきており、黄色がかった白に変わってきている。急に、ひらり、とくしゃくしゃの紙切れが落ちてきて、そこには短歌が書いてあった。不思議に思い、上を見上げると、紫の髪の毛の女の子が、裸足で、木の上に登っていた。その女の子はするすると木から降りてきた。

「ごめん、それボクの」とその子は言った。

「あ、うん……あの、短歌書いてるの?」

「書いてるよ。これとか」その子はポケットから紙切れを出した。

「これとか」続いて、反対のポケットから別の紙切れを出した。くしゃくしゃだ。

「ボク、アヤカ。キミの名前は?」

「あ、私のこと、知らないの?」と聞くと、何が?と言われ、知ってるけどいつも散歩してるからと言われた。アヤカは入学早々、木から落ちて骨折してしまい、ほとんど学校にいなかったそうだ。登らなければいいのに。なんだか意気投合してしまって、ベンチに座って短歌を読み合いっこしていた。

 それ以降、私とアヤカはニコイチで行動することになった。変わり者の2人はとても悪目立ちしたが、2人で一緒にいれば大丈夫だった。短歌が2人合わせて100首になった記念に、木に短歌を書いた短冊を結び、「短歌の木」を作った。それが直子先生の目に留まり、大学のホームページに写真が載るまでになった。

 音響学の授業のあと、直子先生に呼び出された。

「ミメイ、教務の人から聞いてるけど、ゴーストライターの件、私は最初から気づいていた」と言われ、黙認していたけど、あれだけのレポートを3倍かけているのだから、かなり力になっているはずよ、とも言われた。直子先生に、言い出したのは私ではなく、ハナエとミキであることを話した。わかったわ、任せなさいと直子先生は言った。次第に、噂も落ち着き、周りにもきつい目で見られなくなっていた。

 放課後、アヤカと裏門へ行くと、見慣れた車が停まっている。今日はサトルさんと3回目のデートだ。

「じゃ、楽しんで。ボクもう一回木に登ってくるよ」

「アヤカ……。落ちちゃダメだよ」

「うん。木が好きなんだ」と、そこまで会話をして、私は助手席に座った。安心する香りがする。

「お疲れ!行きますか」サトルさんの子犬のような笑顔を見て、明るい声を聞いて私も笑顔になった。

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