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花葬  作者: 冬咲しをり
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第3章

 今朝は梅雨の晴れ間で、紫陽花たちは止んだばかりの雨の露で優美に可愛らしく装っていた。大学の池はきちんと整備され、水面は美しく透明に反射し、鯉やめだかが泳いでいる。

 私は、髪の色を黒に戻して、朝の7時の誰もいない大学の紫陽花ロードを散歩していた。近くにあったベンチに腰掛けて、ノートとペンを取り出してちゃんと書けているのかもわからぬまま短歌を書いた。

 

 朝露の紫陽花たちのあはれなるあなたがたまふ希望なるかな


 先日はサトルさんにお世話になりそのまま車で家まで送ってもらった。雨はそのときも止んでおり、夜の街が花火のように色とりどりに煌々と車窓を照らしていた。

「へー。紫陽花ロードなー。朝なら誰もいないでしょ」とサトルさん。

「でもバレたら絶対にハナエとミキにからかわれます。目立つことをしたくないんです」

「目立つこと?散歩が?」

「はい。それに変わってると思います」

「ミメイさ、さっきから話聞いてるけど、自分の声を無視しすぎ」そして、サトルさんは、紫陽花見たいなら見ればいい。髪の色も嫌いなら戻せば?服も。パシリもしなくていいだろ。学費免除なんだし。普通にバイトもしてるし、と続けた。

「でも、ハナエとミキが言うことは、絶対なんです」

「なんでだよ!ミメイの方がまともだと思うけどな。本当にまともなヤツはどこまでもまともだ。何か間違ってる人間に力で叩きのめされたとしても、まともなヤツはどこまでもまともなんだ。わかる?」


「みなさん、レポートを返します。」1限の時間になり、音響学の直子先生が授業の頭でレポートを返していった。

「ミメイ」直子先生はレポートの束を取り出し、私の名前を呼んだ。今の時代珍しく全員の名前とニックネームを覚えていて、みんなが希望する呼び名で読んでくださる。私はレポートを取りに行く。

「よく書けてるわ。その調子」

「ありがとうございます」私は席に戻った。先生はハナエのことも呼んで、ハナエもレポートを取りに行った。ハナエは意気揚々と取りに行く。

「ハナハナもよく書けてるね。フーリエ変換について言及してるけど、他のみんなにもフーリエ変換について今説明してくれる?」と直子先生。

「あー…えと、ド忘れしちゃいました!」とハナエが笑い飛ばす。

「まあ戻っていいわ」と先生は機嫌が悪そうに言い、ハナエは席に戻る。何人か返却が終わり、今度はミキが呼ばれる。

「ミキミキもよく書けてる。このレポートについての要約をみんなの前で発表してくれる?」と直子先生。

「あー、エト、先返してもらえますか?」といい、ミキはレポートを先生から返してもらった。そのままレポートを最初から読み始めてしまう。

「ミキミキ?先生は要約をしなさいと言った。なぜ最初から読む?」と直子先生はもっと機嫌が悪そうに言った。

 お昼ご飯の時間に、いつものようにカフェテリアでハナエとミキと食事をした。

「ミメイさー髪色変えたよねー」とハナエ。

「もしかして失恋でもしたの?相手いたの?!」とミキ。違うよ、と言うと、なにやら2人でこしょこしょ話をしている。

「あのさー。レポートあたしたちがわかるように書いてくれないと困るんだけど」

「お金払ってるのこっちなんだよねー。」とハナエとミキが私を責め立てた。

「ごめんなさい」私の中で黒くてドロドロしたものが広がった。

「何その言い方?あんた自分の立場わかってんの?」

“自分の声に忠実に”そのとき、サトルさんに言われた言葉が心をよぎった。

「……私は……ハナエのこと……友達だと……思ってるよ。……ハナエは……どうなの?」私は思っていたことを口にしてしまった。ハナエとミキはあんぐりと口を開けて驚いた顔でこっちを見ている。私はカバンを引っ提げて飛び出していった。

「ちょ、ちょっとどこいくの?」というハナエの声を無視して走り去っていった。

 次の日、大学へと向かうバスで、通う学生たちの、なぜだかあらゆる方向からの視線が刺さった。話したことがない人や、面識のない人にまで。大学についてからも、おかしな目線を感じた。ハナエとミキには、無視された。

 昼頃に、大学の教務からの一斉送信のメールが送られてきた。内容は、最近レポートを書いてあげる代わりにお金を支払わせるという行為が学内で起きているそうです。重々気をつけてください、というものだった。

 帰りのバスで、乗り合わせた2人の女の先輩の会話が聞こえてきた。

「教務のメール見た?」

「見た。やばいよね。一回生のミメイって子でしょ?怖いよね。家すごい貧乏なんだって」

「ハナハナから聞いたけど、友達でいてあげるかわりにお金とってるって言ってた」私のことには気がついていないようだった。その場で突然息が浅くなって、苦しくなって過呼吸になってしまった。誰も助けてくれない。誰も見えない。バスを降りるボタンを急に押して、迷惑そうな運転手を尻目に、おかしなバス停でバスを降りた。過呼吸が止まらない。涙が出て、苦しくて、このまま死んでしまうのではないかと、うずくまって苦しんでいる。

 「おい?!」少し遠くから男性が走ってくる。紙袋に入っているタオルや衣類のようなものを出して、私の口にくっつけた。

「大丈夫。大丈夫だ。そのまま」とその男性の声に落ち着いてきて、私は顔を上げ、驚いた。

 また助けてくれたその男性は、サトルさんだった。

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