第2章
「かんぱーい!」俺たちは各々のグラスでガチャリと音を立てて乾杯した。ビールをグッと飲み、喉にキンと痛みが走る。ビールはこの痛みが全てだ。
その日は中学の同級生のさかちゃんの婚約祝いと称して集まるための飲み会だった。メンバーは全員中学の同級生で、俺の向かいには、今日の主役で公務員のさかちゃん、その隣には三十路ギャルのアユミ、俺の隣には何のオタクかはよく知らないが、オタクのマユが座っている。
「さかちゃんおめでとう!」アユミがキラキラと笑い、手を大きく広げて言った。
「おめでとう!」俺も続けた。その後にマユも。
「いやーさかちゃんも結婚か〜。彼女さん、前言ってた人だよな?」と聞く俺に、うん!とさかちゃんは答える。2人はマッチングアプリで知り合い、とんとん拍子に結婚が決まったという事だった。喧嘩も特にしたりはしておらず円満とのこと。さかちゃんらしい。
「アユミは彼氏どうなの?」と俺が聞く。
「……どうもしない!」アユミはなぜか不機嫌そうに、持ち前のかすれた声で言った。アユミ、もう何も思ってないと言ってたけどまだ俺のこと好きなのだろうか?
「へえ〜ふーん」俺はニヤニヤしてみる。
「逆にサトルはどうなの?」とマユがアユミに気を遣って聞いた。
「俺か……」そのあと空白ができて、特に何も悲壮感もただよわせていないつもりであったが、この返答のせいで、全員の空気がサーっとしらけてしまった。
みんなが黙り込んで困っている。自分で沈黙の種を蒔いたマユが、とても申し訳なさそうにしている。
すると個室の扉が開いて、店員が料理を持ってきた。こちら手羽先の唐揚げでございます。こちらはガラ入れです、という説明を聞き、ありがとうございます、とさかちゃんが受け取り、そのまま丁寧にテーブルに取り皿を並べた。
「食べよ食べよ!」アユミが持ち前の元気で仕切り直した。こうして、宴会は開けていった。
「今日はありがとう!さかちゃんおめでと。みんなもまた遊ぼ!」とアユミ。そうしてなぜか俺をボコボコたたいて、なんかあったら連絡して、と言った。俺はもう大丈夫なんだけどな。
「みんな駅だよな?俺アパートそこだから」と俺。
「ばいばーい!」
「ありがとー」
「お疲れ!」と挨拶をして、3人と別れた。
雨が降ってきた。6月特有の霧のような繊細な雨ではなく、夕立ちのような激しい雨だった。アユミも、マユも、さかちゃんも俺も、大人としてきちんと夜から雨であるという予報を見て、ちゃんとした傘を持ってきていた。マユなんて、長靴で来ていたくらいだ。少し歩いて振り返ると、3人とも自分の傘を差している。俺も傘をさすことにした。
家へ向かおうと路地に入り、歩いていくと、女の子が傘も持たずにびしょびしょになりながら、しゃがんでうずくまっていた。躊躇ったが、こんな危ないところだったので、声をかけることにした。傘の中に彼女を入れる。
「何してんの?」その子はうずくまって下を向いたまま返事をしない。
「家どこ?」やはり返事がない。めんどくさくなったので、自分の傘を彼女の手に持たせて、雨で透けてしまっているワンピースの上から、俺のジャケットをかけた。俺は濡れて帰ることにした。
そのまま去ろうとすると、その子は傘を取り落とした。おいおいおい。警察を呼ぶか?んー。うわー。どうすっか。ダメだとわかっていはがらも、何かよくわからない力に導かれるように(言い訳)、彼女を肩に抱いてアパートへ連れ込んでいた。
「風呂ここだから。これ着替え」俺は風呂の電気をつけて女の子のタオルと着替えを置いて、自分のタオルを取って言った。その女の子はずっと目がうつろなままで、返答がない。よくよく見ると、どう見ても子供にしか見えない。家出だとしても身ひとつで出てきたのか。魔がさしてしまい、俺としたことが連れ込んでしまったが、反省しとりあえず世話することにした。その子がシャワーを浴びている間にコーヒーを挽く。
「ラテ飲める?」シャワーを浴びて俺のスエットに着替えた彼女に、聞いてみたがやはり返答がない。失語症…?とりあえず、ソファに座らせて、適当にコーヒーをラテにして出すと、ちゃんと飲んでいた。
「落ち着いた?」女の子は虚な目で俺を見た。
「話せる?」
「はい」と女の子が答えて安心する。話せるんかーい!
「女の子連れ込んで俺何してるんだろな!」なんだかホッとして俺は自分にツッコミを入れる。
女の子はミメイと言った。服を乾燥機で乾燥させている間(おいおいこの服乾燥回して大丈夫か?と聞いたが、ミメイはゴミを扱うように乾燥機に放り込んだ)身の上話を聞いた。意外にも家出ではなくて、一人暮らしの女子学生だった。あれやこれや、色々な話を聞いた。大学でパシリなこと、自分は国公立の大学に行ってたのでわからなかったが、私立のお嬢様の世界ってこえーってこと。
「私は、ずっとずっと、自分がいる場所がここにはないって、思ってました。……ごめんなさい、こんな話、初対面のサトルさんにすべきではないですよね」ミメイがそう言い、少し考えて言葉を選ぶ。
「…いや?いいんじゃねーか?どうでもいいやつにしか話せねーこともあるだろうしな」
「もう、いいやって思ったんです。夜の仕事しようかなって。サトルさんに連れて行かれた時も、もう、私、どうにかなりたい、めちゃくちゃにされたい、壊れたい、って思って…あの…私の初めて、してくれますか?」ミメイは泣きながら途切れ途切れに話した。意表を突かれたので、俺は吹き出してしまう。
「……自分から言ってくる女がいるかよ。おもろすぎ。んー。俺もずっと、ここが自分の居場所じゃないと思ってるよ。ミメイは、学校が居心地悪いと思うけど、俺はどこに行っても、何をしても、逃げられねえなって気持ちで、もうこの世界すべてが、俺の居場所じゃねーなと思ってるよ」
「サトルさんが?」
「ま!楽しいこともいっぱいあるけどな!」
すると、乾燥機の仕上がりの音が鳴った。
「ほら、送るよ。ちと車引っ張ってくるわ」俺は車のキーをポケットから出してくるりと回した。