第5話 反撃開始!!
晴明の式神が帰ってきた。
式神が見聞きしたことは、全て晴明にも伝わる。家の中の様子、そしてバージャの話したことはアリアネルの知るところとなった。
「そうですか。バージャがそんなことを」
アリアネルはうつむきながら、拳を握り締めて、肩を震わせた。
「……ヤツが、そんなことを……!!」
その瞳や眉間に刻まれた皺から、彼女の激しい感情が伝わってくるようだった。晴明は、空気そのものを震わせるような強い怒りを感じ取った。
「アリアネル。ほんの少し落ち着きたまえ。すさまじい怒気だ。それでは突入する前に向こうに感づかれそうだ」
晴明が言うと、アリアネルが目を閉じて深呼吸する。
「……ごめんなさい。とても許せないことでしたから」
「構わない。気持ちはわかる」
怒気が収まるのを待ってから、晴明が話を続けた。
「忍び込ませた式神のおかげで、中の様子が分かった。皆を元に戻し、バージャを打倒することができるかもしれない」
「ほんとですか!?」
「ただし、私だけではまずいかもしれない。君の協力が必要だ」
アリアネルは胸を叩いて頷いた。
「任せてください。むしろ望むところです。あそこは私の家ですから。自分の家は自分で取り戻すのが筋ですとも!!」
「……頼もしいな。まるで武士のごとき勇猛さだ」
武士も騎士も、恐らくその本分は一緒だろう。
舐められたら潰す。
自分の居場所を奪われたら命を賭けて戦う。
晴明はそれを感覚で感じ取った。
◆◆◆
晴明の立てた作戦はシンプルだった。
アリアネルが正面から殴りこみをかけ、オトリになる。
そのスキに、晴明は2階へ忍び込み、洗脳呪詛を解除する。
「……私はどうにかなりそうですが、晴明さんは大丈夫ですか? 呪詛をどうにかできそうですか?」
「式神の偵察と、君の話で大体見当はついた。恐らく、2階のバージャの部屋にあるカバン。それこそが洗脳呪詛を引き起こしている呪物だ」
「呪物……」
「呪詛というのは、おおむね、「触媒」のようなものを必要とする。生き物の死体や、人形に代表されるようなね。今回の場合、霊力をもった植物を利用しているのだろう」
触媒、それはすなわち呪詛のよりどころとなるモノだ。それさえ断ち切れば、呪詛もまた消える。
「この安倍晴明に任せたまえ。陽動は頼んだ」
「分かりました! よろしくお願いします、晴明さん!」
快活な返事であった。
晴明は十枚ほどの符を取り出し、アリアネルの鎧の中に仕込んでおいた。これもまた作戦の一部である。
「恐らくバージャは、君の侵入に気づいた時、呪詛を放ってくるだろう。それに対する備えだ」
「はい」
「さて、これで大体の準備はできたかな。いよいよ突入だが、準備はいいね?」
「いつでもバッチリです」
「よし。……では最後に、殴り込みをするときの作法を教えてあげよう」
「おお! 晴明さんの世界ではそんなものがあるのですか?! 教えて下さい!」
「なに、簡単だ。古今東西、正面から殴り込む時の作法といえば一つだ。とにかく声を上げろ。腹から声を出し、叫べ。鬨の声というやつだ。私は今からお前を攻めるぞと、高らかに宣言するんだ。それは相手を怯ませ、己を鼓舞する」
アリアネルはにっと笑った。
「お任せを。大きい声は得意です」
──それから5分後。
家のドアの前に、アリアネルは歩み寄っていた。
心臓がバクバクと高鳴っていたが、恐れはなかった。
頭は澄んでいた。腹の底には熱があった。
アリアネルの姿を見つけた門番がすぐにやってくる。
その門番に向かい、アリアネルは腹の底から渾身の力を込めて叫んだ。
「うらァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
門番たちが「ひっ」とたじろいだスキに、殴打で彼らを気絶させる。
「すみません、少し寝ててください!」と言いながら、勢いに任せて扉を蹴り破った。建物に踏み込みながら剣を抜き、さらに叫ぶ。
「アリアネル・アムレット、帰ってきたぞ!! バージャはいるか!! いるならばすぐに出てこい!!!」
わずかな静寂の後、みしりみしりと音を立て、ゆっくりと人影が近づいてきた。
それはバージャだった。
「小娘、帰ってきたか。刻んでやった呪詛はどうした? どうやって解除した?」
その、口角を歪ませた表情が、ほんの少しだけ懐かしかった。
だがやはりアリアネルはその表情が許せなかった。他者を見下すその顔が腹立たしかった。
「問答無用!!」
弾かれたようにアリアネルは駆けだした。だが、その瞬間床からおぞましい気配がして、アリアネルの体に痛みが走る。
「うぐッ……!!」
「ハ、馬鹿な女だ。こんなこともあろうかと、床中に痛苦呪詛を仕込みまくっておいたのさ。私の合図一つで発動する優れもんだよ」
ずぐり、ずぐりと、神経そのものに食い込むような痛みに、アリアネルは顔を歪ませる。
が、その痛苦は少しずつ楽になっていった。
「おや?」
バージャの顔色が変わった。
「……小娘、お前! 私の呪詛を克服しているな?!」
アリアネルの鎧に仕込まれた、晴明お手製の符が、呪詛を吸収していた。
一度、痛苦呪詛を祓い、その特徴を把握している晴明だからこその作戦である。
「もう効きませんよ。こんなものは」
「ぬぅ……! おい、誰か来な! 聞こえてるんだろ?! 曲者だよ!」
バージャが廊下に向かって怒鳴るが、誰も来ない。
「どうなってる、どうして誰も……いや、まさか」
その顔からは、笑みが完全に消えている。
「アリアネル、貴様……一人じゃないな? 仲間がいるな? 呪詛に対抗できる味方をつけたか」
アリアネルが押し黙っていると、バージャがじりじりと後退し、踵を返して逃げ出そうとした。
「待てバージャ! 逃がすものかッ!!」
その背中に追いすがり、アリアネルが叫びを上げる。振り向いたバージャの手には大ぶりのナイフが握られていた。
「小娘がァ、邪魔するんじゃないよ!!」
振り下ろされるナイフを、アリアネルの剣が受け止める。2回、3回と刃が交わされた。キン、ガキンという金属音がホールに響く。
バージャは勢い余って、ナイフを取り落としてしまう。形勢は完全にアリアネルが有利だった。
勝てる──そう思ったのが甘かった。
「フフフ、一発の呪詛に対抗していい気になるんじゃないよ。一発でダメなら十発だ」
いつの間にか、アリアネルの足元に、どす黒い闇がわだかまっていた。
呪詛のかたまりだ。
「……ッ!!」
「この部屋の呪詛を全部お見舞いしてやる!! 処理しきれまい!!」
ずるりと、痛みそのものが足から這い上ってきた。
「あ、ぐッ……あ゛ああァァッ! 痛っ……あぁぐぅぅぅッ!!」
何千本もの針で体中を刺されるかのような激痛をアリアネルが襲った。
晴明の符が呪詛を吸収していくが、この痛苦を祓いきるには時間がかかるだろう。
「そこで這いつくばってな。私は逃げきってやる。しばらくどっかで身を隠して、ほとぼりの冷めた良い感じの頃に、またどっかを乗っ取ってやるよ!! フフフハハハハハ!!!」
その時、足音が聞こえてきた。
誰かが階段を降りてくる。
この状況で、2階から現れる人物。アリアネルの心当たりはたった一人だ。
「──バージャと言ったな。形勢不利と見るや、即座に逃げを打つキサマの判断の速さ、見事なものだ。だが、そうはさせん」
「誰だい、あんた」
アリアネルが初めて会った時と同じ、落ち着き払った微笑みで彼は答えた。
「安倍晴明。平安京の元・陰陽師。お前に引導を渡す者だ」