第44話 居座る災厄と勝算
「確かにジャイルズだな。アレは」
「ええ、間違いないわ。周りには騎士の死体もある……」
晴明たちはカーテンの隙間から中庭を覗き込んでいた。
広い中庭にぽつんとジャイルズが立っており、その周囲には無数の騎士が横たわっている。ミシェルは顔をしかめ、イサドに尋ねる。
「何よあれ。みんな……死んでるの?」
「ええ。ジャイルズの呪詛によって一斉に殺されたんですの」
答えるイサドの顔も渋面だ。
「ジャイルズは、相手を「即死」させる呪詛を使うんですの。ヤツはそれを「虐殺呪詛スポテッド・アゴニー」と呼んでいましたわ。腕から放たれた青い光を浴びてしまうと、問答無用で死んでしまう。着ている服も劣化し、金属も錆びさせてしまうんですの。私も、目の当たりにしましたわ」
「問答無用で死ぬって……なんなんですか、それ」
「私の魔術も、呪詛で打ち消されましたわ。必死に戦っているうちに、どんどんマフィアがやってきて……魔道具である杖も折られてしまいました。不覚ですが、今の私は魔術を使えません」
「そんな……」
アリアネルの顔が青ざめた。晴明も目を細め、ジャイルズを睨むように見つめた。
「それはもう、呪詛の領域を超えている。災厄のようなものだ」
「一体どうなってんだ、あいつ。ジャイルズの目的って何なんだ?」
ブルーセが問うと、イサドが腕を組みながら答えた。
「一応ジャイルズはシンプルな要求を突き付けているんですの。このアトルム王国の政治全権を明け渡せ。それだけよ」
「何ですかそれ。クソテロリストに国を譲れってこと? 応じるわけないじゃないの」
ミシェルが眉をひそめて吐き捨てる。晴明も頷いた。
「全くだ。恐らくだが、初めからジャイルズには交渉の意志はないのだろう」
「どういうことです? 晴明さん」
「明らかにヤツは無茶な要求を突き付けている。交渉を決裂させることを前提とした宣言だ。ジャイルズは最初から戦争するつもりなんだ。暴力を振るい、こちら側が折れるのを待っている」
「……ああもう、何なんですか! 無茶苦茶ですよ!! どうにか……どうにかしないと!!」
「落ち着けアリアネル。みんな気持ちは同じだ」
気色ばむアリアネルをブルーセがなだめる。
晴明は窓をわずかに開け、懐から符を取り出す。偵察用の式神である「揚羽」だ。
「少し様子を見る」
符は低空飛行し、ジャイルズの後ろの木陰から中庭を見渡した。
その時、中庭の端から怒声が響き渡った。
「ジャイルズ! ブッ殺してやらァァッ!!」
晴明たちがそちらに目を向けると、ジャイルズの部下であるはずのマフィア構成員が一斉にジャイルズへ駆け寄っていた。その顔は殺気に満ちている。
「何?! 何があったの?!」
「上司に牙を向く下っ端か……こういうのはたまにある。恐らく「反乱」だろうよ」
晴明は静かに呟いた。
◆◆◆
「散々な目にあったぞ!! ジャイルズ! テメェのせいだ!!」
「テメェにボスの資格はねぇ!! ここで殺してやらァ!!」
10名ほどのマフィア構成員が、怒り狂いながらジャイルズに向かっていく。
怒りや恨みを後先考えずに瞬間的に暴力に変えてしまう、そんな彼らは手本のような悪党だ。
手綱を握っていたルーファスやフランシスが消えた今、マフィアの一般構成員はもはや制御不能となっている。
ジャイルズは一切顔色を変えず、静かに部下たちの方向を向いた。
「この私を殺すつもりか。都合が悪くなると仲間ですら殺す……お前たちは全くクズの集まりだな」
呟きながら、ジャイルズは両手を広げる。その両腕から青い燐光が放たれる。
「お前たちはな、この虐殺呪詛を完成させるための使い捨ての駒にすぎん。これが完成した以上、もはやお前たちに利用価値はない。即刻消えてもらおう」
雷の閃光のように、青い光がまたたいた。その一瞬でマフィアの一般構成員はことごとく崩れ落ちる。痛みも苦しみもなく、ロウソクの火が吹き消されるかのように全員が即死させられたのだ。
「来るが良い。この私を排除したければ、かかってこい。私は少しばかりここに居座ってやる。廊下よりここの方が呪詛を使いやすい。この私を殺せるか、やってみろ」
◆◆◆
「……なるほど」
晴明は式神・揚羽を通してジャイルズの虐殺呪詛を観察した。様子が分からないアリアネル達は口々に晴明に尋ねる。
「何が?! なるほどって何が?!」
「何が見えたんだよ!? 教えろよ!」
それを手で制し、顎をさすりながら晴明は答える。
「恐らくアレは……「人間粉末」を入れ墨のようにして両腕に彫り込んでいるんだ。だから腕から呪詛を放てる。射程距離は恐らく100メートリアほど……きわめて強い呪詛だ。この私でも、まともに食らったら本当に死んでしまうかもしれん」
「晴明さんでも耐え切れないんですか?! そんなの……」
皆、言葉を失う。絶望の雰囲気が場に浸透していく。
「そうだな。正面からやりあうというなら、アレは最強の呪詛だ。だが──」
「だが?」
「最強ではあるが、無敵ではないと思う。恐らく虐殺呪詛には攻略法がある」
その晴明の言葉で、皆が晴明の顔を見つめた。
「そんなのあるんですか!?」
「ジャイルズが呪詛のために彫り込んだ入れ墨は、両腕に渡っている。だがそれ以外には無いようだ。つまり両腕を切断してしまえば、虐殺呪詛を封じることができる」
「おおーー!!」
アリアネルが勢いよく立ち上がるが、やがて首を傾げた。
「……で、でも、晴明さん。両腕を切断するって、どうやるんです? 近づいただけで呪詛を食らってしまうんですよ」
「バレないように近づくのが肝心だ。例えば、空から」
「空って……」
「高速で空を飛行できる生き物がいるだろう? この王宮の近くに滞在しているはずだ」
それを聞いて、ブルーセが目を見開き「あ」と声を上げた。
「──そうか、ドラゴンか!!」
「そうだ。ブルーセと一緒に競竜を見に行った時、マトリの4人はウーリーンと出会った。その時のウーリーンはこう言っていたよ。「王宮のすぐ東にドラゴンと一緒に泊まっている」とね」
ウーリーンの朗らかな表情がアリアネルの脳裏に思い出される。
『王宮のすぐ東側に宿泊施設がありましてね、そこに泊まらせてもらってるんです。すごいとこですよ、ドラゴンも一緒に泊まれる豪華なとこですよー』
「……言ってた! 確かにそんなこと言ってましたッ!!」
「そのドラゴンに乗せてもらう、というのが私のアイデアだ。上空から飛び降りればジャイルズに奇襲をかけられるのではないかな」
「待ちなさいよ、そんな危険なことを誰がやるのよ」
ミシェルの問いに晴明は自らの胸を叩く。
「もちろん私だ。私がドラゴンの背に乗せてもらう。うまい位置で私が飛び降り、ジャイルズの頭上から特大の雷を落とす。ジャイルズの動きが止まったスキに、他の皆で両腕の切断をやってもらいたい」
無茶で、危険で、ブッ飛んだ作戦だ。だが晴明の口調には確信があった。自分ならうまくやれるという確信だ。
話を黙って聞いていたイサドはすぐに賛成しなかった。
「……ずいぶん危険なことを思いつくものですわね」
「危険は百も承知です。しかし相手は人を即死させ、全てを劣化させてしまう呪詛を操る危険人物です。災害そのものだと言ってもいい。そのくらいの無茶を通すぐらいでなければ、倒すことはできないでしょう」
晴明の言葉にイサドも腹をくくったようだった。深く息を吸い込み、力強く頷く。
「分かりましたわ。ドラゴン管理者への連絡は任せなさい!!」
ジャイルズという災厄を打ち倒す。
その場にいる全員が、一つの目的に向かって動き始めた。




