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第28話 風のごとき来訪

 晴明たちが王都へ戻り、サティルスでの顛末を報告すると、イサドは満面の笑みで「でかした!!」と答えた。


「よくやりましたわね! えらいっ! あなたたちはえらいっ!!」

 

 そうやってストレートに褒められると、頑張った甲斐があるというものだ。


「マフィアはなかなか尻尾を出しませんでしたわ。これは大きな前進ですわね。素晴らしい仕事ですわよ」

「光栄ですぜ」

「臨時ボーナスは弾みますわよ。お給料に期待なさい」


 イサドのその言葉に、マトリ達の顔にも笑顔がこぼれるのだった。


 

 ◆◆◆


 

「終わった~~~~!! ようやく終わりました!!」


 アリアネルの叫びが部屋中に響いた。


 事件を解決して円満に解散──とならないのがマトリの面倒なところだ。今後の記録として、「報告書」を残さなければならない。


 晴明、アリアネル、ブルーセ、ミシェルの4名は事件の顛末を報告書にしたためた。半分は晴明が、もう半分はアリアネルが執筆することとなり、アリアネルはひいひい言いながらも自分の分を完成させたのだった。もちろん他の3人のアドバイスを受けながらだ。


「み、みんなこんな面倒なことをやり遂げてるんですね……すごいです……」

「事件追っかけるだけがマトリじゃないってことよ。お疲れ様」


 机に突っ伏しているアリアネルは、頭から煙が出そうなくらい疲労困憊している。ブルーセやミシェルが励ますように肩や背中を叩く中、晴明は優しく頭をポンと叩いてやった。


「よくやった、アリアネル。いい文章だ」

「うう、何で晴明さんは涼しい顔で書けるんですか? こういうの得意なんですか?」

「そうだな。私はそういうのを仕事にしてきたからね」


 余裕の笑みで晴明は言う。


「前も言ったかもしれないが、私はかつて天文博士という職も担当していてね。星の動きに異変があった時に、速やかに占い、それがどういう解釈ができるかというのを文書にして帝に提出する仕事があったんだ。天文密奏といってね。だから、文章で苦労するのには慣れている。ちょっと書き方を教えてもらえばすぐに書ける」

「うへえ……忘れてましたけど晴明さんって、ガチ官僚だったんですよねえ」


 もう仕事は終わり、と皆で片付けを始める。業務終了──という、弛緩した雰囲気になった瞬間だった。


「た、助けてくださいぃーー!!」


 ショートカットの少女が事務所に駆け込んできた。粗末な服を着た、9歳か10歳ほどの幼い子供だった。


「ちょっと。何よ貴方。ここはね、あまり気安く入ってきてはいけない場所なのよ」


 ミシェルが少女をたしなめようとするが、ブルーセがそれを止めた。


「待て、こいつは俺の知り合いだ」

「あら、そうなの?」

「うん! ウチはブルーセに世話になってるキリアってんだ! ウチで大変なことが起こったから、助けてほしくて来たんだ!!」


 晴明とアリアネルとミシェルは顔を見合わせる。


「ふむ……つまり、この子はブルーセの娘なのかね?」

「違ぇよ! 何でそうなんだよ!!」

「いや、だって、世話になってるってこのキリアちゃんが言うから」

「違う! 血縁関係はねぇよ! そこらへんは後で話すから突っ込むな!」


 ブルーセは膝を曲げ、キリアと視線を合わせながら丁寧に尋ねた。


「なあキリア。前にも言ったよな? 俺はな、呪詛の事件を調べる仕事をしてんだ。ちょっとした困りごとに、マトリを使っちゃいけねぇんだ。分かったら帰りな」

「違うよ、もしかしたらその呪詛ってのが関係してるかもしれないんだよ」


 マトリとしては聞き捨てならない言葉だった。先ほどは追い返そうとしたミシェルも、一緒になって膝を曲げ、キリアに問う。


「キリアちゃん、それはどういう意味?」


 鼻から息を吐きながら、キリアはわずかに震えた。そして恐怖を必死に押し殺しているような表情で、小声でこう答えた。


「……ウチに、幽霊が出るんだ。それを退治してほしい」

「幽霊?!」


 4人の声が、思わずハモった。


 話によると、キリアは孤児院で暮らしている少女であった。ブルーセは時折孤児院にやってきて子供の世話をしているらしい。


 その孤児院には大きな倉庫がある。呪詛戦争の前からある古い建物だ。


 歳を経た倉庫は雨漏りや隙間風が多発したため、もう使われていない。だが取り壊すのにも金がかかるため、すっかり放置されている。


 その倉庫で、1週間ほど前から怪奇現象が目撃されるようになった。


 曰く、夜中に人の声がする。


 曰く、閉められていた扉が開いており、何者かが立っている。


 曰く、倉庫に近づくと何だか気分が悪い。


 大人はそれを気味悪がったが、孤児院の子供は面白がり、夜中に倉庫に忍び込むという「肝試し」を敢行するようになった。


 だがそれが事件の発端となった。キリアの友人の一人が肝試し中に意識不明になってしまった。


 幸いそれは一時的なもので、すぐに意識を取り戻したらしい。だが肝試しをしたメンバーは、倉庫で奇妙な物を目撃した。倉庫の壁に、見たこともない呪文がかかれた札のようなものがたくさんあったのだ。まるで──呪詛に使う道具のような。


 キリアはそれを知り、「こんな倉庫は放っておけない」と一念発起し、マトリの事務所まで走ってやってきたのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……なるほど、話は分かった。しかしキリアよ、こういうのは大人に任せるもんだぜ。お前がわざわざやってくる事はなかったろ」

「だって、大人のみんなもすっかり幽霊に怯えちゃってるんだもん。ウチが動かないとダメだったの!」


 晴明たちはキリアと共に、孤児院へ向かっていた。


 幽霊退治が目的ではない。倉庫に張られた怪しげな札、というのはマトリとして見過ごせない事だからだ。それが呪物なら取り除く必要がある。


 しかしそれはそれとして、霊で騒ぎが起こるというのが、晴明にはとても懐かしく感じられた。誰それの怨霊が出たとか、これはあの人の祟りだとか、そうやって平安京の貴族はたびたび大騒ぎしてきたものだ。


「アトルムに、幽霊というのはいるのかね?」

「いるわけないでしょ。人が死ぬたびに化けて出るなら、今頃アトルムは幽霊だらけになってるわよ。呪詛戦争で何人死んだと思ってるのよ」

「そうだな、そう言われると返す言葉はない」


 晴明の質問にミシェルはばっさりと答えた。それに代わり、今度はアリアネルの方から興味津々そうに質問してきた。

 

「平安京には幽霊っていたんですか?」

「いたとも」


 晴明は頷いた。


 恨みを持つ霊が化けて出るのは当然だ。だからこそ、「占う者、祓う者」が求められたのだ。


「はぁー、すごいですね平安京。ってことはやっぱ、晴明さんも幽霊退治は得意なんですよね!」


 アリアネルは笑顔で言うが、晴明は首を横に振る。


「言うほど得意ではない。そもそも陰陽師は幽霊退治の専門ではないからね」

「えぇ?! そうなんですか?! そこは得意ですってなる流れでは?!」

「これは平安京の貴族にもたまに誤解されたんだがね。幽霊が災いを起こしたとなったら、それに対処するのは密教僧の役目だ。私のような陰陽師は呪詛の祓いや占いをやる」

「ややっこしいですね!」

「まあ心配するな。私も平安京生まれの人間だ。怨霊に襲われた時に備えて、ちゃんとそれ用のまじないは用意している」


 ミシェルは幽霊などいないと言うが、キリアはいたと言う。倉庫の壁にあった札というのも気になる話だ。


 面倒な事件でなければいいが──と晴明は願うのだった。

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