大食いガールズ 食堂の裏メニュー作ってみた編
星花女子学園の食堂の裏メニューには「ノリカスペシャル」という豚骨醤油ラーメンがある。超大食いとして知られるソフトボール部の主将下村紀香先輩だけが食べられるラーメンで、麺量は通常の四倍、厚切りチャーシューは八枚載せ、もやしはてんこ盛りで空の宮市を見守る大霊峰を彷彿とさせる。並の女子であれば完食は到底不可能だ。
しかしこれを料理部で再現してみようという恐ろしい企画が行われようとしていた。
「何で急にこんなトチ狂ったことをやりだすんスか?」
太田悠里ちゃんはそう言っているけれど何だか楽しそう。
「ほら、茶道部っていつも変わった催し物やってワチャワチャ楽しそうにしてるじゃない。だからうちも何か変わったことやろうかなって」
宇佐美花音部長がにっこりと笑ってそうおっしゃった。
「まあ、あのわび・さび・狂気の集団と張り合うにふさわしい食べ物っスねー。あたし一度だけ下村先輩がノリカスペシャル食ってるところ見たことありますけど、あれ見てるだけで腹一杯になりますもん。つか、作ったところで食えるんスか?」
「その辺は大丈夫、ね? 夏樹ちゃん」
宇佐美部長が私の方を見てきた。
「えっ!? 私がっ?」
「夏樹ちゃん結構食べるもんね。ノリカスペシャルぐらい余裕でしょ」
「いやー、さすがに一人で全部は無理ですよ……」
私も家から材料を持ってきたが、だいたい十人分ある。ただし一人分を四人で分け合ってちょうどいいぐらいの分量なので、料理部員全員のお腹を満たすことはできる。まあ、私ならノリカスペシャル一人分ぐらい頑張ればなんとか食べられそうではあるけれど。
「さあ、早速調理にとりかかろう!」
そういうわけで、宇佐美部長の指示の下、豚骨醤油ラーメンノリカスペシャルの調理が始まった。
「うおお、何か魔女になった気分だ」
太田ちゃんはスープ作りを担当。食堂で出るラーメンのスープは教務用だけど、せっかくなので寸胴鍋を使って本格的なものを作ることにした。私の実家の仕入れ先が譲ってくれた豚のゲンコツ(大腿骨部分)と背ガラを、ざっくり切った大量のニンニクと一緒に煮込む。かき混ぜる様子はまさに魔女みたいだ。
宇佐美先輩はカエシを作る。醤油とみりんを煮立たせているところに化学調味料を添加する。
「ええっ、そんなの入れちゃって大丈夫なんですか?」
「適量なら問題ないよ。科学部顧問のわかな先生もそう言ってたもん」
宇佐美先輩は化学が得意で、科学部の名物顧問である永射わかな先生に調味料について教わったりもしているという。科学の専門家が言うなら間違いないのだろうけれど、うちの店では絶対に使わない。邪道な気がするし……。
そして私の担当はチャーシュー作り。チャーシューは家で何度か作ったことがあるので仕上がりに不安は全く無かった。実家から分けてもらった豚ブロック(宮崎産のいいやつ)をタコ糸でぎゅっと縛り、軽く焼いてから醤油ダレに漬け、長ネギ、しょうがと一緒に圧力鍋で煮込む。加圧を止めて圧を抜いた後も煮汁をかけながらさらに煮込むと、タレが染み込んだホロホロチャーシューの出来上がりだ。
麺もできれば自作したかったけど、残念ながら製麺機が無いので食堂で使っている業務用のを分けてもらった。
スープ、カエシ、チャーシューが出揃ったところでラーメン作りの開始だ。ずらりと並んだ十杯のどんぶりにカエシとスープを入れ、茹でた麺を投入。そこにもやしを大霊峰のごとく盛り付け、チャーシューを八枚ずつ載せ、最後に刻んだニンニクをマシマシ。
「できましたー!」
宇佐美部長が右手を上げた。星花女子学園料理部版ノリカスペシャルの完成だ。ニンニクを含んだスープの芳醇な香りが食欲をそそるけど、帰りの電車内が心配だな……。
「それじゃ、いただきまーす」
一杯のラーメンを四人で分け合って食べる。昔、一杯のかけそばという話が流行っていたらしいことを思い出したけど、たぶん一人じゃ食べられない量のかけそばをみんなで食べる、といった話じゃないと思う。
だけど中には一口二口食べただけで辞めてしまう部員がいた。宇佐美部長もその一人だった。
「え、もう食べないんですか?」
「だってニンニクの香りがきつすぎるもん……」
ええーー……部長とあろう者が一抜けなんでずるい。部長につきあって他の二人まで抜けちゃったし。
「つーかさー、ノリカスペシャルってニンニクは入ってなかったような気がすんだけど……これってノリカスペシャルつーか、元になったラーメン○郎の再現じゃね?」
太田ちゃんが今更そんなことを言い出した。確かに本格的に作ろうとしたら元ネタにたどり着いてしまうのは必定なわけで。
「まあ、でもこれはこれで美味しいよ」
そう言ってくれたのは同級生の香野美咲。この子も私と同じぐらい食べるけど、一人で一杯分食べようとしている。それを見て私も俄然、食べてやろうという気になった。
「美咲のチャーシュー、すごく美味しい!」
「うん、今日のは自分でもよくできてると思う。口の中でホロホロと崩れて……」
ただ残念なのは麺が思ったほどの美味しさじゃなかったことだ。麺に問題があるんじゃなく、たぶんスープがきつすぎて並の麺じゃついていけなかったんじゃないかと思っている。やっぱり○郎みたいに太麺にしとくべきだったかな。なんて考えていると、
「ごちそーさまー!」
みんなびっくりして声の主の方に振り返った。そうだ、我が料理部には下村先輩に匹敵する大食いがいたのを忘れていた。
「みのりちゃん、もう食べちゃったの!?」
宇佐美部長もドン引きしている。だけど法月みのり先輩のドンブリの中はスープ一滴すら残っていなかった。
「うん、美味しかったー! あっ、食べきれないって人がいたら私が食べてあげるからね」
そう言うと早速ギブアップしたグループからドンブリが差し出され、法月先輩は喜々として大霊峰もやしを崩しにかかった。
先輩の食べっぷりは「溶けて消えていく」といった感じで、上には上がいることを思い知らされたのだった。
この料理部特製ラーメンは後にミノリスペシャルと名付けられ、時々思い出したように作られることになる。
料理部員の面々
朝倉夏樹(藤田大腸考案)
実家がステーキハウスの肉食系女子。ただし恋愛面は草食系。
宇佐美花音(鰯づくし様考案)
立成19年度料理部部長。実はリケジョ。
太田悠里(藤田大腸考案)
長野生まれの子。そのため昆虫食大好き。
香野美咲(しっちぃ様考案)
お姉ちゃん属性持ち。この子もお肉大好き。
法月みのり(楠富つかさ様考案)
星花生御用達「月見屋食堂」の娘。 料理を作るのも得意だが食べるのはもっと得意。「大食いガールズ」のタイトルの元ネタはこの子が主人公のつかさ先生の短編小説。