これじゃ逆ざまぁだ! 呪いの花にやられた犠牲者同士といっても貧民兄妹とエリート魔法使いの私となら断然魂の値打ちが違うはずじゃないか!
私の目の前には、一人の若く美しい女性がいる。真っ暗闇の中、舞台で一人頭上から照明を当てられたように姿が浮かび上がっている。
きわどい部分だけを土色の帯かなにかで隠した格好で、街中ではまずお目にかかれない。
街中で見かけなさそうな理由はもう一つある。頭から植物の茎だか根だかのようなものが生えていて、どこへともなく伸びている。
「初めまして。ようこそ、マンドラゴラクラブへ。私は皆様をもてなすクラブの主です。クラブにちなんでマンドラゴラとお呼び下さいませ」
滑らかに彼女は挨拶した。
「これはご丁寧に。魔法使いのニキリだ」
返礼かたがた軽く手を上げようとして気づいた。身体が動かない。それほど若くない私だが、もちろん寝たきりには程遠い。
「よろしくお願いいたします、ニキリ様。クラブの他のお客様をご紹介しましょう」
そう宣言したマンドラゴラの周囲に、二人が新たに浮かんだ。いや、一人と一体か。後者は良く知っている。前者は単なる少年だった。痩せて血色が悪く、身なりも貧しい。この際関係ないか。
マンドラゴラは見た目に二十代の前半だが、彼女の六割に達するかどうかの年齢だろう。彼もまた、頭から同じように茎か根を伸ばしている。
ある意味で後者の方が問題だった。平均的な人間の大人とほぼ同じ体格のゴーレムで、私が使役していたものだ。それもまた、頭の具合はマンドラゴラや少年と同じだった。
「こちらのお若い殿方はラキ様です。ゴーレムについては……あなたの方が良くご存知ですね」
「他人はともかく、なんで私のゴーレムが先に招待されている?」
不快なのではなく、純粋に前後が分からないので確かめねばならない。
「先に会場入りしたからです。あなたのご命令で」
その不可解な説明に、重ねて質問しようとした矢先。マンドラゴラは私の頭を右人差し指で指した。本能的に自分の右手を動かそうとしたが、やはり断線している。
「ゴーレムから簡単な報告があるでしょう」
『ゴシュジンサマ、アナタノアタマ二ホソイクダガチョッケツシテイマス』
間髪を入れず、ゴーレムがテレパシーを送ってきた。
テレパシー自体は最初から備わっている。いうまでもなく、問題は新たに示された情報だ。
ゴーレムは私に嘘をつかない。魔法で嘘をつかさせられることもない。つまり、事実だ。
「その管は、マンドラゴラの頭にあるのと同じか?」
『ハイ』
そこで唐突に思い出した。確か私は、断崖絶壁の上に咲く花を手に入れようとしたのだ。
八重咲きで、真夏でも冷ややかに青く、握り拳くらいの大きさをしていて一年中枯れもしおれもしない。ほっそりした茎ははかなげで、一層花を引きたてている。
手段がどうあれ、花に近づいただけで不測の事態が起こる。巨大な鳥に飲み込まれたり、落雷に打たれたり。とにかく不幸な最期を遂げるのだ。
それで私は、ゴーレムに犠牲を肩代わりさせるつもりで花の回収を命じた。ゴーレムはあくまで『物』だから壊れようが傷つこうが構わない。花こそ、あれだけの呪いを発揮するなら魔法の研究にまたとない参考材料となること間違いなしだ。
しかし、私は失敗した。ゴーレムごと花の一部に取り込まれた。ここは地中で、花のために水分や養分を取り込む役回りとなったのだ。
土の質感や圧迫感などは全くない。もっとも、自分が生きているのか死んでいるのかも厳密には分からない。
「ご理解頂けましたか、思い出されましたか? では早速、お食事をどうぞ。口だけは開くようになっていますから」
「ということは、呪いの花の正体はお前か?」
まだ自分に理性や知識が残っているのは幸か不幸か。ともかく、意識があるなら少しでも前進したい。
「いいえ、違います。ただ、協力者なのは確かです」
「協力者?」
「ご承知のとおり、マンドラゴラは引き抜かれると奇声を発して抜いた者を殺します。ですが、皮肉にもその性質ゆえに魔法の材料として乱獲されています」
まるで私にあてつけるような内容だ。もっとも、マンドラゴラを題材にしたことはない。
「それで、私は呪いの花と一体化しました。そうすれば引き抜かれずにすみます。その代わりに、あなた達のような犠牲者をおもてなしします」
「おもてなし? そんなことをして呪いの花になんの得がある」
「もちろん、より豊かな養分になるのです」
願い下げだといいたいが、どのみちなすがままにされるしかない。
「具体的にはどうするんだ」
「お食事にして頂きます」
あくまで辛抱強くマンドラゴラは繰り返した。これ以上の会話は不要といわんばかりに、自分の意志に反して口が開いた。その様子は、外から見るだけならば親鳥からの餌を待つヒナのようなものだった。
「はい、こちらにお料理がございます。よく噛んでお食べ下さいませ」
マンドラゴラの台詞が終わるか終わらないかの内に、目の前に小さな青白い玉のようなものが浮かんだ。目を凝らすと、傍にいる少年……ラキとかいったか……の顔そのものだ。
なまじ魔法の研究をしているので理解できるが、もちろん本物のラキではない。ラキの記憶や人格の一部を抽出して精製したものだ。卑俗にいうなら魂の一部と表現してもよい。マンドラゴラのやり口だろう。
拒絶など最初から不可能とわかっていた。ラキの魂の一部がそのまま宙を……地中をという方が適切か……ゆらゆら飛んで口に入ってきた。
その直後、目の前の光景ががらりと変わった。
一目で倒壊寸前のボロ小屋と判断のつくあばら家で、床だか地面だかの上に誰かが横たわっている。汚れ放題の衣服を身につけていて、どうにか幼い女性と判断できた。呼吸は浅くぶつ切りになっており、もう長くないのは明らかだ。
彼女の枕元には、マンドラゴラからラキと紹介された少年が座りこんでいる。髪でもなでつけてやろうとしたのか、彼女の額に手を伸ばした。しかし、それは途中で止まり結局引っこんだ。
「お兄ちゃん……どこかいくの?」
荒い息の合間を縫うように、幼女はラキに尋ねた。
「ああ。薬を買ってくる。すぐ戻る」
段々と早口になる彼の台詞にせよ、兄妹の置かれた環境にせよ、薬を買う金などどこにもないのは明白だった。
「うん」
それでも妹はうなずいた。
ラキが床をたち、戸口に向かうと自然に私自身の視点が流れ始めた。つまり、少し距離をとった上で彼の言動を追っていく形になっている。
彼が家を出た時に広がる光景から、少なくとも私がいる街でもあるのはすぐ察しがついた。もっとも、この兄妹がいるのはいわゆる貧民窟になる。そうした場所へも魔法の材料を仕入れるために稀に出入りするが、愉快な場所でないのは間違いない。
彼は、街中をとぼとぼ歩いてどこかへ向かった。垂れた額や落とした肩とは裏腹に、足どりだけはしっかりしていた。著しく気は進まないにせよ他に当てがないという無言の意思表示を強く受けとった。
実際、彼は大通りの喧騒にすぐ背を向けた。街を貫いて流れる大きなドブ川に突き当たってから、堤防に沿って下流へ進んでいく。
ラキの足が止まったのは、ドブ川の両岸をまたぐようにして両端を据えられたレンガ造りの建物の前だった。川の真上に、水面からほどほどに高くなる案配で、床下から川幅一杯に張った金網の主でもあった。
その建物には二つの意味があった。
一つは、金網はいつでも浚せつ用の鉄板に姿を変えられる。それを使って、川底に溜まったヘドロを川からかき出す。かき出されたヘドロは農家が買いとって肥料にしている。
いま一つは、死体の流出防止柵だ。
この街では、日常的に殺人が起こる。もちろん、大多数の市民にとっては無関係な話ではある。しかし、仕事から家庭事情に至るまでのあらゆることどもはギャングが牛耳っていた。つまり、いくつかの代表的な組織が縄張りをわけあい共存している。それは建前だ。実際には、最末端の組織が上納金や手柄のために、または単なる面子や下らない成りゆきのために血で血を洗う抗争を続けていた。
かくして、最初は単なる汚泥浚せつ施設だったものがいつの間にか行方不明になったギャングの主力発見現場と化している。
その実、浚せつ場は暗黙の了解で中立地帯とされていた。金網の操作は誰でも無料でできるし、汚泥とそれ以外の浚せつは少し街で暮らせば誰でも区別がつくようになった。
そんな場所へ、ラキは入っていった。堤防にたてかけられた梯子階段を上がり、ドアを開ける。
室内は、実のところ私も初めて目にした。思ったより殺風景で、粗末な丸椅子が一つと操作パネルが一つ、あとは古ぼけたテーブルが一つあるきりだ。出入口だけは、川岸のどちら側からでも入室できるよう二つあった。
そして、一人の男が丸椅子に腰かけ、テーブルの上に乱雑に両足を投げ出している。殺伐とした面といい傷だらけの手といい、この上なくギャング然としたギャングだ。
「決心がついたか?」
丸椅子を、倒れない程度にうしろに傾けながらギャングはラキに問いかけた。ラキは黙ってうなずいた。
「よし」
ギャングは右足のかかとで軽くテーブルを蹴った。すると、ラキが入ってきたのとは反対側にある出入口が開いて三人目の男が現れた。椅子に座っている男と、ラキを足して二で割ったくらいの年齢のようだ。安物の礼服から漂う悪趣味さは最初から室内にいたのと同程度にしても。
「こいつを花まで連れていけ。首尾を果たしたらその場で金を払って花を受け取れ。帰り道は、街までは一緒でも構わん」
「分かりました」
命令された男は、ラキに向けて自分の顎をしゃくって見せた。ラキは再び黙ってうなずき、命令された男が歩き出すのに応じてついていった。
それから場面が突然切り替わり、呪いの花が咲く崖が現れた。
命令された男は腕組みしながら崖を見上げている。彼の視線を背中に受けて、ラキはなんの道具もなく素手で崖をよじ登っていた。
ここは街からかなり離れている。なにかあっても、手出しはおろか知られることすらないだろう。ラキがどのくらい相手を信用しているのかは不明瞭だが、彼からすれば他に手だてがないのも間違いなかった。
ともかく、意外なほど滑らかにラキは頂上へと至った。命令された男は、もはや親指くらいの大きさにしか見えない。
いつものように青く咲いている花を前に、ラキはズボンからベルトを外した。それを輪になるように両手で持ち、ベルトが花に触らないよう注意しながら茎にひっかけた。
単純で子供らしい発想の末、ベルトを思いきり両手で引くと茎は案外あっさりと折れて断裂した。潔く花をラキに渡したように思えたが、切り口から赤黒い……ちょうど固まりかけの血のような……液体がどろりと垂れている。
ラキはベルトをズボンに戻し、シャツを脱いで花をできるだけ丁寧にくるんだ。それから、ベルトの背中に花を挿して崖を降りた。
一度でも体験したら理解できるが、登はんというのはむしろ降りる方が難しい。それを器用にこなしたのだから、ちゃんとした家庭に育っていればひとかどの冒険者なり兵士なりに成長したかもしれない。
さておき、確かにラキはまっとうした。命令された男は花の代わりに懐からかなり膨らんだ袋を手にして渡し、受けとったラキはシャツを着直す暇も惜しんで中身を確かめた。
視線がそれた隙に、命令された男は左手で花を手にしながら右手を再び懐にやり、ナイフを出した。振りかぶった刃がラキの首筋に振り下ろされる直前、突然地割れが起きて加害者を飲み込んだ。文字通り、悲鳴を上げる暇もない。
命令された男……そしてラキを殺そうとした男……は、完全に地中に埋没したのではなかった。花のついた茎を握る左手が地面から突きでてぴくぴくしている。
しばらくためらってから、ラキは花を奪った。その途端、彼もまた地割れに飲み込まれた。ラキはもちろん、男の左手も完全に地面の下だ。
二人が消えてから地面はなにごともなかったかのように元に戻り、あとには何枚かの金貨がこぼれた袋だけが残された。
「それでニキリはあのギャングを魔法で地面の中から引っ張り出していきさつを知ったんだな」
ラキの声で、目の前がマンドラゴラと会った時の状態に戻った。一同が最初の通りにそろっている。
怒りに満ちた目尻の吊り上がり方から、私がラキのいきさつを知ったようにラキも私のそれを知ったのが察せられた。
「そうだ。花は自分に手出しする者は許さないが、犠牲者を手助けするのは放っておく」
「手助けなんておこがましい!」
「あのまま行方不明よりましだろう。それに、私は君の妹をも助けたのだ。いや、礼には及ばない。金ならあそこに落ちていたのを使ったから」
「そして、妹をゴーレムにした」
「ああ、その通りだ」
死体からゴーレムを作ることはできる。だが、粘土人形のそれより少し優れているだけに過ぎない。精々、自己修復機能があるくらいだ。
生きた人間をゴーレムにするのは禁忌だが魅力的でもある。
なにより生前の知能と人格を好きなように引き継げる。大人だと、最悪の場合は謀叛を起こしかねない。子供ならそうした心配は減る。この点、ラキの妹は私を命の恩人として感謝していたから好都合だ。もっとも、ラキは死んだと説明しておいたのだが。
「ふざけるな! せめて妹だけでも元に戻せ!」
「あいにくだが一度ゴーレムになったら元には戻らない」
「クズのクソド外道インチキ魔法使い!」
「馬鹿者! あのまま野たれ死にするよりはるかにましな人生を得られたのだ! そうだろう?」
私はゴーレムに確かめた。
『ハイ』
「ラキはどうなった?」
『シニマシタ』
「目の前にいるのは?」
『ラキヲナノルダレカデス』
「お前は私に仕えて幸せか?」
『モチロンデス』
「聞いただろう、これが現実だ」
勝ち誇るまでもない。当然の仔細を聞き分けのない子供に丁寧に教えてやったに過ぎない。
「畜生! 人をもてあそびやがって!」
「そろそろ皆様、お食事が終わったようですね」
マンドラゴラが久しぶりに口を開いた。
「食事とは、記憶を交換するだけなのか?」
仮にそうなら虚仮脅しだ。極端な話、生身の人間同士の会話でも似たような結果にはなるだろう。
「いえ、互いのお姿をご覧ください」
彼女に促され、ラキとゴーレムを交互に眺めた。いや、ラキもゴーレムもいない。本来の姿では。
まるで芸術家がうなされながら見る悪夢のように、ラキは私とまぜこぜになっていた。顔からして右目はラキ、左目は私。左腕や右足は元のままで、右腕と左足は私という風に無理矢理モザイク状に合体していた。
ゴーレムは、同じような感覚で私とモザイクになっている。では私は……?
「お前、顔も体もメチャクチャになってるぞ! ど、どうして俺の妹と混じり合ってるんだ!」
ラキが上下にずれた唇から私に言った。
「そういう君も支離滅裂じゃないか」
「うるさい!」
「外見だけではありません。もうすぐ魂そのものが恨みや憎しみを接着剤にして合体します。それで初めて、呪いの花にとってまたとない養分になるのです」
マンドラゴラがさも嬉しそうに説明した。
「やめろっ! くそっ、養分なんかになってたまるか!」
ラキの悪態は、もはやなにかのギャグとしか思えない。
「あら、皆様の頭についた管から既に中身が吸い出されつつありますよ」
優雅とさえいえるマンドラゴラの口調だった。
「だ……だが、私が発掘したギャングはモザイクになっていなかった。何故だ?」
次第に薄れていく意識を振り絞って、私は最後の質問を試みた。
「人間風にお答えするなら、より太った豚をもたらすためのエサにしたかったからです」
彼女の答にようやく悟った。
つまり、私は食卓でいうところの豚のような存在に過ぎなかったのだ。
そんな衝撃もあっという間に薄れ、自分の名前を覚えるのが精一杯になってきた。
と、そこでズボッと音がして急に目の前が明るくなった。なにより空気の流れを実感できる。
「うわっ、ちょっと遅すぎたかもな」
かすかに聞き覚えのある声がした。
「いや、かえって値打ちがあるかもしれん」
と、こちらは初めて聞く。
「こっちはゴーレムと子供だろうが、どっちみちごっちゃだな」
聞き覚えのある方がまた喋った。
「とにかく持っていこうぜ。いざとなりゃ、ハッタリでもなんでもかませばいい」
「ああ、呪いの花サマサマだ」
聞き覚えのある方のおどけた口調でようやく思い出した。浚せつ施設でラキが最初に会ったギャングだ。
もう一つ思い出した。私が掘り出した、ラキを襲おうとしたギャングは魔法使いの闇オークションでかなり高く売れたんだ。
「どいつもこいつも死ねーっ!」
ラキが叫んだ。ギャングどもがそろって倒れ、即死したのが伝わってくる。死んだギャングの身体から青い花が咲いた。
私の身体がどろどろに溶けて新しく咲いた青い花の養分になる一方、ラキは元の身体に戻り呻きながらたち上がった。ゴーレムもまたどろどろになったが、その中からラキの妹が現れて同じく身体を起こした。
私も叫べばよかったな。
終わり
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