表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/33

蝶の遺跡 18

 湖畔の周りにも、急激に生命体が溢れるようになってきていた。

 一体の首を跳ね飛ばしながら、ドエルフは周囲の様子を注意深く見渡していく。負傷している者、戦意を喪失しつつある者、それでも尚懸命に立ち向かおうとしている者、様々な様子で兵士たちは武器を手に取っていた。

 すでに、首を刎ねれば敵が沈黙することは周知事実だった。が、その後死体が液体となって、再び湖へと戻る様を見たせいで、兵たちの士気ががっくりと下がり始めてしまっていた。その上に、今度は上陸してくる個体数が爆発的に増え始めたのである。堪ったもんじゃないなと、ドエルフは苦笑を浮かべることを抑えられなかった。

 ――こんな調子では、遺跡の中に突入することもできない。

 それはすなわち、一方的に防戦を強いられるしかないというのと同等のことであった。せめて、あの馬鹿みたいに強い侍女だけでも内部に送ってやりたかったが、それすら無理なように思える。

 ところで、その肝心の侍女はどこにいるのだろうか。思い、二体の首を刎ねながら辺りを見回したドエルフは、どう見ても動きがぎこちないミュシナが、水辺で剣を振るっている姿を目の当たりにした。気になって観察している内に、とんでもないことに気が付いてしまう。

 ミュシナは背中からだくだくと滝のように血を滴らせながら、それでも尚鬼神の如き表情を浮かべて生命体と戦い続けていたのだ。さっと、血の気が引くと同時に、あのままでは死んでしまうということが嫌というほどに伝わってきてしまった。堪らずドエルフはミュシナの許へと駆け出し始める。途中、五体の首を刎ねた。

「馬鹿野郎。そんな傷で、なに戦っているんだ」

 怒鳴ると、これまた顔面蒼白のくせに憤怒に彩られたミュシナが首だけで振り向いた。

「口の、減らない御仁ですね。何もくそも、ありませんよ。絶対に許さないって、決めたんです」

「それでお前が死んだら元も子もないだろうが」

 言葉に、脳裏にリナの笑顔が浮かんだミュシナの身体が、一瞬強張った。前方で、剣で塞いでいた一体が、素早く攻撃の手を伸ばしてくる。その太い腕を、ドエルフの大剣が叩き切った。

「ぼうっとすんな!」

「誰のせいだと思っているんですか」

 罵り睨み合っていた間に、二人の周りには大きな輪が出来上がってしまっていた。背中合わせに剣を構えながら、ドエルフはミュシナに声をかける。

「背中の傷は大丈夫なのか」

「さあ」

「さあって、お前な」

「分かりませんが、私はここで死ぬわけにはいきません」

「……お姫様が待っているからか?」

「無論」

 即答したその強さに、ドエルフは笑ってしまった。

「どうして笑うのです」

「いや、面白い奴だなと思って」

「貴方は腹立たしい御仁です」

「ああ。大体分かってる」

 答えて、二人同時に駆け出した。一振りするごとに左右両方から数体の首が刎ね上がる。

「いつか俺と手合わせしてくれねえか」

 叫んだドエルフに、

「リナ様のお許しがあれば」

 と、ミュシナは返答した。

 二人の鬼の蹂躙は、まだまだ続いていく。


 倒した個体数など、とっくの昔に分からなくなってしまっていた。壁際に追い込まれたエルザとシルバは、お互いに荒い呼吸を繰り返しながら、それでも順に近づいてくる一体一体を手際よく破壊し続けていた。

 けれど、それももう限界に近づいていた。エルザは腕が上がらなくなってきていたし、シルバも全身を覆っていたい金色の輝きが失われつつあった。

 舌を覗かせて、隣のシルバが呼吸を荒くさせている様子が見なくても伝わってくる。疲労は限界を超えていた。最早気力だけで立っているといってもいい。負けたくない気持ちだけが、ふたりを奮い立たせていた。

 そこに、三度変化が訪れる。周囲を取り囲んでいた生命体たちが小刻みに痙攣を始めたと思ったら、端から順に溶けて液体になり始めてしまったのだ。驚きのあまり、エルザとシルバはしばし目を見張ってしまう。音もなく水槽へと戻っていく液体を眺めつつ、事態が把握できないふたりは立ち尽くすことしかできなかった。

 だが、即座にふたりは変化が何を指し示すのかを理解することとなる。

 耳煩わしい高笑いが、部屋の中に響き渡った。

「小娘。貴様は私にこう言ったな。お前こそ真っ先に溶けたらよかったのだと。なるほど、言い得て妙だった。確かに私が真っ先にこの液体とひとつになればよかったのかもしれん」

「……ザルク。あんたまだ生きてたの?」

「ああ。投げられた後、まだ意識が残ったまま溶液に溶かされてね。お陰で、こうして生き永らえているわけだよ。その上、こんなにも素晴らしい身体を手に入れた!」

 言うや、水槽の水面が大きく膨れ上がった。まずは頭が、そして、幾人もの幾万もの生命の身体を取り込み肥大化した、巨木のようなザルクの巨躯が姿を現わした。

「ねえ、それ何人分なの?」

「さあて。私にも分からんよ。ただ、今の私にあるのは、幾千、幾万もの精神を統べることのできる全能感だけなんだ。どうだ? 羨ましかろう」

 言うと、頂に鎮座するザルクはくつくつと笑い始めた。応じるように、体中からたくさんの嗤い声が響いてくる。それを、エルザは思いっきり鼻で笑ってやった。

「下らないね。幾万もの精神を統べる全能感? そんなの、あたしなら要らない」

「……なぜだ」

「決まってるじゃない。あたしはね、たくさんの人と一緒に喜びを分かち合いたいの。悲しみを共有したいし、怒りを増幅させたいのさ。あんたさあ、統べたって言うけど、そんな頭ごなしの侍従関係のなにが面白いって言うのさ。誰も歯向かってこない。意見をもらえない。機械みたいに、はいはい頷いて動いてくれる奴らを相手にして何が愉しいの。あたしはね、そんなの大っ嫌いだ。そんなつまらない関係を築くぐらいなら、端っから関わらない方がずっとましだよ」

 言い切ると、ザルクに向けて拳を握り締めた。

「待ってろよ。今ぶん殴りにいってあげるから」

「面白い。人間風情がどこまでできるか、試してやろう」

 言うや、振り下げた腕が先の方から順次膨れ上がって、凄まじい勢いでエルザとシルバに向かって成長し始めた。べちゃりと、水っぽい衝突音を聞きながら、ふたりは左右に分かれて攻撃を躱す。すぐさま攻勢に転じると、腕からザルクの許へ進もうと、勢いよく飛び乗った。

 けれども、足がついた瞬間に過ちに気がつく。唐突に肉塊が液状に変化したのだ。ずぶりずぶりと沈んだ足首は、再びもとの状態へと戻り始めた腕の中に取り込まれてしまう。

「やば」

 呟いたエルザに向かって、ザルクの体表面から節枝のように膨れ上がった肉塊が迫ってくる。どう足掻いても避けられそうになかった。両腕を目の前で交差させて、なけなしの防御の姿勢をとる。少なからずのダメージを覚悟したところに、タイミングよく助けが入った。シルバの巻き起こした疾風が、鋭く太い腕を切り落とした。

 即座に液体へと戻って水槽へと移送し始めた腕の上に立ったまま、エルザはシルバに拳を突き上げる。もう少し遅れていたらと思うと、背筋がぞくりと粟立った。闇雲に向かっては、攻撃すら届かないらしい。しかしながら、エルザはザルクの顔面を殴ってやりたかった。どうすればよいのか。方法を考えながら体制を整えたエルザに向かって、僅かばかりの暇さえも与えんとする第二波が迫りつつあった。

「どうだね。この力を、能力をどう思う。切られても即座に再生し、爆発的な膨張によって君たちを追い詰めることができる」

「何言ってんのよ。あたしもシルバもぴんぴんしてるじゃない」

「強がりは止したまえ」

 嘲笑と共に吠えると、ザルクの体から細い肉枝が勢いよく伸び始めた。空を切りながらドームを埋めつくかのように広がった一撃はすぐさま壁にまで到達し、また壁に突き刺さった枝の節々から縦横無尽に成長を再開させて、逃げ惑うエルザとシルバの体を貫かんと追撃を開始した。

「おっと。あぶない」

 口にしながら、エルザもシルバもするすると枝の隙間を縫っていく。攻撃の速度と密度はなかなかのものだったが、それでもまだふたりには避けられないようなものではなかった。目の前で壁に突き刺さった枝の節から、ふたりに向かって槍のような肉塊が迫る。反射的に横に殴り返して、ふたりは反撃の機会を待ち続ける。

 しかしながら、徐々に狭まる枝の隙間を潜りながら、このままでいずれ逃げ切れなくなってしまうことも理解し始めていた。ようは、鼠換算式に攻撃の手が増えて、行く手を阻んでいるのだ。そう時間もかけずに、この空間をザルクの体が埋め尽くすだろうことは、容易に想像できた。

 エルザは隣を走るシルバに目配せをする。合図を受け取ったシルバは一瞬体を小さくさせて、次の瞬間にはカマイタチを呼び寄せていた。荒ぶる真空の刃が茂っていた肉枝を尽く切り落としていく。

 おそらく、ザルクにしてみても、ふたりが現行の攻撃をかわしきることは予想済みだったのだろう。肉枝の奥に構えるふたりの姿を認識した直後に、砲弾のような肉腫を、鈍い音と共に乱れうちに放った。

 水質的な衝突音と血飛沫によって辺りが煙っていく。光景に顔を顰めたふたりの真正面に、丸々と膨らんだ一発が迫ってきていた。気配に気がついて、エルザは大きく足を踏み出す。足場にひびを走らせながら、渾身の氣でもって肉腫を殴り返してやった。

「無駄な抵抗は止めたまえ。どうせお前たちは死ぬのだから」

 耳煩わしく喚いたザルクに、エルザはにやりと笑ってみせた。

「そんなこと、決め付けないでよ。やってみなきゃわかんないでしょうが」

「小娘が」

 吐き捨てるように口にして、ザルクは再び巨腕による攻撃を繰り出してきた。腕は成長する途中で大きく形を変え、拳に様々な生命の、人の苦悩を浮かべながら、逃げ場など決して生じないように肥大化、覆いかぶさるかのようにして迫ってきた。

 対峙したままシルバが四肢を踏ん張る。体中の毛が、限界を超えて更に逆立っていく。込み上げるように遠吠えをすると、雷撃を迫り来る肉壁に向かって放った。

 痺れ、肉体が硬直したために生じた隙を、エルザもシルバも見逃さない。素早く体勢を整えると、エルザが勢いよく走り出した。一方でシルバは目の前に圧縮した光を召喚し、それをぱくりと飲み込む。同時に、ザルクの巨躯が感電から解放された。

「小賢しい。無駄な足掻きだと言っているではないか」

 三度向けられた巨腕の一撃を、しかしエルザは寸前のところで横に飛び退き、シルバは避けることなく脚を踏ん張って睨み返していた。

「やれ!」

 エルザの叫び声が響くと、迫る拳に向かってシルバが大きく口を開いた。途端に、轟音と共に末尾を描く光弾が、拳から腕、そして身体までをも焼き尽くしながらザルクの放った一撃を貫いていく。苦悶に染まった絶叫が遺跡の中に響き渡った。

「おのれ人間風情が。人間如きがああ」

 憤怒の怒声が谺する。血走った眼で、ザルクはふたりの敵を凝視した。対するエルザは、走り続ける勢いをそのままに、一歩、二歩、三歩と、力の限り踏みしめて、四歩目で遺跡の床を沈み込ませながら、ザルクの体の中腹辺りまで跳躍する。

 シルバもまた、前進するエルザの背中を見て駆け出していた。勢いが死にそうになったちょうどそのとき、遅れて飛び上がったシルバの放った突風が、ぶわりとエルザの身体を持ち上げる。絶対に援護がくると信じていたエルザは、苦悶に歪んでいたザルクの目の前にまで一気に躍り出た。

 言葉にならない叫び声と共に、振り上げた拳を思いっきり顔面に叩きつけた。同時に、拳の、あるいは顔の向こう側で、ぶつんと何かが途切れる音がした。駄目押しと言わんばかりに、エルザは氣による一撃を更に叩き込んだ。

 反動を回転運動で制御しながら着地を決める。側に駆け寄ってきたシルバに指示しザルクの顔面に再び光弾を撃ち放つ。

「何故だ。何故なのだああぁぁ!」

「人間を諦めたような奴には負けらんねえんだよっ」

 そう、エルザが言うのと同時に、光弾がザルクの顔面を焼き貫いた。断末魔が、語尾を引いたまましつこいくらいに鳴り響く。

 唐突に、樹状に肥大した身体が崩れ去り始めた。ぼどりぼどりと水槽に落ちて、そのまま液体へと戻っていった。

 よくよく見れば、ずっと青色に変化していた液体が、再び黄ばんだものへと戻っている。最後に、ザルク顔面の後ろに取り込まれていた脳形の機械が水槽の中に落ちると、ようやく遺跡は静寂を取り戻した。

「……負けるわけにはいかないんだよ」

 呟いたエルザは、思わずシルバに寄りかかってしまった。

 力を出し切ったふたりは、互いに寄りかかりながら見つめ合って、こっそり微笑んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ