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蝶の遺跡 17

 湖畔の水が、鮮やか過ぎる青に変色してしまっていた。異変に気がついたドエルフは、舌打ちをして浮かぶ離島を睨みつける。やはり、もうザルクの野郎は遺跡を起動させていしまっていたのだ。となれば、叫び声の原因など自ずと限られてきてしまう。

「湖がこんなにも青いなんて……」

「なんだ、あんたは知らないのか」

 背後にぴったりついてきていたミュシナに走りながら訊ねた。少し拗ねたような声色で、反論が返ってくる。

「私はリナ様をお守りするのが第一ですから。こんな遺跡のことなんて、本当はどうでもいいのです」

「分かりやすくていいな」

「うるさいですね」

 思わずドエルフは苦笑してしまった。

「で、これはどういうことなのですか?」

「ん? ああ。たぶん、遺跡の機能が本格的に稼動し始めたんだろうと思うんだ。蝶の遺跡が上位生命体を作り出すことを目的としているのは聞いていたよな? 奴らは溶かされた溶液から出現する。けれども、その出現は液体が空気に晒されているところからじゃないとだめなんだ。だから、自ずと遺跡内部では生産能力に限界がきてしまう」

「……つまり、そのためにこの湖全体を遺跡の機能の中に取り込んだと」

「ああ、その通りだ。ほら、もう怪物たちがお出ましのようだぜ」

 言って、ドエルフが指差した湖畔の淵に、ぞろぞろと生命体が上陸し始めていた。突然現れた謎の敵に、王国帝国両陣営とも混乱に陥ってしまっていて、辺りには叫び声と悲鳴とだけが響き渡っていた。

 ぎりりと歯軋りをして、ドエルフが更に足を速めていく。地面に腰を抜かしてしまっていた王国軍の兵に飛びかかろうとしていた一体を、袈裟切りに叩き切った。

「大丈夫か?」

「は、はい。なんとか……」

 ならばよかった。顔を正面に向けると、後ろから着いてきていたミュシナが生命体の間を乱舞するかのように駆け巡っている。通り抜けた側からばたばたと生命体が薙ぎ倒されていく様は、なかなか見ていて爽快なものがあった。

 ドエルフは、思わず口笛を吹いてしまう。やはり、あの女は只者ではなかったのだ。己の目に間違いがなかったことを、少しだけ誇らしく思った。

「あ、ああ。あれ。ま、まだ生きてます!」

 腰を抜かした王国兵が、ドエルフに叫ぶようにして伝える。見れば、叩き切ったはずの傷口には盛り上がるようにして肉が再生していて、見る見るうちに何事もなかったかのような姿に戻りつつあった。

「……これは、参ったな」

 見れば、ミュシナが切り倒した奴らも似たような変化を来たし始めている。とてもじゃないが、とやかく言っているような状況ではなくなってしまっていた。

「お前らあぁ!」

 唐突に振り返ったドエルフが、化け物の襲来に恐れをなしていた王国帝国両軍の兵士たちに喝を入れた。

「ひとまずお互いに睨み合うのはお預けだ! 代わりにしなければならない仕事が増えた。こいつらが拡散するのを防ぐことだ。見たところ、奴らは湖から湧き出してきている。数は分からない。その上不死に近い。しかし、だからこそ俺たちがここで食い止めなければならない。人々の命が関わっているんだ。お前ら、気張って戦いやがれ!」

 声に、脅え戸惑っていた帝国の兵士たちの眼に力強い使命感が戻ってきた。

「私からもお願いします!」

 涼やかな声が響き渡る。テントからリナが姿を現わしていた。

「この怪物たちは、決して皆さんが守り続けている人々に幸福はもたらしません。与えるのは恐怖と混沌ばかりです。ここで食い止めなければ、更に事態は悪化することでしょう。だからお願いです。どうか、奴らを押し留めてください。アバル王国の姫君としてではありません。この世界に生きる一国民として、皆さんにお願いいたします」

 叫びにも似た声に、今度は王国軍の士気が一気に高まった。

 リナは、その可憐な風貌と知的な頭脳、物怖じしない力強い態度とで、広く人民から人気を博していたのだ。そんなリナにお願いされたとなれば、脅え震えているわけにはいかないのも道理である。帝国軍は湖畔を時計回りに、王国軍は反対側へと駆け出していった。

 思いもよらず訪れた共同戦線に、リナは内心驚き、そしてとても嬉しくなっていた。人は、国や考え方が違ったとしても助け合えるものなのだ。そうやって、手を取り合える、思いやれる輪を広げていけたのなら、いつの日か皆が笑っていられる世界が訪れるかもしれない。考えると、勝手に期待に胸が高鳴ってしまった。

 故に、リナは背後に忍び寄る異形の影に気がつくことができなかった。

 小さな身体に向かって、梟を思わせる鋭い鉤爪が振り下ろされる。不意に振り返った瞬間に目にしたのは、もうすでに寸前まで迫っていた爪の切っ先だけで――

 気がついたドエルフが声を荒げたが、元々鍛えているわけでもないリナにはどうすることもできない状況にまでなってしまっていた。

 反射的に目を閉じて、現実から乖離する。ああ、ミュシナに言われた通り、テントの中でじっとしていればよかったと、暗闇の中で激しく後悔した。ごめんなさい、ミュシナ。貴女の言いつけを守らなかったばかりに。

「……お怪我はございませんか、リナ様?」

 聞きなれた優しい声が頭の上から降ってきた。恐る恐る目を開けたリナが目にしたのは、まるで慈母のように穏やかな微笑を湛えたミュシナの表情だった。寸前まで迫っていた恐怖が込み上げるようにして蘇って、リナは思わず涙を浮かべてしまう。

「だから言ったではないですか。中に隠れておいてくださいって。外を出歩かれては、守れるものも守れなくなってしまいます」

「ごめん。ごめんなさい、ミュシナ」

 泣きじゃくりながら謝ったリナの頭に、ミュシナの温かな手が載せられる。

「いいのです。ミュシナはリナ様を守るのが使命でございますから。リナ様をお守りすることが与えられた責務なんです」

 言葉が慈雨のように沁み込んでいった。頷くリナにミュシナは更に続ける。

「リナ様。外が危険なことは重々承知いたされたと思います。ですので、これからしばしの間はちゃんとテントの中に隠れておいてください。分かりましたね?」

「ミュシナは? ミュシナは私の側にいてくれないの?」

 心細そうな表情に、ちくりと胸が痛んだ。

「そうしたいのは山々なのですが、何分、リナ様にたくさんの人を守るように命令されましたから」

 困ったように微笑むと、それでも不安そうなリナの背中を押してテントへと促した。

「もし不安でしたら、そこらへんで負傷している兵士を盾に使ってください」

「盾って、そんなことしません!」

 冗談に対して本気で怒ったリナを愛おしく見つめながら、テントに入ったのを確認するとミュシナはさっと表情に殺気を宿し始めた。

 ずっと背中に鉤爪を食い込ませたままだった生命体に首だけ捻って振り返ると、思いっきり舌打ちをしてみせる。

「お前、リナ様に何しようとした」

 言葉に含まれた怒気に、思わず生命体は怯んでしまう。

「許さない」

 無理やり身体を捻って鉤爪から逃れたミュシナは、回転する勢いをそのままに、力の限り手にしていた剣を振り抜いた。瞬間、何が起きたのか分からなかった生命体は静止していたが、やがて吹き上げた血流によって断ち切られた首が空へと持ち上がってしまった。

 頬に付いた血を拭いながら、ミュシナは剣に付いた汚れを振り落とす。視線は獰猛に、次なる獲物を捜し求めていた。

「絶対に許さない」

 リナに攻撃したかどうかなどもう問題ではなかった。現れた生命体はリナに恐怖を与えたのだから、すなわちそれはミュシナにとって排他すべき対象になっていたのである。怒りで痛みを制圧して、ミュシナの足は再び駆け出し始める。

 その痛々しいまでの深手を負った背中を、リナは泣き出しそうな表情でテントの隙間から見つめていた。


 遺跡の最深部でエルザとシルバが殺した生命体の数は、すでに数十に上り始めていた。

 金色に輝くシルバは疾走して首を噛み千切り、片やエルザも組織が脆弱なのにつけ込んで生命体の首を殴り、蹴飛ばし続けていた。

 最中、新たな発見があった。最初にシルバが殺した三体のことである。奴らはいつの間にか液体に戻って、まるでそれ自体に意思があるかのように流動すると、再び水槽へと流れ込んでいたのだった。

 これにはザルクも大層驚き狂喜乱舞したし、エルザは苦虫を噛み潰したかのような渋面を浮かべてしまっていた。

 つまりは、この生命体はいくらでも作り続けることが可能であるということなのだ。殺され、時間が経てば液体に戻り、自動的に水槽へと帰っていく。再び溶液の中に浸されれば、新たな精神が宿った肉体が頭を覗かせる。

 ここで溶かされた動物や人の数がどれほどなのかは分からないが、その精神の分だけは繰り返し再生を続けることが簡単に想像できてしまった。とてもじゃないが、ふたりで如何こうできる数ではない。

 返り血と崩れる肉とに汚れたエルザとシルバは、徐々にではあるが精神的に押され始めてきてしまっていた。

「はははっ! 素晴らしい。素晴らしいよ、君たち。こんなにも有意義なデータ採集は初めてだ。さあ、もっとだ。もっと私に刺激を与えてくれ!」

 ふざけるな。思ったものの、三体の生命体に囲まれ、代わる代わる放たれる攻撃を避けつつ反撃を試みていたエルザには、口にするだけの余裕が残されていなかった。

 と、シルバが咆哮と共に、体の周りにカマイタチを生じさせる。近づいてきた五体ほどの生命体は、片っ端から細切れになっていった。様子をザルクは興味深そうに、エルザは苦々しく思いながら見つめていた。

 シルバは、白狼と呼ばれている幻獣である。式を編むことを必要としないまま、思い通りの魔法を作り出すことができる幻獣は、しかしそれぞれに得意とする傾向があり、シルバの場合それは雷や光といったものだったので、生み出したカマイタチは非常に負担のかかるものだったのだ。

 素早く新たに迫りつつあった数体の生命体から離れると、シルバは魔法を解除する。傍から見ても息が上がっているのが容易に確認できた。

 ――これ以上長引かせることは危険だ。

 思いながらも、執拗に生命体を作り出し、歪んだ笑みを浮かべながらデータ採集を続けるザルクには微塵も逃がすような考えがないことは明らかだった。

 ――じゃなければ、もう少し休憩を挟ませてくれるもんね。

 自嘲的にそう思い、エルザは垂直に飛び上がる回し蹴りで、目前の一体の頭を吹き飛ばした。

 このままではいずれやられてしまうのは明白だった。ここから逃げ出すか、早期にけりをつけるかしたかったが、どちらもそう簡単にできるようなことではないときている。

 エルザもシルバも、もう身体が悲鳴を上げだしていることに気が付いていた。骨がぎしぎし鳴っているのが耳元で聞こえるかのようだ。歯を食い縛って、それでもふたりは懸命に応戦を繰り返していく。

 休むことは、すなわち死を意味していたのだ。立ち止まることは許されない。本当に死ぬ気で、走り続けなければならなかった。

 シルバが四体、エルザが二体の首を刎ねる。死体は、しかし先に殺したものから順に青色の液体となって水槽に戻っていく。絶望がずしりと圧し掛かってきたように感じた。追い討ちをかけるように、ザルクが端末を操作する。

「なるほどなるほど。連携するだけの自意識は確かにあるようだ。だがしかし、まだ精神が混濁しているように見える。完全な個としての精神が宿った上位生命体は生み出されないのか?」

 ぶつぶつとこぼしてから、満面の笑みを満身創痍のふたりに投げかける。

「さあ次の実験だ。まだまだ頑張ってくれ」

「……あんた、絶対に後で痛い目に見てもらうからね」

 息を弾ませながらも、殺気のこもった視線を寄こしてきたふたりに、ザルクはおどけるようにして肩を竦めてみせた。ざばりと、水槽から新たな生命体が姿を現わす。

 が、その姿は今までのそれとは明らかに違ったものだった。確かに、継ぎ接ぎの肉体ではあった。けれども、生まれてきた生命体は、どれも服を身につけていたのである。ザルクが纏う白衣とよく似た、長い白い外套のような服装。

「……いやはや、これは驚いた。溶けてからの時間が短いと、服装なども復元されるとは」

 言葉に、エルザは耳を疑った。

「……溶けてからの時間が短いって、あんたもしかして……」

「ああ。もちろんだとも。一緒に連れてきた部下たちにも実験に参加してもらったのだ。まあ、嫌がると可哀想だからね、気を失わせて投げ込んだんだ」

 言って、ザルクは懐から部下の意識を奪った高圧電流装置を取り出して、ばちばちと紫電を光らせてみせた。

「これでちょいちょいっとさ」

「……最っ低ね」

「そうだろうか? 私としては、彼らを上位生命体にまで昇華させてあげたのだから、てっきり喜ばれると思っていたのだが」

「そんなわけないでしょうが!」

 エルザが吠えた。ザルクは己の優しさが伝わらなかったことに少ししゅんとしてしまう。

「分からないのか。今ある生命から、より強靭ある生命へと進化できるのだぞ? 素晴らしいことじゃあないか」

 問い掛けに、エルザは吐き捨てるように言い放った。

「生憎、あたしは今この身体であることを、この精神が作り上げた関係ってものをね、すごく掛け替えのないものだと思ってるの。上位生命体? より強靭な生命? 馬っ鹿じゃないの。人間はね、限られた閾値の中で頑張るから輝くんだよ。その限界を超えようと、今ある肉体と精神で足掻くから美しいんだ。それをあんたは踏みにじった。絶対に間違ってるよ」

「分からなくもないが。だが、私だって今あるこの頭脳で懸命に考えているのだぞ?」

「だったらあんたが真っ先に溶けちゃえばよかったじゃないの。部下を材料のようにしか見てなかったくせに。結局我が身が恋しかっただけじゃんか」

 言葉に、ザルクは微笑んだだけで反論をしてこなかった。水槽から上がった生命体が、べちゃりと歩を進め始める。

「う……あぁ……」

 漏らした呻き声に、ザルクが色めきたった。

「お、おお。素晴らしい。素晴らしいぞ、このサンプルは。まさか音を操るとは。もしかすると、喋ることができるかもしれん」

 興奮を隠そうともせず、ザルクは端末の前から歩く生命体に呼びかける。すると、一体がザルクの方へ。残りの数体がエルザとシルバ、それぞれの方へ分かれて近づいていった。

 途端に、殺すことに躊躇いを芽生えさせてしまったエルザだった。今までの怪物は、ともすれば人間の外貌などほとんど残してもいないも同然の姿をしていたのだ。にも関わらず、今現れた数人は、確かに継ぎ接ぎだらけではあったものの、それぞれが成人した人間の身体だけで構成されており、更にはザルクから聞いたついちょっと前までは生きていたという事実が、振るう拳から力を奪ってしまっていた。

 戦い始めたシルバを視界の端に捉えながらも、エルザはにじりにじりと後退を続けるしかなかった。殺したくない。今更ながら、激しくそう思った。

「う……うぅ……苦、しいよ……頭、が……ぐ、ぐる、ぐる、する……た、たす、たすけ……」

 聞こえた声に、思わず涙がこぼれそうになった。ザルクは上位生命体にしたやったなどと口にしていたが、そもそもこの人たちがそれを望んでいたかどうかは分からないのだ。

 気が付かないままに身体が分解され、精神と分離されて、やがて作り出された肉体に、詰め込まされるようにして精神を植えつけられていく。己の身体ではない、誰かの身体が繋がっている事実。あるいは、同じ肉体に違う誰かと無理やり混ざり合いながら存在しなくてはならない混乱と苦しみ。

 何が上位生命体だ。人を苦しめるような進化があって堪るか。思ったエルザは、瞳に宿す意思を新たにして、目の前で腕を振り被っていた生命体の一撃を、上体を右に反らしただけで躱した。

 そのまま一歩踏み込んで、顎下から突き上げるようにして右の掌を打ち放す。氣の込められた一撃は、反動で床を大きくへこませながら生命体の首を易々と後方へ吹き飛ばした。

 その後も素早く、周囲に集まってきていたかつての研究員たちを手に掛けていく。膝を砕き、腕を粉砕し、生じた隙を突いて頭を刎ねていく。心を殺しながら攻撃を繰り返すエルザの背後で、シルバもあらかた集まっていた生命体を片付いけたようだった。

 怒りを宿した眼差しで、エルザは端末の前に立っていたザルクへと視線を向ける。こいつだけは何があっても許さないと心に決めていた。

 けれど、視線を向けたその先で、エルザはとんでもない光景を目の当たりにする。なんと、ひとりだけ別行動で端末がある方へと歩み寄っていた怪物が、その太い腕をザルクの腹部に突き刺していたのだ。

「……がはっ」

 鮮血を吐き出して、白衣を纏った身体は激しく痙攣する。ザルク自身、どうしてこのようなことになったのかがよく分かってはいなかった。

「どう、してだ。魔術式は完璧だったはずなのに。どうして、私のことを攻撃する」

 問い掛けながら見上げた生命体の顔に、ザルクは見覚えがあった。一番最初に、高圧電流装置で意識を奪った研究員だった。

「……刹那の、憎しみが……まだ残っていたと、そういうわけか……」

「う……あぁ……痛いぃ……苦、しい……」

 呻いて、生命体はザルクの身体ごと右腕を大きく振るった。

 途中で腹部から腕が抜けたザルクは、そのまま宙を水平に横切り壁に激突。溶液の中に、真正面に落ちていった。

 呆然としたままことの次第を見守っていたエルザとシルバは、しかし端末を操作しだした生命体の姿を確認して、嫌な予感が全身を突き抜けるのを感じた。

「う……うぅ……うああ……タス、助ケテ……タス……た……」

 突如として生命体が雄叫びを上げた。叫びに呼応するかのように遺跡が大きく震えだす。足場を奪われながら、エルザはとある仮説を立ててみていた。それはつまり、肉体が溶解して混じりあったものとして結合しているのならば、精神もまた同じように行われているのではないかということである。

 ザルクは、魔術式は完璧だったといった。だが、それを確かめる方法などどこにもなかったではないか。生まれてきた生命体は、ろくに喋られない上にただ攻撃本能を有しているだけである。どこに精神が統合されていないという理由があろうか。

 更にと、エルザは思考をもう一段階進めてみる。

 例えば、である。肉体の場合、そのありようが物質であるが故に、正確な意味での混じりあうことなど絶対に不可能ではあるが、実態を持たない精神の場合、ことによっては全てが溶け合って混ざり合っているのでないだろうか。それはつまり、ひとつの生命体の中に、幾千幾万もの生命に宿っていた精神が詰め込まれているということである。そして、それらの精神は、あの溶液を媒介として互いに共鳴しあっていたのではないか。だからこそ生まれた連携であり、行動ではなかったのか。

 仮に、もしそうだとするならば、である。今生命体が口にしている苦しい、助けてという言葉は、全ての生命体の意思なのではないか。そして、その方法を見つけたから、生命体は端末を操作しているのではないのか。

 ――彼らにとって、救いとはなんなのだろう。

 考えたエルザは、ふと、殺された肉体が液体に戻り、再び水槽へと戻っていく映像を思い出していた。

「……まさか」

 びたりと水槽から音がして生命体が床に這い上がってくる。その数、ざっと二十。桁違いに多い量だった。そして、その量を確認して、エルザは思い至った結論が正しいことを確信する。

 ――彼らは殺されることを望んでいる。

 猛烈に悲しくなった。同時に、かつてこの遺跡を作った連中が憎くて仕方がなくなった。

「たす……け、て」

 耳を塞ぎたい衝動に駆られながらもエルザは拳を構え、シルバは唸り声を上げながら上体を低くさせていた。

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