蝶の遺跡 16
エルザが最深部にある空間の入り口を蹴破った時、扉の前にも中にも、忙しく作業を続けていた研究員たちの姿はなく、ただひとりザルクだけが恍惚とした表情を浮かべながら脳形の機械が浸された水槽の前に立ち尽くしていた。
「あんたがザルクね?」
「……いかにも。それにしても、ようやくご来客の登場か。一体どこの誰だ」
「誰かさんのお陰で甚大な被害を受けたガルナックからぶん殴りに来てやったよ」
息巻いたエルザの隣で、シルバも体を低くさせて唸り声を上げている。
悠然と振り返ったザルクはふたりの様子をつぶさに観察すると、感心した様子で手を叩いた。
「おめでとう。ガルナックの人間が一番乗りだとはね。王国を発った直後に侵入者があったようだが、もしかしてあれは――」
「あたしがやった」
「なるほど。威勢だけは一人前なようだ」
嘲笑に、かちんとエルザの頭が音を立てる。
「なにさ。言いたいことでもあるわけ?」
「いやいや。取り立てて何があるわけでもないが。……ただ、先代の局長の、あの女の意思とやらを引き継いだ生温い集団からやってきた小娘らしいなと思っただけだ。いつも私の邪魔ばかりをするからな」
「先代の局長……シエラさんのことね?」
「そうだ。その女だ。かつては私の上司として行いたい研究を妨げ、死して尚も数年もの間はその甘っちょろい研究理念で束縛し、あろうことか怨霊のように意志だけを王国の姫君に受け継がせてことあるごとに衝突させてきていた。とんでもない女だよ」
エルザは注意深くザルクの動向を伺いながら言葉を述べていく。
「じゃあ今回もだ。リナはあたしたちに協力してくれたからね。お陰でこの遺跡の機能と危険性が分かったし、何より場所が割り出せた」
「ほぅ……。あの世間知らずはそのようなことをやっていたのか。まあ、分かるようにわざわざ資料は残しておいてやったんだがな」
「どういうこと?」
訊ねると、ザルクはさも可笑しそうに高笑いを続け、ことの顛末を教え始めてくれた。
「頭の悪い愚か者であっても、それくらいの譲歩はしてやらないといけないなと思ったのだよ。まったく、誰も彼も私の考えていることなんてひとつも理解できてやいない。国王は馬鹿正直に軍を強くすることだけを考えていて、魔道局の部下どもは恐れをなして距離を開けるばかり。ダルフォール帝国にしたってそうだ。ゆくゆくは一時の足止めに活躍してもらおうとだけ考えられているとも知らずに、足しげく遺跡に人を送っていたんだからな。王国は何も動いちゃいないのに、国境付近に兵を集めた時なんて失笑ものだったよ。あまりの愚直さに、涙が溢れそうだった」
一字一句を、エルザは身体が冷たくなっていくの感じながら聞いていた。わなわなと震える唇が、なんとか言葉を紡ぎだす。
「もしかして、全部あんたが……」
「そうだとも。こうも簡単に運んでくれるとは思っていなかったがな。帝国にわざわざ情報の一部を流し、一方で王国には内容を漏らさずにね。まあでも、私の探求のために皆よく動いてくれたよ。感謝している」
人を馬鹿にするのにもほどがある。エルザは目の前に立っている長髪の男に対して、激しい嫌悪感を抱き始めていた。
「探求って、あんたの望みはなんだったのよ。こんな最低な遺跡、何が目的で再稼動させたのさ」
「実にいい質問だ」
ザルクの目が輝いた。両手を大きく広げて、悠然と歩き出しながら演説をし始める。
「私は、常々人という存在に限界を感じ取っていたのだよ。頭の悪さもそう。肉体の脆弱さも、制御しきれない欲望の肥大にも飽き飽きしていたんだ。だってそうだろう。国家のため、国民のためとは言いつつも、結局は己たちの欲望を外に向かって押し付けているだけだった。生まれる苦しみになんて目は向けない。知らん顔だ。ただ、自国が安全ならばいい。隙を見せないように、注意深く牽制しあって、いつも相手の動向を伺っていた。無論、いつかは攻め入るためだ。これを愚かと言わずして何と言おう。話は、何も国家間の関係についてだけに留まらない。実生活にしたってそうだ。隣のあいつよりもいい生活がしたい。あいつよりもいい女と巡り会いたい。そんなくだらない比較だらけだ。繰り返すが、本当に飽き飽きしてしまったのだよ。だから、私は救済を夢見た。この愚かな人類を救う唯一の方法を求めたのさ」
「……それが、この遺跡の機能ってわけなの?」
「そうだとも。ある日、局長室で古いダルファの文献を見つけてね。まだ、シエラが存命だった頃だよ。なんだろうと不思議に思いながらこっそりと持ち帰って読んでみた中身に、私と同じような思想が列挙してあって驚いたんだ。もちろん、激しく感動もしたがね。ああ、私はひとりではなかったんだって。同志は、最早この世には生きていはいないが、文献の中に確かに息づいていた。そして――」
ザルクが端末の前で立ち止まり、手を素早く移動させ始める。
「――これがその成果なのだ!」
言うと同時に実行コードを入力し終えたのだろう、遺跡は震え、立ち並ぶ容器の中の液体が激しく移動し始めた。エルザは、遺跡の最深部にある水槽に浸された機械の上から、おびただしいまでの量の蝶が飛び立つのを確認する。そしてその下、満たされた青色の液体の奥から、蠢く気配が登りあがってくるのを感じ取っていた。
傍らのシルバの白い毛が限界まで逆立って、先っぽがほんのりと金色を帯び始めている。興奮しいるのだ。牙を覗かせながら唸り声を上げる姿からは、確かな殺気が立ち昇っている。
びたん、と、水を目一杯吸い込んだ布を有らん限りの力で床に叩きつけたかのような音が空間の中に谺する。ざわりと、エルザの肌が粟立った。続けてもう一回。同じ音が全身の緊張を高めていく。着々と交戦の準備を整えていくエルザとシルバの二者とは対照的に、ひとりザルクだけは目を見開き期待に胸を躍らせていた。
液体の中から、何かが頭をもたげ始める。盛り上がった青色の液が、勢いよく水槽へと零れ落ちていく音が聞こえる。片足が床を力強く踏みしめて、ゆらりとそれは姿を現わした。眼差しに射抜かれた瞬間に、エルザとシルバは出現した相手が間違いなく敵であることと確信する。
と、狂ったかのような高笑いが空間の中を満たし反響し始めた。見れば、ザルクが両手を大きく広げて、実験の成功に対する歓喜を全身を使って表現していた。様子に、エルザは思わず顔を顰めてしまう。
「これだ。これでこそ科学なのだ。魔道なのだよ。さあ行きたまえ。私の研究を妨げる存在を排除するんだ」
指示するや、不気味なほどに青白いそれは、ぬらりとした粘着質の膜に覆われた全身を痙攣させて、片方は成人男性かと思えば、もう片方はどう考えても子供の足にしか見えないちぐはぐな両足を踏みしめながら、よたよたと歩いてきた。胸にはいくつもの乳房がぶら下がっている上に、なぜか左肩からは腕が生えておらず、代わりに右腕からは丸太を思わせるかのような巨大な腕が傾いた体を支えている。口からは獣のそれを思わせるかのような牙が覗いており、獰猛な色を宿した瞳からは理性の欠片など微塵も感じられなかった。
――怪物め。
忌々しく思ったエルザは、ザルクの横を素通りしてまっすぐに向かってくる上位生命体と対峙しながら声を荒げた。
「これが、これがあんたの望んだ姿なの。こんなちぐはぐな体で、指示されたことだけを従順に守るだけの存在が、あんたが目指した救済だって言うの?」
「……無論これはまだ研究の余地がある。かつての計画は、つまらない失敗で頓挫してしまっていたからね。だからこそ、私がこの時代で受け継ぐのだ。生まれた生命体を解剖し、解析し、もっと崇高な、完成された肉体を、精神を、生命を、合成することこそが私の使命なのだから」
朗々と述べられた言葉に、吐き気がした。
「狂ってる」
「なんとでも言うがいい。ただこれだけは忘れない方がいい。時として、狂気の中より生まれる成果というものが存在するのだと言うことだけはね」
言葉が言い切るのをいい契機と捉えたのか、ザルクが言い終わるや、生命体はその両足からは考えもつかないような機敏さで軽々と跳躍して見せた。
エルザとシルバの頭上に、勢いよく豪腕が振り下ろされる。咄嗟に二手に分かれて攻撃を躱すと、エルザはシルバに向かって反撃に移るよう呼びかけた。
「手加減なんてしなくていい。やるよ!」
言葉に、毛先に滲んでいた金色を一層強く浮かび上がらせたシルバが猛々しく吠えた。二つの双眸は、巨大な拳で床を穿った生命体へと向けられている。敵意に気がついたのか、生命体もまたシルバを蹂躙すべき敵であると認識したようだった。
様子を、ザルクが興味深そうに見つめている。
「なるほど……。あの獣は幻獣だったのか。となると、一体では足らんかもしらんな。もう二、三体生んでおくか」
カタカタと手が端末の上を移動する。エルザがザルクを殴り飛ばそうと駆け出し始めた頃には、もう新たな敵が出現し始めていた。
ざばりと、床に粘着質の液体が叩きつけられる音がする。はっとしてエルザが振り返ると、二つの頭が水槽から顔を覗かせ始めていた。上がってくる場所は、エルザとザルクとの間である。仮にもしこのまま突っ切ったとすると、背後から攻撃を受ける恐れがあった。
一撃で遺跡の床を穿った怪物なのである。破壊力は、エルザの足を止めるのには十分すぎるほどの心象を植えつけてしまっていた。
舌打ちを予期せず大きくさせたエルザは、腰を深く落として初撃に体制を整えていく。尾?骨の辺りから長い猫のような尻尾を伸ばした一体が、ぎょろりと視線を動かしてきた。瞬間エルザの全身を、突き刺すかのような敵意が通り抜けていく。猫らしい縦に伸びた瞳孔が攻撃の意思を宿していた。
その猫目が、しなやかな獣の足を踏み締めて、一瞬にして開いていた間合いを詰めてくる。エルザとの身長差は優に頭三つ分ほどもあった。故に、放たれた蹴りは当然エルザのそれに比べれば遥かに長い尺を有しており、圧倒的に不利な戦闘が始まったのは誰の目が見ても明らかだった。
けれど、横薙ぎに頭を狙ってきていた一撃を、エルザは即座に足を屈めて躱した。続けて素早く足を伸ばすと、バネの要領で勢いをつけた返しの拳を相手の腹部に叩き込んだ。ぐにゃりと不快な感触が掌から伝わってくる。不快感に表情を歪めながらも、エルザは氣による二撃目を臓腑に波及させた。
ぼんと爆ぜるような音を響かせて、猫目の背中が崩壊する。まだ生まれたばかりの体だったのだ。体組織の結合は思っていたよりも弱かったらしく、呆気なく瓦解を許してしまっていた。
折られた背骨が勢いよく後方へと飛んでいく。素早く間合いを取り直したエルザは、そう思えばもう一体はどこへ行ったんだろうと、シルバの方へ目を向けようとした。
その瞬間、鞭のようにしなる一撃が側頭部を強襲した。不意に訪れた一撃に、傾いていく視界の中でエルザは混乱を新たにする。
――なにこれ。
近くに動けそうな、もしくは攻撃を与えてくるような敵の存在は確認できていなかったのだ。いたのは、腹を打ち抜き、脊髄を損傷したためにもう動けなくなっていたはずの猫目だけだった。ならば、一体誰が攻撃可能だったのか。横倒しに思いっきり床に叩きつけられたエルザは、脳震盪のため揺れる視界にいらいらしながらも、よろめきながら再び立ち上がった。
懸命に辺りを見渡しながら、敵の存在を確認しようと努める。背後から再び衝撃が訪れた。エルザは前のめりに吹き飛ばされて、ザルクの足下にまで滑っていってしまう。頭を、無骨な靴が受け止めた。
「言い忘れていたのだが、ここで生まれた生命体は、生まれた素が生命を溶かした溶液であるもんだから、想像を絶するような再生能力を有しているんだよ」
――くそったれが。
頭を踏み躙られながら、エルザは拳を握り締めていた。
その足を、腹を穿たれながらも攻撃を仕掛けていた猫目が勢いよく引き摺り上げると、玩具のようにぐるぐると振り回し始めた。目まぐるしく回転する視界に酔わされて気持ちが悪くなってきたエルザを尻目に、途中で飽きたのか、つけるだけ遠心力をつけた後に、猫目は掴んでいた足を空中で手放した。
エルザの身体は背中から遺跡の壁に激突してしまう。身体中の骨という骨が軋みを上げ、筋肉が千切れていくような錯覚に襲われた。肺からは空気が搾り出されてしまったものの、痛みのせいで呼吸がままならない。
ずるりと滑り落ちたエルザは、ボロ切れのように薄汚れた姿のまま、恨みがましく近づいてくる猫目に目を向けた。視界が霞み揺れているために、その姿は幾重にも重なっているかのように見えている。
動かなければならないと、立ち上がらないと、とエルザは急きたてられるかのように念じる。早く早く早く。早く立たないとやられてしまう。けれども思いとは裏腹に、攻撃を受けた身体を言うことを聞かず、ただただ呆然と猫目の接近を許すことしかできないでいた。このままではやられてしまうのに!
ザルクの嘲笑が響いたかのような気がした。
猫目が一歩、また一歩と近づいてくる。
悔しさに身体は強張って、瞳は閉じられてしまった。
意識が、狭くなる視界の端に躍り出てきた白い影を捉えていた。
ぎゃあ、という断末魔と共に間近まで迫ってきていた猫目がのた打ち回る音が聞こえる。何事かと目を見開いたエルザが見たのは、金色に輝くシルバと、その大きな体に踏みつけられながら咽喉許に噛み付かれていた猫目の姿であった。
「シルバ!」
声に反応するかのように、首を激しく振り動かしたシルバは、猫目の首を噛み千切って、その首を遠くへ放り投げた。びくんびくんと、脈打つような痙攣を数回繰り返した猫目の体は、やがてそのまま動かなくなった。向けられた心配する目つきに、エルザは思わず安堵の声を漏らしてしまう。
「はあ……。助かったよ、シルバ。ありがと」
一瞬だけ、シルバの表情が綻んだような気がした。
「対人戦ではまずまず。が、幻獣ともなるとさすがに厳しいのか」
いつの間にか首を噛み千切られていた二体を眺めながら呟いたザルクを、唸り声を上げるシルバと、立ち上がったエルザとが睨みつけた。
「現状での弱点は頭部の切断か。精神が脳に宿っているからなのか、それとも他に要因があるのか……」
「おい、お前」
呼び声に、ザルクがぼんやりとした目を上げた。
「なんだ? 今思考している最中なんだ。話なら後にしてくれないか」
「ふざけんなよ。早くこの馬鹿げた遺跡を止めなさい」
「……どうして? なぜ止める必要があるのだ。まだまだ考察するために必要なデータを集めきっていないのだぞ? 面白くなるのはここからじゃないか」
言いながらも、無表情から壮絶なる歪みへと表情を変化させて、ザルクは再び端末を操作する。ごうんと遺跡が一際激しく振動して、エルザとシルバは思わず姿勢を崩してしまった。
「さあもっと、もっと楽しもうじゃないか。研究とは快楽なのだ。己の欲求を遂げるその時まで続く、失敗の連続なのだ。苛立ちはやがて甘美な刺激へと変わって私を溺れさせていく。まだまだこんなものではデータが足りないのだよ」
口の端から泡を垂らし、飛沫を撒き散らしながらザルクは言った。姿を、エルザは甚だしく醜悪だと思った。
「さあ、第二ラウンドだ」
水槽から、再び頭が持ち上がってくる。今度は五体はいそうだった。ふたりはそれぞれ体勢を低くさせて、敵の強襲に備えていく。
――ぶん殴るだけじゃあ、許してやらない。
ザルクに対して、エルザは憎悪にも似た感情を抱いていた。
遺跡の外では、また少し内容の違う対峙が続いていた。
リナが率いる王国軍と、ドエルフ率いる帝国軍との睨み合いである。
ザルクの野望を確実の下に晒したリナは、王国にかえるや国王を説得、急慮ザルク討伐のための編隊を組んでとんぼ返りのように湖畔に浮かぶ腸の遺跡までやってきていた。
対するドエルフもまた、帝国の軍司令部に集会で得た情報を報告し、また新たな指示を受けて遺跡までやってきていた。
「俺たちはよう、この遺跡を確保するように言われてきているんだ。だから、お姫様の要求は受け入れられないよ」
「しかし、貴方にも遺跡の危険性は十分理解できているはずです。こんな遺跡、誰の手にも渡らない方がいい。簡単なことじゃないですか」
話し合いは平行線を辿っていた。共同戦線を持ちかけるリナと、あくまでも上の命令を重視するドエルフ。二人とも芯が確かな故に、交じり合うことなど到底叶いそうになかった。
「なあ、お姫様よ。俺は言ったよな。あんたの考え方は甘いって。確かに、俺だってできることならこんな遺跡は使いたくはないさ。でも、上が命令してきてるんだ。だったら従うしかねえじゃねえか。これでも、一応組織人間の端くれなんでね。下手に逆らって今後の役職に影響が出ないとも分からない。俺には武芸しか誇れるものがないからな。命令はなんだって聞き続けなければなんないんだ」
「そんなのおかしいですよ」
諦めたように口にしたドエルフに、リナが食って掛かった。
「確かに、私の考え方は甘い。あなたの言う通り、この世界は一部の人間の思想や考え、欲望などで動いているのかもしれません。でも、だからと言って私たちの願いを捨てる必要はないんですよ。抱いた夢があるのならば、それを追い続ければいい。願い続ければいい。何事も一歩踏み出すことから始まるのですから」
語るリナの脳裏には、力強く笑うエルザの表情が浮かんでいた。
「だから、私は諦めません。絶対にです」
真っ直ぐすぎる眼差しに、思わずドエルフは肩を竦めてしまった。数日前までは信念が崩れ去った上に、基礎が曖昧な夢物語だけを語っていた虚ろな目の少女に過ぎなかったというのに。成長とは早いものだ。比べて俺は固くなってしまったなと感傷的に思ってしまった。
「……何を言われてもだめだ。俺が頷くことはありえない。諦めてくれ」
言って立ち上がった。信念に後ろ盾された神々しいまでに輝く強さを前に、矮小化されていく己の姿とこれ以上向き合いたくなかった。
が、話し合っていたテントの出口へと向かう途中で、ドエルフの足はぴたりと止まってしまう。
「……どういうつもりなんだい?」
入り口で、緩やかな曲線を描く長身の片刃を抜刀したまま立ち塞がり、鋭すぎる目つきで睨んでいていたミュシナに向かって呆れたような声を出した。
「リナ様はまだ納得しておられません。席に戻るよう、お願いいたします」
「あんたもかよ」
呆れを通り越して、素直に驚いてしまった。がっくりと項垂れると、俯いたまま返事をする。
「言葉で説明しても分かんないのかねえ」
「席にお戻りください」
「いや、俺も好きでこんなことしてるんじゃないんだよ。そんなこと、分かるだろう。俺は確かに口にしたはずだしさ。本当、できることならあんたたちと同じく動きたいよ」
「席に――」
「でも、もう何を言っても聞いてもらえないみたいだな」
面を上げたドエルフに視線に、並々ならぬ威圧感を受け取ったミュシナだった。片手で握っていた剣に、両手を添えて体勢を整える。ドエルフもまた背中に担いでいた大剣の太い柄に手を伸ばし始めていた。
「実を言うとな、初めて会ったときからあんたとは一度手合わせ願いたいと思っていたんだよ」
「奇遇ですね。私も似たようなことを考えておりました」
言って、二人は互いににやりと笑い合った。ひとり、席に座ったままのリナは、始まってしまった睨み合いに心を痛めていて、どうしてこうなってしまうんだろう、どうすればここから事態を打開できるのだろうかということを懸命に考え始めていた。
「気にいらないんだよ」
「お互い様です」
言い合う二人の間に流れる緊張は、極限にまで膨れ上がりかけていた。
どうすればいい。どうすればこれから起こってしまうであろう戦闘を回避できる。考えに考え続けたリナは、しかし結局具体的な解決策を講じることが間に合わなかった。
振り被られるドエルフの大剣。ミュシナは素早く相手の懐に飛び込んでいた。
「やめ――」
「うわああ!」
突然テントの外で叫び声が上がった。ぴたりと、交錯しかけていた二人の動きが止まる。
「な、なんだあ、こいつら。うわ、く、来るなあ!」
なにやら不測の事態が起こっているらしい。互いに睨み合ったドエルフとミュシナは同時に頷くと、素早くテントの外へと駆けていった。
「あ、ちょっと待っ――」
「リナ様はこの中に隠れていてください。外は状況が分かりません。しかし、心配はご無用です。リナ様は必ずミュシナがお守りいたします」
言い残して、ミュシナはドエルフの後を追ってテントを出て行ってしまった。残されたリナは、ただ一人呆然とすることしかできないでいた。