表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/33

蝶の遺跡 11

「だーーっ! もう鬱陶しい!」

 忌々しそうに声を荒げながら、エルザは庭に面した長い通路を走り続けていた。背後から、側面から、正面から、侵入者たるエルザを捕らえるために武装した兵士たちが引っ切り無しにやってきている。

 数人までは不意を突いて気絶させることもできていた。それでも相手は王国の中枢にいる警備団だ。時が経ち、人数が膨れ上がるに連れて、エルザは防戦――むしろ遁走――ばかりを強いられるようになってきていた。

 傍らに、シルバがいないことが悔やまれた。どう変装しようがシルバがいたのでは侵入に支障をきたすと考え、外で待ってもらうことにしていたのだが、今となってはどちらであっても大差はなかったように思えた。

 ――結局見つかっちゃうんだもんね。

 悔やみながらもエルザは大きく踏み込む。甲冑越しに、真正面に立ち塞がっていた兵士のどてっぱらに拳を叩き込むと、同時に踏み込んだ床にクモの巣を思わせる亀裂が走り抜けた。

 エルザは氣による特殊武術の使い手である。一点に集中したエネルギーが鋼鉄製の甲冑を砕きながら、兵士を通路の奥へと吹き飛ばしてしまった。

 そのまま身体の運動を止めることなく、踏み込んだ右足を軸足として、前方に横薙ぎの回し蹴りを放つ。左右に残っていた二人の兵士を壁に叩きつけると、背後から迫ってくる声に舌打ちをしながら再び駆け出し始めた。

「面倒くさい!」

 叫んだエルザであったが、事態を招いたのは己の不手際が原因だった。

 計画ではもっと穏便に、誰にも追われることなく隠密捜査をすることができるはずだったのだ。モルサリに言われて、やるべきことを見つけなおした日から四日。王国の首都、ゾッカにある魔道局に潜入しようと、シルバには宿で留守番を頼み、王宮への通行が許されている行商の荷台に隠れ乗るところまでは順調に進んではいた。

 唯一の誤算は、運悪くも王宮を出入りする荷台の突発的な検査が行われてしまったことだった。運転する行商人も久しく受けていなかったことらしく、入り口付近で一悶着起こしていたのを、荷台のエルザは息を殺しながら聞いていた。

 やがて、門兵の一人が近づいてきた。そのまま隠れ続けているわけにもいかず、荷台から飛び降りるのと同時に兵士の顎を蹴り上げたエルザは、驚嘆と怒号とが入り混じった声を背後に聞きながら、このまま追っ手をまいて局へと侵入するように計画を変更した。

 この時点では、まだなんとかなるとは思っていたのだ。逃げ足には自信があったし、すぐにでも隠れ場所が見つかると考えていた。

 けれど、さすがは王宮の警備だけはあった。隠れる暇さえ与えず、疾走していた進行方向から第一陣が登場し始めたのである。

 これにはエルザも驚いた。踵を返して角を折れ、違う進路から進もうと試みたが、どういうわけか再び前方から兵の集団が現れた。同時に、背後からも声が接近してきている。

 この状況になってようやく、エルザは作戦が失敗したことを悟った。逃げ込みながらも進もうとする方向からことごとく出現する兵士たちは、あたかもエルザの思惑に勘付いているかのように迫ってきていて、目的としていた魔道局からははるか遠く、いつの間にか王宮の東通路を走らされる羽目になってしまっていた。

「ほんっとに邪魔なんだから!」

 毒気づきながら、再び目前に迫っていた一個隊に突撃せざるを得なくなってしまったエルザの胸部と膝めがけて、左右双方から薙ぎ払うかのように棍の一撃が放たれる。

 瞬間的に軌道を予測、臆することなく前のめりに跳躍して、襲い掛かる二つの棍の間に生まれた僅かな隙間に飛び込んでいく。前方に転がりながら勢いを殺さないよう着地を決めると、再び前を向いて走り出した。横に逸れた通路の奥で待ち構えていた兵士に飛び蹴りを浴びせると、顔を踏みつけながら更に奥へと駆けていく。

 とにもかくにも、どこかで身を潜めなければならない。並ぶ部屋に入る暇など全くなかったのだが、多勢に無勢では必ずやられてしまうことは火を見るよりも明らかだった。

 焦燥と共に通路を進んでいく中、不意に両刃の槍を手にした女性が突き当たりの横道から姿を現わす。

 一見すると給仕か身の回りの世話を引き受ける従者にしか見えない服を着込んでいるくせに、手にした槍が不釣合いな鈍色を反射してきていた。誰だろうかと不審に思うと同時に、向けられた眼差しの鋭さに気がついて、思わず疾駆する足が止まりそうになってしまった。

 びしびしと肌に突き刺さってくる殺気と、背後でうねりと共に膨れ上がり続けている憎悪、そして鋭利な刃物を彷彿とさせる眼差しに射抜かれながら、エルザはとてつもなく嫌な予感がしてならなかった。

 どう考えても只者ではない。

 気圧されながらも、進むしかないのだと腹を括った。

「……リナ様を、どこへやったんです!」

 言うや、俄然と駆け出してきたミュシナの闘気に、エルザは反射的にその場で伏せた。

 頭上を、空気を切り裂きながら槍が突き抜けていく。そのあまりの速さに、じんわりと冷や汗が滲んだような感触を覚えた。

 立ったまま走り続けていたのならば、間違いなく胴体を真っ二つに突き刺されていた。つまりは、即絶命である。出し抜けに訪れた命のやりとりに、エルザは上手く状況を把握しきれないまま混乱し始めてしまった。

 けれど、冷徹に見下ろされたミュシナの双眸に射竦められるや、理性よりも早く本能が命の危機にあるということを理解した。遅れて、とにかく逃げなければならないと、身体中のありとあらゆる細胞が警鐘を鳴らし始めた。

 ミュシナの腕が動き出したのに気がついて、咄嗟にエルザは上体を起こす。このまま横を通り抜けて、この人をまかなければならないと両足に力を込めた。が、足を踏み出す寸前のところで、振りぬかれた槍の柄が真正面から鼻面を打ち抜いた。

 仰け反り、背中から床に倒されてしまったエルザは、痛みに表情を歪める一方で、頭の向こう側から着実に近づいてきている衛兵の足音を耳にする。片や、足先からは尋常ではない威圧感を漂わせるミュシナが攻撃を放とうと気配を膨れ上がらせていた。

 堪らず両足を回転させながらぐるりと身体を捻って立ち上がったエルザは、素早く間合いを開くと垂れていた鼻血を手の甲で拭う。目前で唸りを上げながら長い槍を振り回していたミュシナと対峙すると、ゆっくりと重心を下ろして、腰に回した、普段は滅多に使わない短刀に手を伸ばした。

 追っ手なんて考えている余裕はない。次なる槍撃に備えることだけに専念することにした。

 ぐるぐると槍を弄びながらもミュシナが一歩一歩近づいてくる。ゆらりと身体が傾いたと思ったと同時に大きく踏み込まれ、袈裟切りの一閃が放たれた。一撃を、左肩すれすれのところで手にした短刀が受け止める。両手で支えていないと押し負けてしまいそうなくらいの圧力だった。

 歯を食い縛って、引いてしまわないように懸命に堪え続ける。と、不意に短刀に掛かっていた槍圧が和らいだ。強張っていた身体が弛緩した刹那、抉るようにぐるりと身を翻したミュシナの一撃が、再び斬激を与えんと反対側から襲い掛かってくる。下からの掬い上げるような槍捌きに、直感的にエルザは前へと踏み出していた。

 一歩。左の掌を槍の長い柄に一発。迫っていた攻撃の速度を削ぎ落とす。

 二歩。短刀を逆手に握っていた右掌を突き上げて、ミュシナの顎を狙い打った。決まれば確実に相手を伸せてしまう渾身の一撃――

 けれど、寸前で上体を右に捻ったミュシナには風の唸りだけしか届かない。足払いをかけようと、回転しながら身体を低くしてみたものの、それすらも軽く飛び退かれて、再び間合いを開けられてしまった。左膝だけを立ててしゃがみ込んだエルザは、舌打ちをしたくなるのをぐっと堪える。

 鼻先を掠めていった掌底を間近にして、ミュシナもまた相手が相当の使い手であることに気が付いていた。今手にしているのは槍である。リナを守りたいが故にありとあらゆる武器を学び、それぞれの扱いに関して王国でも有数の使い手であると周知されているミュシナではあったが、体術使いに懐に入られては分が悪い。ここは近距離から執拗に攻撃するしかないと思い至った。

 数歩、よろめくように前進して、開いた間合いを詰めていく。不規則な動きこそ、ミュシナの真骨頂であった。相手に次の動作を悟られないようにする。考えてしているわけではなかったが、紛れもなく有している強みのひとつに数えられる事柄だった。

 もうあと一歩。踏み込めば槍激を放つことができる。思いながら見上げた表情に、この場をなんとしても潜り抜けようとする確かな決意が現れていたのを確認したミュシナは、微かに口角を吊り上げながら前進、鋭い突きを放った。

 初激の、あの凄まじいまでの疾さを有した突きである。エルザには移動する間隙などあるはずもなかった。

 にも関わらず、まるで意識を失ったかのようにがくりと膝が折れ曲がっていく。上体を仰け反らせ、後ろ向きに両手を床に突いたエルザは、ものの見事に仰向けになりながら痛烈な一撃を回避した。勢いはそのままに背後に後転、蹴り上げた右足で槍を弾き飛ばす。

 切っ先が天井に逸れてしまったものの、立ち上がり視線を投じてきたエルザに向かって、ミュシナは再び突きの連撃を放ち始める。僅かな閑暇さえ生じさせないように行き来する槍撃は、しかし放たれる寸前で辿るであろう軌跡を読まれ、身体を捻り、短刀でいなされ、あるいは掌底に弾かれることによって凌がれ続けてしまっていた。猛攻は、エルザの服を裂き、髪の毛を散らせるばかりで、まったく確かな手応えを伝えてきてくれない。

 いつまで経っても決定的な一撃を与えられないことに、ミュシナは焦燥感を募らせ始めていた。表情には怒気が滲み、突きの精度が明らかに衰えつつあった。

 胸部を目指して放たれた突きが、再びエルザの掌激に返し弾かれてしまう。

 ぎゅるりと、目の色が変わった。

 引いた矛先が素早く下を向く。

 切り上げるようにして腕を振り抜いた瞬間に、エルザの両足は力強く床を蹴っていた。

 この一撃で決めるつもりだった。ミュシナのそんな思いが、動作を大きくさせすぎてしまった。

 槍の切っ先は、しかし、やはり空しか切らなかった。頭上を動いていく小さな影と、両肩に載せられた掌の重み。釣られるようにして見上げた己の頭上をにやりと笑いながら通り抜けていったエルザと、ミュシナはばっちり目が合ってしまった。

 肩に感じていた重さが消え、着地と同時に背後で駆け出し始めた足音に、反射的に振り向きながら横薙ぎの一閃を払った。けれど、またしても感触は訪れない。

 まるで、風か水かを相手にしているかのような気分の悪さに、得体の知れない苛立ちを感じずにはいられなかった。

 ――リナ様の居場所を聞き出さなくてはならなかったのに。

 手にした槍を握り締めると、憎悪の表情で走り去るエルザの後姿を睨みつけた。背後からようやく追いついた兵士たちに声をかけられる。それに反応することすら煩わしくて、ミュシナは黙ったまま、息を上げていた衛兵たちを残して駆け出し始めたのだった。


 後ろから猛然と迫ってくるミュシナの気配を、肌がひしひしと感じ取っていた。絶望的なまでに視界の開けた直線的な通路を駆け抜けるエルザは、非常に切羽詰ってきていた。

 次はやられてしまうかもしれない。寸前のところで、運よく逃げることができただけだったのだ。先ほどの猛攻を思い出し、怖気が背筋を駆け上っていく。

「なんなのさ、あの女は」

 顔を顰めながらそう吐き捨てて、エルザは分岐路を左に折れる。幸いなことに、少しの間だけ誰にも見つからずに逃げることができているようだった。けれども、渇望している身を隠すための部屋への扉が見当たらない。この王宮はどんな構造をしているんだと、壁をぶん殴ってやりたくなった。

 先ほど手を合わせた相手は、どう考えてもちぐはぐな人物だった。軽微で可憐な服装に身を包んでいたんだから、絶対に王国の警備団に関わっているような人間ではないはずだった。何かと規律を重んじる王国なのだ。あの外見で部隊を束ねるような人間だということも可能性から除外される。けれど、だとしたら、並々と追ってきていた兵士たち以上の実力を持っていた事実はどう説明すればいい。あの槍捌きはなんだったのだ。

 それほど多く人と攻守を交えたのことのないエルザではあったが、それでもミュシナがとてつもない使い手であることは容易に理解できた。向けられていた殺気や威圧感に、『卵の遺跡』でも似たような相手と戦ったなあと、嫌なことを思い出してしまった。

 通路を右に折れる。また扉は見当たらなかった。焦燥ばかりが胸を焦がしていく。

 やがて通路の向かい側から声が聞こえ始め、後方からはどんどんミュシナの気配が膨れ上がるのが分かってきた。堪らなくなって、エルザはぴたりと足を止める。もうどうすればいいのかが分からなくなってしまっていた。

 せめて隣にシルバがいてくれたら、まだ強行突破として逃げの一手を打つことができたのに。王宮の外で心配しながら帰りを待ってくれているだろう相棒のことを思い、少しだけ心細くなってしまった。荒い呼吸がどんどん視野を狭くしていく。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう。

 繰り返される五文字の言葉が思考空間を蝕み続けていた。

 ふと、一度エルザは目を閉じた。大きく息を吸い込んで、空気に溶け込んでいくように、身体の境界をなくしていくように、感覚を鋭利に研ぎ澄ませていく。呼吸を整える。思考を整理する。

 再び見開いたエルザの目には、寸前まで宿していた気の弱さが浮かんでいなかった。

 代わりに、確固たる決意に縁取られた使命感が現れている。

 弱音など吐いてはいられなかった。モルサリと約束したのだ。犯してしまった過ちを、生み出してしまった喪失を、ここで取り返さなければならない。そのためには、四の五の言わずに結果を出さねばならなかった。向かってくるのがどんな相手だろうと、戦って、奪われた遺物を取り返さなければならない。

 進むべきはどちらか、冷たい壁を背にしながらエルザは考える。走り抜けてきた右手に向かえば、神速の槍を振り回すミュシナに加えて、ずっと追われ続けていた衛兵たちが待ち受けているし、左手に進めば何人いるか分からない兵士たちと対面する羽目になる。

 進みたいのは左手には間違いなかったが、待ち構えている兵士たちの量とミュシナのような使い手がいないとも限らない以上、決断には勇気を要した。悩み、親指の爪を噛んでいる間にも、左右双方から敵は迫りつつある。

 ――どっちにする?

「こっちに来なさい」

 思考に返答するかのように口を開いたのは、いつの間にか隣に出現していた、一見して身分が高そうな装束に身を包んだ、挑戦的な眼差しを浮かべる少女だった。緩やかにうねる量の多い長髪が、背後から小さな姿を支えているかのように見える。

「早く。あなた逃げているんでしょう?」

「え。ああ、うん。まあそうだけど」

「なら私についてきなさい。匿ってあげます」

 言って、するりと踵を返した華奢な背中を、エルザはわけの分からないものでも見るかのように見つめ続けていた。

「……あたし、一応侵入者ってことになってるんだけど」

 慌てて後ろに駆け寄りながら、先を行くリナに声をかける。

「知っています。あなた、ガルナックの人なんでしょう?」

「どうして分かったの?」

 訊ねると、くるりと振り返ったリナは満面の笑みを浮かべて意地悪く口にした。

「ふふ。鎌をかけさせてもらいました。たぶんこの時期に王宮に、いえ、魔道局に侵入しようだなんて考えるのはガルナックの人たちだけだと思いましたから」

 発言に、エルザは言葉を失った。この子は、何かしら重大なことを知っているのではないか。だからこそ、魔道局に侵入するだなんて推論を立てられてのだと思わずにはいられなかった。

「ね、ねえ。あなたもしかして……」

「だめ。今は悠長にしていられない。違いますか? あなたは追われているんだから。話は部屋に着いた後、ゆっくりしましょう」

 言って再び駆け出したリナの背中を、エルザは不審そうに見つめていた。そもそも、どこにも部屋がないのだ。隠れるにしたって、どこに向かおうとしているのだろう。

 考えてもみろ。この少女の言葉を信じる根拠がどこにあるのだろうか。確かに鋭い考察や、何かしら含蓄のある言葉は口にしていた。けれども、だからと言ってそれを話してくれる確証などないのではないか。

 疑心暗鬼になりながら考え続けるエルザは、やがてひとつの結論に帰結する。

 ――少女は、あたしを騙していて、兵士が待つ場所へと誘導しているのではないのか?

 瞬間、ぞっと足下から冷気が忍び込んできたような感覚が全身を貫いた。離れなければならない。逃げなければならない。そうじゃなければ危険だ。思い、少女とは反対側に駆け出そうとしたときに、リナが何もない壁の前で立ち止まった。

「着きました。さ、早くこの中に入って。ここなら魔道による監視網も働きません」

 言いながら、リナは目の前の壁を指差す。意味が分からないエルザは、きょとんと目を丸くするばかりだった。

 様子に、状況が飲み込めたリナはそっと微笑む。同時に、内心で研究した技術を外部に隠しているザルクのやり方に対して、激しい憎悪を抱いていた。

「これはですね、魔道による視覚変更装置なんです。本当はここにも扉があるんだけれど、今は王宮内に張り巡らされた装置が作動していて、どの扉も壁に擬態しちゃっているんですよ」

「扉が壁に擬態?」

「そう。とは言っても、扉自体が擬態しているわけじゃなくて、あくまでも扉の表面に取り付けられた視覚変更装置がそう見せているだけなんですけれどね。ほら――」

 言いながら、リナは取っ手などどこにも見受けられない平面の壁を掴み捻ると、おもむろに扉を奥へと開けて見せた。

「ね。こんな風になっていたんですよ」

「……道理で通路に部屋がないわけだよ」

 エルザは感心すると同時に、心底やられたなと思い知らされていた。無碍に走り回る必要などなかったのだ。扉は走り抜けてきた通路の至る所に隠されていた。

「さ。話し込んでるうちに追手が迫ってきちゃいました。早く中に入って。そこで詳しい話をしましょう」

 促され、エルザはしばらく逡巡した。先ほど抱いたリナへの疑惑がまだ払拭しきれてなかったのだ。とは言え、ここで立ち尽くしていても、迫り来る敵の手からは逃れることはできそうもない。

「分かった」

 答えたエルザは、口を開けた壁の中に足を踏み入れていった。たとえリナが敵と精通していたとしても、そのときには人質に取ればどうにかなるかもしれない。大事にはなってしまうが、どのみちすでに顔は見られてしまっているのだし、最終的に逃げる手段は一つでも多い方がいい。

 それに、何よりも一時であれ身を隠すことができるのならば素直に従いたかった。正直なところ、もうへとへとになるまでに疲れきっていたのだ。

 それぞれの思惑を内に秘めたまま二人を飲み込んだ扉は、ばたんと、また何事もなかったかのようにその姿を壁へと同化させた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ