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調合士のいる街 11

 翌日も、リオーネの街はよく晴れた。活気のある大通りの市場は、朝から昨夜の奇妙な地震の話題で持ちきりだった。

 ――夜中だったよなあ。俺は寝てたらか驚いちまって。

 ――家は棚にしまってあった食器が落ちちゃってね。

 ――なんでも、近くにある森が光ってたらしいな。

 ――わたし、雄叫びみたいの聞いたわよ。

 ――奴隷商が捕まったらしい。何でも、とんでもねえ相手とやりあったみたいで、アジトは壊滅状態って話だぜ。

 ――こんな近場で。おっかねえなあ。

 交わされる会話が喧騒を生み出し、同時に喧騒にかき消されながら、リオーネの街はいつもどおりの市場から始まりを告げていた。


 アズミの調合店の入り口には、開店時刻が遅くなることを詫びるプレートがぶら下がってあった。一階では、寝過ごしてしまったために鬼気迫る表情で急いで開店の準備を整えるアズミとキールの姿があった。

「師匠。これはどこに配置するんですっけ」

「さっきも言ったでしょう? マチエナの枝の横。一回でちゃんと聞き取ってよ」

「す、すみまあああっ!」

 頭を下げた拍子に、持っていた木箱の中から木の実が零れ落ちた。

「あんたって奴は本当に……」

「ごめんなさいごめんなさい。申し訳ないです」

 全身全霊をかけて全力で謝るキールの頭に拳骨を見舞ってから嘆息し、アズミはしゃがんで木の実を拾い始める。

「あんたも早く拾いなさい。これ以上開店時間を遅くするわけにはいかないでしょう?」

「は、はい!」

 頭を押さえながらも頷いて、すぐさま木の実を拾い始めた。


 普段はアズミが寝室として使っている二階の一室。ベッドの上に横になっていたのは治療を施されたエルザだった。規則的に上下する胸を、先に目覚めていたシルバが心配そうに見つめている。傷つき疲弊した身体に残っていた疲労は凄まじく、帰路に着いた途端に、歩くシルバの背中の上でエルザは深い眠りについてしまっていた。

 それから今に至るまで、まったく起きる気配がない。ビュータスに受けた自身の傷を癒すために使った能力を応用して、一番ひどく損傷していたエルザの肩を治すことだけはできたが、目覚めないエルザを前にして、シルバは己の力のなさを痛感していた。

 鼻を通り抜ける鳴き声が、切なく部屋の中に響き渡る。エルザの瞼は閉じられたまま、一向に動き出す気配が見られなかった。

 そんな寝室に向かって足音が近づいてくる。アズミがやってきたのだろうかと思って振り返ったシルバが最初に見たのは、刺繍に縁取られたローブを纏った男の姿だった。

「だから、まだ目を覚ましてないって言ってるでしょう? 帰ってよ」

 背後からアズミが現れて男とシルバの間に立ち塞がる。

「もしやとは思っていたが、やはりまたこの小娘だったか」

 しわがれた声で呟いて、男はアズミの制止を振り切り、エルザの横たわるベッドに近づいていく。有無を言わせないような行動に、シルバが牙を剥いて唸り声を上げた。

「白狼……。どうしてこのような小娘に従うようになったのだ……」

 意味深な言葉を、渋面を浮かべながら口にして、男はシルバに手をかざす。瞬間、現れた檻がシルバを頭上から閉じ込めてしまった。突然のことにシルバはもちろんのこと、アズミについて心配そうに成り行きを見守っていたキールまでもが目を丸くする。ただ一人、アズミだけが苦々しそうな表情で何事もなかったかのように振舞う男の様子を見つめていた。

「王国の司法局の人間がなんの用なのよ」

「この娘に聞きたいことがある。おい、起きろ」

 肩を掴むと無理やり目覚めさせようとした。行動に、シルバが唸り、檻に体当たりをし始める。

「やめなさいよ。重傷だったんだから」

「そんなことは知ったことではない。訊かねばならないことがあるのだ。おい、小娘。起きろ。いつまで寝ているつもりなんだ」

「……ん」

 声がして、瞼が微かに痙攣を始める。同時に、肩を掴まれていることが疎ましかったのか、無意識のうちに男に向かって裏拳が飛んできていた。それを、男は掌ひとつで受け止める。

「本当に変わらないな、貴様は」

「うーん。誰よ。うっさいなあ。もうちょっと寝かしてよ」

「だめだ。起きろ。訊きたいことがある」

 目を擦りながら不機嫌に瞳を濁らせたエルザは、傍らに立つ男の姿に見覚えがあった。

「なあに。またあんたなの? この前も山賊関係で会ったばかりじゃないの」

「そうだな。だが、原因は貴様にあるのだよ、白狼使いのエルザ」

 頭をガシガシと掻き毟るエルザと、司法局の男とを見比べてアズミが口を開いた。

「なに。あんたたち顔見知りなの?」

「ああ。腐れ縁でな。こいつが無茶をやるたびに調書を訊いて回っているのだ」

 答えながら、男はずっと被り続けていたフードを脱いだ。堀の深い、短髪の老人の苦笑いがそこにはあった。

「しかし、エルザよ。毎度無茶をやらかすのは構わないのだが、いい加減白狼に私を警戒しないよう躾けてはくれないか」

「そんなの知らないよ。おじさんの性根が腐ってるのが悪いんだもん。どうしようもないよ」

「言ってくれる」

 くつくつと笑い、未だに唸り声を上げているシルバを見た男は懐柔を諦めることにした。

「さて、じゃあ早速話を聞かせてもらおうか。昨夜一体何があったのだ」

「そんなのあんたのことだもの。もうとっくに分かってるんでしょ? それで合ってるよ」

「事前の調査は終えているがね。お前の証言と合わなければまったく意味を成さない」

「それはむしろあたしの罪状確認ってことなんでしょう? まだ寝起きだって言うのにさ。……分かったよ。言う。言いますよ」

 大きく嘆息してから、エルザは昨夜の出来事と、それに至るまでの経緯を説明した。ただし、図書館地下の遺物については誤魔化して。

「それで、つまりお前は単に奴隷商をぶん殴りに行っただけだと、そう言うことか」

「全部言ったとおりだよ」

「ふむ。よろしい。じゃあ、これで聴取はお仕舞いだ。時間を取らせたな」

「いつものことでしょ。気にしてないよ」

「それもそうだ」

 笑う男を見ながら、まだ事情が飲み込めていないアズミとキールは呆然と立ち尽くしたままだった。そんな二人には目もくれず、男は寝室を立ち去ろうとする。帰り際に、一度だけ振り返ると、少し厳しい表情で口を開いた。

「言い忘れていたが、今回の事件は絶対に他言無用だ。もし誰かに口にした場合、別途処理部隊を用意する」

「厳しいね。ルーファが元王国警備団だったからかな」

 にやりと笑うと、そのまま通路の向こう側に消えていった。シルバを囲っていた檻が自然消滅する。自由になったシルバは不機嫌そうに体を震わして、毛づくろいをし始めた。

「ねえ。なんなのあの男。司法局の人間みたいだけど、開店と同時に入ってきたと思ったら、『小娘に用がある』って勝手に二階に上がってきたのよ? その上なんだかあんたとは馴染みみたいだし」

「まあね。度々来ては、今みたいに聴取していくんだ」

「ああ。確かにそんなことを言ってたような気がする」

「ねえ、それよりもお店のほうは大丈夫なの? 二人とも二階に上がってきてるみたいだけど」

「あ。キール、店番頼んだでしょう?」

「頼まれてませんよ! 何勝手なこと言ってるんですか」

 反抗したキールの頭を鋭い一撃が強襲した。

「つべこべ言わない。さっさと行くよ」

「は、はい」

「なんだか理不尽に拍車が掛かっているような気がするなあ」

 涙目になりながらも必至にアズミの後を追って消えたキールのことが哀れに思えて仕方がなかった。

 ため息を吐く。昨夜のことを思い出して、右肩が痛んだような錯覚を覚えた。思わず当ててしまった手を離して、状態を確認してみる。撃ち抜かれていたはずの肩は綺麗に修復されていた。

 腹部に、冷たいシルバの鼻先の感触を覚える。視線を向けると、エルザは頭に手を置いて撫でてあげた。

「治してくれたの? ありがとう」

 言葉に、シルバの尻尾はゆらゆらと嬉しそうに揺れた。


「アズミさ、いつの間に魔道銃なんて作ったの?」

 数日が過ぎたある日、昼食の席でもうすっかり回復したエルザが訊ねた。戦闘の最中に見聞きした会話の端々から大体のことは把握できていた。

「ふふん。これでも科学についての知識も持っててね。ガルナックにも依頼で行くことがあるし、設計図とかそこで買ってきたのよ」

「銃の設計図って、とんでもなく高価だったと思うんだけど……」

「誰かさんとは違ってお金の管理はしっかりしてますからね」

「嫌味な奴」

 言って、エルザは腹癒せに口いっぱいの料理を詰め込んだ。リスの頬袋のように膨らんだ両頬を見て、思わずキールが噴き出してしまう。不思議そうな目で反応を見返したエルザに、アズミが呆れて声をかけた。

「はしたない。すごい顔してるわよあんた」

「ほんなのほうへもひひひゃまい」

「食べてから喋りなさい」

 もぐもぐとエルザは一生懸命に咀嚼し飲み込んだ。

「そんなのどうでもいいじゃない」

「あんたはよくても周りの人が迷惑するの」

「済みません」

「あんたが謝ってどうするのよ」

 叱咤に対して、キールは苦笑を浮かべて恥ずかしそうに後頭部に手を当てた。

 様子を微笑ましく見ていたエルザは不意に口を開く。

「あたしさ、そろそろこの街を出ようと思う」

「え」

 キールが驚きに声を上げる。アズミは黙ったままじっとエルザの次の言葉を待っていた。

「そのさ、あたしこの街のこともう十分に満喫したし、なんにもしないでいるって結構苦痛なんだよね。だから、新しいところに行ってみようと思う。一度ガルナックにも図書館のことを報告したいしさ」

「いつ頃を予定しているわけ?」

 口を開いたアズミに、エルザは悪事を告白する子どものような小さな声で答えを返した。

「その、今日くらいにも出ようかなあって」

「今日? そんなの急すぎます!」

 冷静さを保ち続けいたアズミが取り乱したキールを諌める。微笑を浮かべると、グラスに手をかけて中身を揺らした。

「あんたらしいわね……」

「こればっかりはね。なかなか変えられそうにもないや」

「変えた方がいいんだけどね」

「そうだね」

「ちょ、ぼくは納得してませんよ。何を勝手に二人でまとめようとしているんですか」

「キール、うるさい」

 拳骨が飛んだ。


 夕陽に染まり始めたリオーネの街の入り口で、エルザとシルバは出迎えのアズミとキールと向き合っていた。微笑むアズミと、ぶつくさと文句を垂れているキールとの対比が面白かった。

 エルザは腰に回した短刀を取り外すと、アズミの正面に差し出す。

「これ、返す。もうあたしにはいらないから」

 行動に驚き、目を大きくさせたアズミは短刀とエルザとを見返すと、両手を前に拒否の態度をあらわにした。

「返すって、始めからあんたが無断で取っていったものじゃないの。今更返されたって困るわよ」

「でも、店のレイアウトとかに使えるかもしれないよ」

「もう三年よ? 今の内装で十分。そこに急にこの短刀が入ってきたら、それこそ不釣合いだわ」

「でも……」

「いいよ。今までどおり持っていてよ。それがあれば、どれだけ離れていたって私の存在を思い出すでしょう? ローザ婆さんのことも、それにキールのことだって今なら思い出せる」

 エルザは視線を手に持った短刀に落とした。かつて住んでいたボロ屋敷から旅立つ時に、お守りにと持ち出した短刀だった。今までいろんなところでエルザの支えになってきてくれていた。命を救ってくれたこともある。

「持っていてよ。そのほうが私も嬉しい」

「ぼくも、ぼくも嬉しいです」

 ずっと不貞腐れていたキールが声を上げた。

「ぼくは、今回ほとんど何もできませんでした。でも、師匠とおふたりの勇姿を見て、頑張ろうって励まされたんです。ぼくはまだまだ未熟者です。師匠にも遠く及びません」

 俯き、唇を噛み締めたキールが、力強い眼差しでエルザの方を向いた。

「でも、でもいつか師匠に追いついてみせます。一番弟子として恥ずかしくない、立派な調合士になってみせます。だから、それまでぼくのことを覚えておいてください。アバル王国のどこにいても誰もが知ってるような大調合士になってみせますから」

 堂々たる決意を、隣のアズミは穏やかな眼差しで見守っていた。再びエルザに視線を戻して、差し出されていた手をそっと押し返す。

「これはもうエルザの物よ。その代わり、大切にしないとただじゃおかないからね」

 言葉に、エルザは目頭が熱くなったような気がした。俯き、潤んだ瞳見られないようにする。シルバが不思議そうに見上げてきていた。眼差しがエルザの笑いを誘った。ぽんと頭に手を置くと、溢れそうになった涙を引っ込めて二人の調合士に向き直った。

「ありがとう。絶対に大切にするよ」

「当たり前よ。あたしの傑作なんだから」

「いつか、ぼくの短刀も届けに行きますから、絶対に持っててくださいよ」

 頷いて、エルザはシルバに声をかける。

 街道を行く朱に染まったふたりの背中に向かって、アズミとキールは大きく手を振り続けていた。

 背後では変わらない市場の活気が根付いている。たくさんの人々の声援を受けているかのように錯覚しながら、エルザはまっすぐ前を向いた。




 ≪調合士のいる街 了≫

これにて第二話『調合士のいる街』は終了となります。長丁場となりましたが、ここまでご読了いただいたこと、誠に感謝しております。ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?少しは楽しめる作品になっていたでしょうか?

個人的に、もうちょっと戦闘を格好良くできたらよかったなあと思いました。これから更に精進したいです。


これで一旦連載は休止と致しますが、お読みになっての感想、ご指摘などがございましたら、忌憚なく寄せていただくと主に私が大変喜びます。


またいつか再開したときには、お暇があればで構いません、ご愛読いただけましたら、最上の喜びであると思っています。


それでは。またいつか違う作品で。

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