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調合士のいる街 10

 衝撃と共に手に生じた痺れの意味が、ルーファには分からなかった。筋肉は硬直し、弾かれ地面に落ちた魔道銃を握ろうにも握れなくなってしまっている。聞こえたのは、自分のリボルバーとは異なる銃声だった。扇形に広がっていくのがリボルバーの銃声だとするならば、轟いたのは直線的に深く沈み込む音だった。

 この森の中に、俺の楽しみに、邪魔をする第三者が紛れ込んで来ている。思い周囲を警戒し始めたルーファの姿を、ビュータスが不思議そうに見下ろしてきていた。

「どこにいる。出て来い! いるのは分かってんだ」

 周囲に広がる深淵の森に向かって、ルーファが怒鳴り散らす。折角残しておいた最後の楽しみを奪われたことが、冷徹な思考を奪い去ってしまっていた。素早く屈んで落としてしまった魔道銃に手を伸ばす。再び銃声が鳴り響いて、リボルバーが遠くに吹き飛んだ。

 苛立ちながら、ルーファは森に向かって声を荒げる。

「こそこそしやがって。誰だ! 汚ねえぞ。正々堂々姿を現したらどうなんだ!」


「……だーれがのこのこと出て行くもんですかよって」

「師匠、エルザさんは無事なんですか?」

 遠く、ボロ小屋のある更地から離れた藪の中から、アズミは急いで組み立てたライフル型の魔道銃でルーファの右手から魔道銃を弾き飛ばすことに成功していた。

「たぶん大丈夫。間一髪間に合ったから。にしても、あいつ、魔道銃造るのに一丁前に調合金属使ってやがったのか。疾風弾で打ち抜けると思ってたのに」

 腹這いになりながらスコープを覗き込むアズミは、ぶつぶつと言葉を漏らしていく。やることがないキールは、隣でそわそわと落ち着かない時間を過ごす羽目になっていた。

「師匠、ぼくにも何かできることはありませんか?」

「エルザの頭をバカみたいに足蹴りしやがって……。絶対許さない」

 質問を無視して発せられたのは、鋭い殺気のこもった声だった。

 雷の魔術を調合した銃弾で敵の右手から自由は奪い取ったものの、銃自体が破壊できないとなればまだ左手で打たれる危険性があった。カートリッジに、ありったけの火薬を詰め込んだ銃弾、通称『ボム』を詰め込んで、アズミは再び狙いを定め始める。標準が、苛立たしげに動くルーファの左腕を捕らえた。添えられていた指が素早くトリガーを引く。


 森から三度重厚な銃声が轟いて、今度はビュータスの蛇腹で爆炎が生じた。ちょっとした砲弾を打ち込まれたかのような爆発の仕方だった。威力にルーファは慄き、ビュータスは痛みに絶叫してのた打ち回り始めた。

「ちくしょう。どこだ。どこにいやがる。出て来い! ぶっ殺してやる」


「……外したか」

「で、でも、後ろのでっかい蛇の化け物が痛がってますよ?」

「あの下衆野郎じゃないと意味がないのよ。腕の一本ぐらい吹き飛ばしてやらないと」

 冷酷な声に、隣にいたキールは縮み上がってしまった。


 長い間召喚窟に閉じ込められていたビュータスにとっては、痛みもまた懐かしい感覚に違いなかった。ただ、吸い込んだ空気の清々しさや、シルバを吹き飛ばしたときの喜び、噛み付こうとした時に覚えた感電などとは一線を画して、潜んでいる敵が危険な存在であるということを直に指し示してくれていた。

 ずっと喜びに満ち溢れていたはずのビュータスの眼に憤怒の情が滲み出す。天に向かって大地を揺るがさんばかりの咆哮を上げると、二つの口からところ構わず光弾が放たれ始めた。

「はは。いいぞ。ビュータス。壊せ。薙ぎ払え。全部吹き飛んじまえばいいんだ。いいざまだぜ。こそこそ影から狙い撃ちした報いだ」

 迸る閃光と烈風のごとく押し寄せる熱量を全身に浴びながら、ルーファが狂楽的な声を上げていた。光弾が炸裂するたびに木々は折れ、大地は震え、闇夜の下に場違いな光線が生まれていた。

 発狂したビュータスのなりふり構わない攻撃に、アズミとキールは逃げ回ることを余儀なくされる。優に身の丈以上はある大きな魔道銃を肩から引っ提げながらも、アズミはするすると暗い森の中を駆け回りながら、徐々に更地に向かって近づきつつあった。

「くそっ。なんなのよあの蛇。頭おかしいんじゃないの?」

「どてっ腹を深く抉られたんですもん、そりゃあ痛いに決まってますよ。っていうか、どうするんですか。このままじゃなんにもできませんよ!」

「うるさいわね。私だって困ってるのよ!」

 振り返った直後に、進行方向に光弾が直撃した。閃光が迸り、轟音を立てながら木々がなぎ倒されていく。

「これじゃあ、隠れることもできないじゃない」

 舌打ちをしてアズミは立ち止まった。額から汗が流れ落ちる。これ以上ビュータスを好きなようにしていては、こちらが倒されるのは時間の問題だった。

「仕方ない。キール、これ持って!」

 叫び、スタンドを取り付けていた銃身を短く分解すると、スコープと一緒にキールに放り投げた。

「ど、どうするんです、師匠」

 落とすことなく受け止めたキールが不安そうな声を出す。

「こうなりゃあ、突撃するしかないでしょう」

 ありったけのボムを詰め込んだ弾倉を嵌め込んで微笑んだ。見返したキールの表情が突如として戦慄に染まりだす。

「――師匠、後ろ!」

 振り返ったアズミは、迫り来る巨大な光弾を目にすると、間に合わないと知りつつもがむしゃらに駆け出した。


 木が消し飛び、抉られ窪んだ大地にうつ伏せになったアズミは、聞こえた微かな靴音に反応する。痛みを堪えながらも立ち上がると、銃口を向けた先でルーファが気を失ったキールの後頭部に銃口を押し付けていた。

「まったく。女、子どもに嫌われてるのかね、俺は」

「キールを放しなさい」

「いやだ」

 答えて、ルーファは笑顔を深くさせる。

「だって姉ちゃんよ、俺がこのガキ離した途端に撃ち抜きそうなんだもの」

「当たり前でしょう。エルザにあんなにひどいことしたくせに」

「なんだあ。やっぱり嬢ちゃんと知り合いなのか」

 銃口は逸らさないまま、馬鹿にするようにしゃがみ込んでいたルーファはゆっくりと立ち上がる。キールの腹を蹴り上げた。鋭い痛みに、意識がないにも関わらずキールが呻き声を上げる。

「キール!」

「ん。大丈夫だ。まだ意識はあるみてえだからな」

「お前……」

 憎憎しげに顔を歪めたアズミの表情を見て、ルーファは喜びに打ち震える。快楽が、腹の底から湧き出してくるかのようだった。

「いいねえ。そう言う顔大好きだよ。俺のことが憎くて、ぶん殴りたくて、殺したくて堪らない表情。そそるねえ。イっちまいそうになる」

「あんたはもう十分にいかれてるわよ」

「それは嬉しいお言葉。褒め言葉にしかなんねえよ」

 アズミの中で更に嫌悪が増大する。今すぐにでも撃ち殺してやりたかった。

「キールを放しなさい」

「無理に決まってんだろう」

「放せ」

「ははっ。姉ちゃんが銃を捨てたら考えてやるよ」

 言葉に、アズミは苦々しく思いながらも、ゆっくりと銃口を下に向ける。従う他ないと思っていた。対峙する二人の奥で、まだ怒り狂っていたビュータスは光弾を吐き出し続けていた。

 アズミが銃を地面に置く。

「そのまま後ろに移動しな」

 にやけたままの命令に、睨み返しながらも従った。三歩、後退する。

「これで、いいんでしょう? キールを放して」

 繰り返すアズミに、ルーファは嘲笑を浮かべて返事をした。

「馬鹿だねえ。こうなることを考えなかったわけじゃないだろうに」

 銃口がアズミの脳天に狙いを定める。

「じゃあな、馬鹿女」

 言葉に、アズミは目を閉じた。にやけ、ルーファの指がトリガーを引こうとする。足下ではようやく意識を取り戻したキールが悔しそうな表情で噛み付いてきていた。だが、そんな些細な抵抗が意味を成すことなどありえない。暗闇の中、アズミは死を覚悟していた。

 突如として、ひとつの影がルーファの背後に現れた。

 放たれた尋常ではない圧力と殺気に、ルーファは思わず振り向かざるを得なくなる。側頭部を振りぬかれた回し蹴りが貫いた。

「エ、エルザさん!」

 キールが地面から見上げて声を上げる。目を開いてアズミもその姿を確認した。纏っていた雰囲気に、ぞっと背筋が冷たくなる。こんなエルザの姿はこれまでに一度も見たことがなかった。

「シルバァ!」

 咆哮に、吹き飛ばされ蹲っていたはずのシルバの体が力強く光り輝き始める。

「もう許さない。全力で叩き潰してやれ!」

 ずっと傷の修復に努めていたシルバが力強く呼応の雄叫びを上げた。

 脳震盪を起こしながらも、地面に薙ぎ倒されていたルーファがふらふらと立ち上がる。目の前に立つエルザの姿を見て戦慄を覚えていた。

「お、お前……」

「ぶっ潰す」

 呟いて、エルザは鋭くルーファとの間合いを詰める。半狂乱になったルーファは、左手に持っていた魔道銃を乱射し始めた。

 その軌道を、銃口の切っ先だけで予測しながら、エルザはするすると前進していく。よたよたと後退を繰り返しながらも、幾分か冷静に考えることができるようになっていたルーファは舌打ちをして間近に迫ったエルザに足払いを仕掛けた。

 跳躍して回避したエルザは空中で一回転しながら、勢いをそのままに、体勢を低くしていたルーファに向けて踵落としを繰り出す。左に回転して、辛うじて攻撃を逃れたルーファは、ひび割れ窪んだ大地に突き刺さるエルザの踵を見て、無性に笑えてきてしまっていた。

 どうやら俺は面倒な奴を本当に本気にさしてしまったらしい。対人戦においては、圧倒的に不利な立場にあった。間近で銃を放っても、素早いバックステップと異常な動体視力とでことごとくかわされてしまう。距離があろうがなかろうが関係なかった。今、目の前にいる敵には間合いなどなきにも等しい。

 せめて、圧倒的な高低差があれば。思ったルーファは、先程から少しおとなしくなったようなビュータスのことを振り返った。

「ビュータ……ス?」

 そこには、神々しく輝く光に蹂躙されている双頭の大蛇の姿があった。動き回る光の速度は尋常ではなくて、振りぬく尻尾も、繰り出す噛み付きも、放たれる光弾までもがいとも簡単にかわされてしまっていた。その上、光からは氷の刃や炎の玉が豪雨のごとく襲い掛かってきていた。ずっと暴れているものだと思い込んでいたビュータスは、いつの間にか苦戦と激痛に叫び声を上げていた。

 背後から肩を掴まれて、無理やり振り返らされたルーファの頬を、エルザの拳が捉えた。衝撃に、身体を地面にバウンドさせながらルーファは吹き飛んでいく。力なく立ち上がり、口元の血を拭うと苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

「とんえもねえな、嬢ちゃん」

 左手で魔道銃を構えるものの、歩みってくるエルザの姿は三重四重にぶれて見えている。発砲し、立ち昇る爆炎は、どれもこれもエルザの長い髪の毛を左右に振らせるだけだった。

 大きく一歩踏み込んで、エルザの掌低がルーファの顎を真下から突き上げる。閃光が、ルーファの脳裏で弾け飛んだ。浮いた身体が落ちる前に、ぐるりと身体を回転させたエルザの右足が左の頬を蹴り貫く。横っ面に強烈な一撃を受けたルーファは、そのまま地面を転がると、もうピクリとも動かなくなった。

 時を同じくして、地面に四肢を踏みしめていたシルバが大きな口を開けて全身の毛を逆立たせていた。度重なる攻撃を受けて体中から血を流していたビュータスは、悄然とした様子で雄叫びを上げる。双頭の両口が、揃ってシルバに向かって光弾を吐き出した。

 迫り来る光弾を前にしても、シルバは何一つ動じない。開いた口の前には凝縮された小さな光の玉が出来上がっていた。

 それを、一度飲み込んでから勢いよく放ち出す。眼前に迫っていた二つの光弾を突き破ると、ビュータスの目の前で突如として膨張し弾け飛んだ。

 焼け爛れ、焦げ臭い臭気を辺りに撒き散らしながら、二つの巨大な頭が地面に激突する。動かなくなった大蛇を確認して、輝きを放っていたシルバの体はいつもどおりの姿になった。

「……終了!」

 口にしたエルザの元に、シルバが駆け寄ってきていた。


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