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バイトテロ奇譚 ~人外娘を求めて旅立ったら呪われた~  作者: さっさん
第二章 前門の虎後門の狼
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第六十四話 森田萬吉

 フィガの埠頭に戻った俺ら。ボートから陸地に上がった時、張り詰めていた緊張が解けて腰が抜けてしまった。

 サモに肩を貸してもらい、立ち上がる。

 俺とサモ、牛宮さん、森田さんの四人は深呼吸して、お互いの無事を確かめ合った。……依然、クマアは居なくなったままだ。俺は密かに、次会ったら海に沈めてやろうと誓った。

 海賊を退治する事は叶わなかったが、海賊行為をやめさせる約束をするに至った。上出来と言って良い。


「あ、そうだ! 森田さん、約束は!?」


 何故フィガの沖合に出て行ったのかを忘れていたのだが、俺は唐突に思い出した。

 海賊を討伐したら、入れ替わりを何とかしてくれる、という話だったのだ。当初の目的であるラクリマもゲットできていないし、体は老人のまま。虚しすぎる。早く自分の体に戻りたい。


 浦島太郎ってこんな気持ちで潮風に当たっていたのかな……。


 尋ねられた森田さんは、うーん、と唸る。


「まぁ、結果オーライか。……だが、出来るか分からないのよな」


「嘘やん」


 ここまで来て、流石にそれはないだろう。もし事実なら、俺は今すぐに身を投げうって、入水自殺する。……お前の体で。


「ウソなのよな。これだけ力が湧いているならば……うむ、問題ないだろう」


 森田さんはケタケタと笑うと、俺の肩に右手を置いた。次に左手を牛宮さんの肩に置き、目を瞑った。不思議と体が熱くなるのが分かる。


『汝、真のあるべき姿に戻れ』


 一瞬、意識が混濁した。眠る寸前の、微睡みに居るような錯覚を覚える。見ていた眼前の地平線がぼやけていく。

 だが、気が付くと、また目の前の地平線が視界に映った。同じ……いや、見ていた景色がちょっとズレた?


「治った! 治っとるでぇ!?」


 太くはないが、肉の付いた腕。髪の生えた頭頂部。俺だ。俺はタチバナジンの体に戻ってきたのだ。思わず歓喜の声が漏れ出る。サモも安堵の表情を浮かべていた。


「良かった……本当に!」


「儂もだ。ふぅ……体が重いのよな」


 口々に感想を言い合う。元の姿になった牛宮さんは、可愛さが増したように思われる。反対に、森田さんは貫禄が出た気がする。

 やはり大切なんだな、魂とか人格って。


 色々と問題や禍根を残したままだけど、無事に元の姿に戻る事が出来た。上半身は日本の大学生。下半身は鳥。キメラ。でも、何故だろう。今はしっくり来る。それを喜ぶべきなのかもしれない。


 そういえば、結局ウンディーネってのは何だったんだろう。

 あれ……? そういやフィガの海岸って、何をしに来たんだっけ。


 そうだ、思い出した。魚人に会いに来たんだった。あれ、でも、目の前のこの爺さんって、魚人なんだよな。


「森田さん、不思議な縁のついでに聞きたいねんけど、ラクリマって知ってる?」


「ん、ああ……儂の代なら知っている者も多いかのう」


 率直に訊ねてみた所、どうやら知っているらしかった。まぁ、亜人の年配者は御存じの方が多いのかな。

 俺はこのフィガ海に来た本当の理由と、自分達の経緯を語った。


「俺ら、転生者なんだけど。体が呪われてて……」


 ブリーフ一丁のサモが俺の横に並び立ち、無言で頷く。俺はズボンの裾を捲って、森田さんに見せた。毛深い鳥のような足が露になる。それを、森田さんは表情を変えずにただ見つめていた。


「呪いを解く唯一の手掛かり、それがラクリマなんだ。ハーピィとエルフからは貰った。身勝手を承知の上でお願いしたい。もしも持っているなら、譲ってほしい」


 俺は頭を下げ、誠心誠意で森田さんに請うた。森田さんはしわがれた声で「あのエルフが……」と呟いていた。

 勝手に現れて、勝手に要求する。なんと不埒な若者だろうか。だけど、最近思うのだ。このままでは取返しの付かない事になるのではないか、と。

 野生の勘なんてものは信じていない。だけど、直近の俺には、何かそういう第六感のようなものが芽生えているように感じる時がある。


「ラクリマの伝説は儂も知っている。最早信じている者は皆無よな。それ故、必要とはしていない。だが、こうも思うのよな。お主は一族の秘宝を、初対面の余所者に差し出すのか、と」


 森田さんは険しい表情で、俺の問いに答える。

 やはり駄目だろうか。だが、今の反応からして、持っているという事実は明らかになった。それだけでも満足して、今日は帰るべきなのかもしれない。言い分は尤もだし、正直色々あり過ぎて、疲労困憊なのだ。


「ですよね……」


「儂は、そう思う」


 族長……元族長って言っていたか。いずれにせよ、俺が同じ立場であったら、断ると思う。だから、素直に受け入れられる。俺はマーマンではないし、譲ってもらえるだけの価値が俺にはないからだ。


 牛宮さんと森田さんに別れを告げ、サモと帰ろうとした矢先、少年がこちらへ走ってくるのが見えた。

 見た目は人間で、歳は高校生くらい。どこにでも居る、普通の少年だった。白いワイシャツに下はズボン。もしかしたら学生で、下校する途中かもしれない。

 少年は凛々しい顔立ちで、とても聡明そうである。


「おじいちゃん……探したよ!」


 少年は森田さんの懐に飛び込むと、精一杯森田さんを抱きしめた。その光景に、ちょっとだけ俺達は驚いた。身長は森田さんよりちょっと低いくらいだ。

 その少年の頭を撫でて、森田さんは顔をクシャッとさせて笑った。察するに、お孫さんだろうか。


 そうだよな、お爺ちゃん、ぶっ倒れていたし、行方不明だったし、勝手に沖に出ちゃうし。感動の再会という訳だ。俺だって今にも破顔しそうなくらいだ。

 森田さんは歳相応の皺のある顔を歪ませ、ゆっくり語り出した。


「この歳になるとな、分かるのだ、儂はもうすぐ逝く。何故だか知らないが、ギリギリの所で此岸に連れ戻されたようだ――」


 あー、ね。俺が助けたと思っているみたいだけど、クマアがね。魔法でやってくれたっぽいんだよね。

 森田さんは俺を見つめていた。懐の少年の背中をぽん、と叩くと、話を続ける。


「――そうして生きていれば、最期の幕間はどうだ。魂魄の転移? 入れ替わり? こんなに面白いものはない!」


 目を見開き、熱弁する森田さん。口は笑っていた。

 森田さんは一呼吸置いてから、続けた。


「それからもう一つ、お主の心の綺麗さ。邪気や困難に触れる度に強くなる鋼のような心、それは災厄を乗り越え至った境地だ」


「うーん、そうなのかな……確かに色々あったけど」


 褒められた俺はむず痒かった。頭を掻いて誤魔化す。

 俺の心が綺麗かと問われると、俺自身の答えはノーなんだけど。


「欲に塗れる者が多い中、ヒューマンにしては中々見どころがあると感じる。お主になら渡しても良いと考えるが、どうだね、()()()()よ」


 どういう事だ。渡さないって言ったり、渡しても良いかもって言ったり。というか、次期族長って……?


 呼ばれたのは、森田さんの懐に抱きついていた少年だった。訝しげに見ていると、森田さんが「儂の孫よな」と紹介した。

 少年は森田さんの孫で、次の頭首という事か。なるほど、それで自分の事は元族長と言っていたのか。でも、族長を任されるにしては、かなり若そうだな。


 彼は切れ長の目で俺をじっと見た。自然と目が合う。


「この方ですか。確かに……なんて綺麗な魂だ」


 俺のすべてを見透かすような眼差しだった。

 ……綺麗な魂? 照れるやろ。


「ラクリマは一族には不要だと僕も考えています。大切に管理してくださる方、心の清い方を探して居ました。……台所にラクリマが綺麗に飾ってありますよね」


「あれ、台所に飾ってるって、俺、言ったっけ?」


「いえ、ですが、魂がそう教えてくれました」


 怖い怖い! なに、それ! 千里眼みたいな奴!?

 もう、全部お見通しって事じゃん。え……そうだとして、こんな薄汚れた俺にラクリマを譲ってくれるってのか。一体どういう風の吹き回しだ。暴風雨じゃんか。


「本当に貰っていいの? 森田さんも、お孫さんもさ……」


 初対面の余所者には渡すべきではないって言っていたよな。でも、そうか……族長としての判断と、一人の魚人としての判断は別物って事なのか。

 それは……人情というものだと思う。マーマンには情がある。だとすれば、彼らは人間だ。種族は違えど、見た目は違えど、人間なんだ。


「お主は海賊を倒してくれた。この老いぼれの最期に、素晴らしい体験をくれた。楽しかった、ぞ……」


 いや、ぶっ倒したのはケンタウロスのパワーを身に付けた森田さんなんだけどね……。まぁ、でも解決に導いたのは俺でもある。ちょっと過大評価だろうけど。


「お爺ちゃん!」


 次期族長の少年が声を荒げた。見れば、森田さんが半透明になっていた。体の節々から光の粒子が散っていく。


 あれ、何か……ヤバそうじゃね。


「お、おい……森田さん」


「だ、大丈夫なの!?」


「モリタサン! モリタサン!」


 俺もサモも、見守っていた牛宮さんも狼狽えた。体に触れようとするが、すり抜けてしまう。

 クマアが言っていた。――天寿を全うしようとしていた森田さんの寿命を先延ばしにした、って。


 どうなっているんだ。出会ったばかりだけど、寛大な爺さんだった。俺を魚人の一撃から救ってもくれた。大雑把で闊達で、そして任侠を感じた。そんな好々爺を目の前で失くしてしまうのか、俺らは。

 神よ、何故、俺達はこういう目に遭うんですか。


「森田さん、まだ逝くには早いですって! 俺が居た日本には面白い場所がいっぱいあるんです。せや、大阪の話なんてどうです!」


 何故だろう、出会ったばかりのこの人に、そんなに情は無い筈。だというのに、涙が止めどなく溢れてくるのだ。

 森田さんは答えない。いや、きっと、もう喋れないのだろう。じわりじわりと消えていき、背景と一体になり、やがて見えなくなった。


「マーマンは、死ぬと海に帰るんです。泡になって」


 次期族長の少年は腕を垂らし、俯いた。誰もが掛ける言葉を見つけられず、静寂が訪れた。

 少年は涙を拭い、笑顔を作ってみせた。俺よりも若い人間が、祖父の死を目の前に、泣くのを堪えている。どれだけ強い心を持てば、そんな真似ができるのだろう。

 この少年は立派だ。誰が何と言おうと、族長の器だ。


「いいんです、長くないのは知っていました。立花さん、サモさん、牛宮さん、本当にありがとうございました。ラクリマは今度、ご住所に送らせていただきますね」


 少年は深々と頭を下げると、どこかへ去って行った。




 この世界で初めてだった。種族は違えど、一人の人間の死を目の当たりにした。クマアは寿命だと言っていた。

 精一杯生きて、やる事をやって、楽しんで、終幕を迎えた。あの爺さんの事だ。天国でもエンジョイしているに違いない。だから、決して悲しむ必要はない。

 だけど何故だろう。こんなに考えてしまうのは。きっと、死生観が変わったのだと思う。命は儚く、尊い。死は無条件で悲しいものなのだと思った。

 だとすれば俺は前世でふざけて、死んで……なんて愚かな……。


「タチバナサン、浮かない顔すね?」


「ん、ああ……」


 まぁ、あんな事があったからな。逆にサモは平然としているようにも見える。

 そういや、サモって結構年上なんだっけ。こういうのも慣れているのかな。

 ラクリマをゲットできたのだから、もっと喜ぶべきなんだ。爺さんが寿命で死んだ。皆に愛されていた。……何も問題ないじゃないか!


「何も問題ない、か……」


 口に出して反芻したのは、きっと自分に言い聞かせているからだ。人はいつか死ぬ。だから、これは自然の摂理。気になるけど、気にする必要はない。前を向け、と自らを納得させようとしているのだ。

 それに、森田さんなら、これからの俺達の背中を押してくれる気がする。天国に行ったとしても、天使なんてのが居るのだから、また会えるかもしれないしね。


「よし、帰ったら祝賀会だ!」


「その意気すよ、タチバナサン!」


 第三のラクリマをゲット。紆余曲折あったが、雨降って地固まる。これは、立花仁という俺の人生において、きっと必要な経験なのだ。

 入れ替わり、森田さん、魚人、それから海賊……たくさんの体験がこれからの俺を作っていく。

 が、その帰路の途中、何かを忘れている気がした。


 牛宮さん、ケンタウロス……。ケンタウロスは獣人。


「あっ!」


「どうしたすか」


 牛宮さんはラクリマの事も知っていた。ケンタウロスがラクリマを持っているのか聞いておけばよかったんだ。

 しまったな……また会えるだろうか。こんな事なら、連絡先を交換しておけばよかった。いや、決してやましい気持ちではない。女子高校生の連絡先を知りたいとか、そういうのじゃなくて。


 後日、タチバナハウスに宅配が届いた。開封してみれば、オレンジ色の球体。そう、魚人の持つ秘宝、グランド・ラクリマだ。

 添えられていた手紙には達筆で《ありがとうございました、森田卍郎より》と書かれていた。俺はそれを、台所スペースに丁重に飾っておく。


 それから暫く、風の噂で聞いた事がある。

 よれよれのシャツと小汚いスラックスを穿いた老人。そんな霊がフィガの町のスーパーに現れて、今まで御免、ありがとう、と叫んで消えたのだという。


 そんな事があるのだろうか。俺には分からない。だけど、こんな噂もあるらしい。

 フェイチキの店主はオカマだ――そんな誤伝が、フィガの海岸沿いで広まった。


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