第六十三話 空と海を制す
戦うのは無理だ。だったら、口で何とかするしかない。自慢じゃないが、揚げ足を取ったり、論破したりするのは得意な方だ。多分。
「すんまへん、俺ら、別に海賊とやり合おうなんて思ってません。ただちょっと話を聞いてもらいたいというか……」
俺は立ち上がると、ボートの後方から呼びかけた。啖呵を切っていた若そうなマーマンと目が合う。するとパッと目を見開き、そいつはわなわなと震え始めた。
「あ、あなた様は……! 何故ここに! まま、ま、さか乗っているなんて思わなくて! 失礼いたしましたッ!」
そいつはこちらへ向かって、見事な敬礼をキメてくれた。どうした事か、俺の顔を見てものすごい動揺しているように思える。
明らかに俺を見ている。俺の顔に見覚えでもあるのだろうか。まぁ、いい。これはチャンスだ。
「いや、かまへんねん。ただ聞きたくて。生活の為に悪事を働いてるっちゅう事やろ? 自分ら、将来はどうするつもりなん?」
「いや、それは……」
「ずっとこのまま続けていくんか。爺になるまで。子供が出来ても。子供にも悪ささせて」
この作戦に作戦名なんてない。ただ、俺の感じた疑問点を相手にぶつけ、考える時間を与えないという作戦だ。絶え間なく質問を続ける事で相手は混乱していくのだ。
「それって、幸せなん? どっかで負のスパイラルを断ち切らなアカンのちゃう?」
「か、金が無いから仕方ないだろーが!」
リーダー格のマーマンが吐き捨てるように言った。俺の作戦は成功である。
いい調子だ。頭に血が上り始めたな。本来であれば「じゃあ、俺が悪いって事やな。警察に来てもらいましょうか」と言う展開までがセットなのだが。警察を呼びましょう、と言うと「いや、そこまでの事態じゃない」と冷静になってくれる事がある。相手を責めたり罵倒したりしてはいけないのがポイントだ。
「働けばええやん」
「働く場所がないんだ! 俺達は――」
独りでにヒートアップする魚人に、周囲の魚人達もやや困惑しているように感じた。彼らだけではない。サモや牛宮さんも成り行きを案じている。
働く場所がない、か。前科があるから、とか、こんな人間雇ってもらえないって所だろうか。
仕事って選ばなければ案外あるものだと俺は日頃から思っている。あれはやりたくないと可能性を狭めてしまうから、職がなくなってしまうんだ。……でも、前世でアルバイトがきつくて辞めたいと思った事は何度もあったし、バイトテロをしてしまったから。同情できるのだ。
こいつらは俺と似ている。もしかしたら、俺もこうなっていたかもしれない。結果論だけど、転生して、見聞を広めて、考え方の多様性に気付いて、自らの過ちを悟った。だから、凄くよく理解できる。だけど、それじゃ駄目なんだ。
「――俺達は陸では長く生きられない。だから海の中で暮らしている。だが、どうだ。海の中なんて、仕事もない。職場だってないんだ」
マーマンが唇を噛み締め、続けた。
そんな事はない……と言いかけて俺は口を噤んだ。確かに漁業や養殖、海上保安、ガイド、造船、海の仕事はたくさんある。だけど、別にマーマンじゃなくても出来る。人間に出来る事ばかりだ。
彼らは陸に奪われたのだ。仕事を、全てを。人間という最も多い種族に、職を奪われた。その結果として、海賊行為に及んでいる。まるで失ったものを取り返すかのように、今度は人間から略奪しているのだ。そう気付いた俺は、開きかけた口を閉じた。
「どうするす? タチバナサン……」
言い淀んだ俺を懸念するかのように、小さな声でサモが尋ねた。
この問題は、魚人族という種族全体が抱えている問題だ。例えこいつらを更生させようが、また同じ事件が起きるだろう。
エルフの時もそうだった。彼らは長く生きた結果、思考が凝り固まり、労働意欲が低下してしまった。エルフという種族、そのものが労働を拒んだのだ。あの時、俺はどうやって解決したんだったか……。
彼らに金を恵んであげるか? いや、ダメだ。どれだけの数居るのかも分からないし、俺の資産がなくなったら終わりだ。
抜本的な解決策を見出さなければならない。
俺はとある地球人の事を思い出していた。名前はキムラ・キヨシ――すしざんまいの社長だ。彼はたった一人でソマリア沖に蔓延っていた海賊達を撲滅させる。決して腕力に頼らず、地位や権力に驕らず。その手法は海賊に仕事を与え、更生させるという妙案だった。結果的に海賊による被害がなくなったという。
「俺はアサーガとフィガで、フェイバリットチキンという商品を販売している者だ」
そうだ、俺も社長に倣って、彼らに仕事を与えればいいのだ。迷いつつも、俺は声高らかに魚人へ告げる。
すると、何やら魚人達は相談しているようだった。ひそひそと何かを確認し合っている。聞き耳を立ててみると「あのフェイチキを!?」とか「あの方は森田様ではないのか?」とか、「族長様のお家は、商品販売もやっていたのか……?」等。疑問ばかりだ。何やら解釈に齟齬が生じている様子。
……そうか、俺、今はタチバナジンの姿じゃないもんね。
えっ、という事は森田さんって、なんかスゴイ人なの?
操縦席に居た森田さんがこちらを振り向く。
――あ、儂、元は族長なのよな、との事。
そういう大事な事は早く言ってくれって!
「ああ、クッソ、どういう事だ!? わかんねぇ、チクショー! うおおおおおおお!!」
一人のマーマンが頭を抱え、こちらへ飛びかかってきた。族長の姿をした男は、話しても辻褄が合わない。ミノタウロス娘は自分が族長だと言う。だから、完全にラリってしまったのだろう。魚人は水面から大きくジャンプすると、俺に向かって拳を振りかぶった。あっと思った時には、もうお互いの距離が約一メートル程。
――ヤバイ。何がヤバイって、この老体では確実に……死ぬ。
だが、死を覚悟した瞬間、誰かが俺の前方に飛び出した。
「バカモーーン!!」
「ひでぶっ!!」
襲いかかってきていた魚人は錐揉み回転しながら、水中へと落下していった。俺は助かったらしい。はたと横を見ると、白皙のケンタウロス娘。森田さんの姿があった。
森田さんがあいつをぶっ飛ばしたのか? だとしたらなんて腕力……身長は高いけど、茶色いセミロングに白い角、可愛い耳。見た目は美少女なんだもの。……いや、そうか。ケンタウロスだから力が強いのか!
感心していると、森田さんが大声で怒鳴った。
「魚人族の気高き精神はどこへ行った! 強者が弱者を虐げてはならない! 略取してはならない! この男はな、死にかけた儂を救った男なのよな!」
鼻を鳴らす森田さん。感じたのは、外見とは似つかない強大な威圧感だった。最後の一文はちょっと語弊があるけど……。
とんでもないパワーを持ったケンタウロス娘の参入によって、魚人達全員が怯えているようだった。多分、怯えている理由の一つとしては、見た目はなんか可愛いけど、こっちの小娘が本物の族長だと信じてしまったことが一因ではないだろうか。
というか、ぶっ飛ばされた魚人、全然上がって来ないけど……。
溺れているんじゃないだろうな。肺呼吸だったら大変だぞ。
「そう、俺は人間の転生者だ。立花って言うんだけど。君達に仕事を手伝って貰いたい。ちゃんと金は払う。これからは生活を心配しなくていい、だから海賊行為はやめてほしいんだ」
俺は紹介に預かったので、意を決して魚人達の説得を試みた。彼らは全員、真剣に俺の話を聞いてくれた。
元々、沿岸部でのフェイチキ販売は見据えていた。ハーピィ便を利用した空路の次は、マーマン便。すなわち海路だ。……と言っても、海中を運ぶ事は難しそうだから限定的にはなるけど。
今日、フィガの海岸で屋台を見たけど、屋台形式で出店するのも良さそうだ。その場で調理できるようにして観光客をターゲットにすれば売れる。後は船乗り達にも食べてもらえるように販路を広げるか……。
その後、草案を元にして、具体的な話をリーダー格の魚人にしておく。同じ内容のものを森田さんにも伝えておいた。森田さんが彼らとの橋渡しになってくれればよいのだが……寿命の件が気掛かりだ。クマアの魔法か何かで延命措置がなされている。それがいつまで持続するのかが分からない。
まぁ、だが何とかなるだろう。俺の名前も伝えてあるわけだし。
船舶が寄港できるよう、海上にフェイチキ販売サービスの拠点を作るのだ。東京湾にあった海ほたるをモチーフにすればいい。その運営を魚人に任せると同時に、海上での警邏を仕事として任せる事にした。
――ヒューマンよりも海のトラブルに強い。彼ら、エキスパートにね。




