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バイトテロ奇譚 ~人外娘を求めて旅立ったら呪われた~  作者: さっさん
第二章 前門の虎後門の狼
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第五十九話 魂魄の転移

 ***


「あれ、俺、生きてる?」


 何が起きたんだ。目の前には白い砂浜があるようだ。頬が焼けるように熱い。というか焼けている。

 俺は朦朧としたまま、その場で胡座をかくように体勢を整えた。視界は未だにぼやけており、立ち上がる事は難しい。


 確かサモと分かれて、その後何かが頭にぶつかって、意識を失ったんだっけか。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ……大丈夫」


 周囲を見ると、数人が心配そうに見つめているようだった。耳元で誰かに尋ねられ、俺は反射的に答えた。

 救急車を呼びますか、立てますか、と色々話しかけてくれるのだが、俺は意識が混濁していた。声の出も異様に悪い。

 どうしたものかと考えていた所、ふと、隣に誰かが倒れている事に気付いた。見れば、相手は男だ。


 ……成程、この男と出会い頭にぶつかったのか。


 こういう時って普通、美少女とぶつかってそこからラブストーリーが始まるものじゃないのか。なんで男なんだ。ケモ耳すら生えてない。生やしてから出直してこい、この野郎。

 だが、ストレスのお陰か、意識が徐々に覚醒してきた。体は大丈夫そうである。俺は地面から立ち上がろうと思い、砂浜に手を着く。

 ……のだが、違和感を覚えた。力が入りにくい。悪態をつきながら自分の両手を見てみた。


「……え?」


 皺だらけのゴツい両手がそこにはあった。俺の手ってこんなしわしわだったか?

 違う。肌の色も腕の太さも全く違う。いや、何が起きた。


 え? あれ、ちょっと待って……服装が変わってる!?


 なになに、何!? え、一瞬で着替えさせられた……って、そんなわけないよな。


 一切の動揺が隠せなかった。震えた。何だ、この全身に感じる寒気は。

 訳が分からないまま、隣でぶっ倒れている人間の姿を見てみる。人間の男で、黒髪で、背格好は俺くらいで、どこか既視感がある。そう、凄く俺に似ているのだ。


 ……俺だ。横たわっているのは、俺だ。


 紛れもない自分の姿が前方に見える。

 もしかして、幽体離脱……? あ、もしかして……死んじゃった?


「ウソやろ? え、ちょっと待って?」


 俺の矮小な頭脳で考えられるのは三つ。一つは呪いだ。ガブリエルによるものなのか、何か呪いによるとんでもない事態が起きてしまったのかもしれない。

 二つ目は夢。今見ている光景が夢で、現実の俺は寝ているという楽観的な想定である。三つ目は……えーと、そうだ、鏡。


 この倒れているのが俺だとしたら、確かズボンのポケットに携帯が入っている筈だ。(まさぐ)ってみれば……あった。


 俺は携帯をカメラモードにして、手前側を映してみて戦慄した。

 映っていたのは爺だった。立花仁の顔ではない。

 柔肌ではなく、水分が枯渇し、年齢を刻み込んだ顔。天辺に広がるは、毛根が死に絶えた不毛の大地。

 続いて足を見て、腹を見て、顔を手で触ってみる。穿いた記憶の無い薄汚れたスラックスと、着古して湯葉みたいになったよれよれのシャツが俺の記憶を混乱させた。


「誰やねん! いや、きっしょ! えぇ!? 何で!?」


 どう考えても、今まで長年付き添ってきた自分の体ではない。……どゆこと?

 しかも、声が異様に低い。低い上になんだかガサついている。

 これって、ひょっとして……いや、ひょっとしなくても……。


「ん……あれ、私、寝てた?」


 すると、目の前の俺がむくりと起き上がった。見た目は俺だ。だが、俺の自我は今、この得体の知れない爺さんの中にある。であれば、目の前の俺の格好をしたコイツは誰なのだろうか。


「お、おい……」


「だ、誰よ、アンタ! あ、そうだ……待ち合わせに遅れちゃうじゃない!」


「お、おい、ちょっと待てって! 自分の体見てみ!」


 今のやり取りでハッキリした。入れ替わりだ。映画とか漫画とかで見かける、アレだ。俺と誰かで、心と体が入れ替わっている。

 俺の体に入っているお前は誰なんだ。しかも、入れ替わっている事に気付いていない。


 あと、なんで女口調なんだ。俺がオカマみたいになるだろ、やめろ! 見ていて非常に気色が悪いんだ! あと、君の名は!?


「体って、そういえば、なんか足がおかしいわね……え、何! 何なの!?」


 目の前の俺も、何やら異変に気付いたらしく、自分の胸と股間を頻りに気にしていた。

 俺は無言で携帯電話を差し出すと、そいつに渡してやった。


「誰なの!?」


「アホか、俺が聞きたいわ!」


 誰なの、じゃあない。俺だよ! 立花仁だよ! お前こそ誰やねん!


 そいつ、つまり目の前の俺は携帯の画面に映った自分の顔を見て嘆いた。

 俺だって聞きたい。俺は何で、こんなしわくちゃになっているんだ。


「えーと、どうやら、体が入れ替わったみたいなんだ。君が入っているのは立花仁っていう名前の人間なんだけど」


 そう説明しつつ、違和感を覚える。入れ替わり事件が突如発生した。原因は、体が激突したからだと思われる。ここまでは良い。


 俺と目の前のコイツが入れ替わったんだよな。


 って事は、俺の体の中には今、ジジイが入っているわけだよな。……だとすれば妙に女っぽくないか。コイツはオカマの爺さんなのか?

 いや……今の時代、ジェンダー差別に繋がるから、あまり言及したくはないんだけど。どうも目の前のコイツは、喋り方が爺さんっぽくないんだよな。それが気掛かりでならない。


「入れ替わりってどういう事よ? 私の体はどこへ行ったのよ! アンタは誰なの!?」


 目の前の俺はご立腹だ。何だか態度がラフィリアに似ている。

 両の拳を握り締め、激しく怒っているのだが、ポーズが女々しいからやめてほしいのだ。今、そのポーズを取っているのは立花仁という成人男性であって……見る度に嗚咽が沸き起こる。

 事あるごとに「待ち合わせしているのよ!?」と抜かしやがる。そんなのは知らん。だが……。


「私の体って、この爺さんの体があんたのモンやろ?」


「そんなわけないでしょ! 私、女よ!? 喧嘩売ってるなら買うわよッ!?」


 どういう事だ。入れ替わって……ない?


 目の前の俺はこちらへ肉薄すると、ジジイの胸倉を掴んだ。薄い皮膜のようなヨレヨレのシャツがぐーんと伸びて、ミチミチ……と悲鳴を上げる。

 俺の体が老いぼれているのか、全く抵抗が出来なかった。


「皆で海水浴に来たのに、何なの、マジで! どう責任取ってくれるのよ!」


「お、おい、やめろって!」


 怒涛の権幕でがなり立てるタチバナジン。自分に怒られるという貴重な経験をありがとう、神様。

 しかし、一体どうなっているんだってばよ……


 目の前の俺の中に居るのは女なのか。だとしたらこの爺さんの体に、何で俺は入っているんだ。この爺さんの中身はどこへ行った!?

 女の子の体に入らなきゃ、その……色々と駄目だろう!

 胸部の隆起を確認してみたり、トイレで自分のあれこれを確認してみたり。天よ、何故いつも微妙に違うのですか!


 毎度毎度……ガブリエルの悪戯なのか、これは。違うとするならば、俺の人生の大殺界じゃないか。

 ラクリマを探す、新たな願いが増えてしまう。せめて、キメラの姿に戻してくれ。ジジイは嫌だ!


 いつしか、大声で喚く二人組に野次馬が集まっていた。その為か、なんというグッドタイミング。騒ぎを聞きつけたサモが向こうから走り寄ってくる。なので、俺は手を振ってサモに助けを請う。


「サモ、助けてくれ! 呪いが新たなステージへと進化を遂げた!」


「だ、誰すか……」


「俺だよ、俺、タチバナだよ!」


 急にジジイに話しかけられて、戸惑うサモ。彼は訝しげに俺の体を見つめる。それから交互にタチバナジンの体を見やって、尋ねた。


「タチバナサン……?」


「はぁ!? 私は()()()()よ!!」


 尋ねられた俺の体は、目ん玉をひん剥いて怒鳴った。

 もう駄目だ。信じてくれないなら説明するしかない。まったく、魚人探しどころではなくなったな……。


 その後は、身振り手振りで俺が俺である証拠を示していった。俺達は地球出身の転生者である事。一緒にラクリマを探した事。サモがパンイチの呪いに掛かっている事。トランクスよりはブリーフ派である事。

 現場の検証もしてみて、俺の体に入っている女にも協力を仰いだ。俄かには信じがたいが、サモはこの奇妙な出来事がようやく腑に落ちたようだった。


 ちなみに、俺の体に入っている女の子、彼女は牛宮という名前の女子高校生らしい。

 女子高生。そう聞いて、俺は血涙を流した。何故、そっちの体と入れ替わらなかったのだ、と。

 唇を噛みしめた。しかも種族はケンタウロスと来たから、遺憾千万である。だが、未だ牛宮さんの御体はお目に掛かれていない。

 あと、俺のこの体。爺さんが穿いているスラックスのポケットに財布が入っていた。中には免許証。名前は森田さんだと分かった。


 可愛いケモ耳美少女に会いたい、癒されたい。それが無理なら、せめて生まれ変わって美少女に転生したい。

 あとは、曲がり角で美少女とぶつかって、もしくは階段から同時に転げ落ちて、気付いたら心と体がお互いに入れ替わっている、みたいな。自分には特殊な能力がある、と。そう思っていた時期が、俺にもありましたよ。


 でも、現実主義だから。死んでこっちの世界に来て、呪われて、家も燃えて、挙句は貯金も庶民的レベルまで下落した。合理的な判断を下していかなければならない。そう思っていたら、なんというこの始末。

 だから、俺は今日一番の大きな溜め息を吐いたのだった。


 暫くして、事故現場から数メートル離れたビーチパラソルの下で、牛宮さんの体が発見された。パラソルの下で寝ているように見えたものだから、誰も気付かなかったのだ。俺の体に入った牛宮さんが「私が居た!」と叫んだので、ジジイの体の俺と、サモは見に行った。

 緑色の水着を着ている長身の少女だった。茶髪のセミロング。頭部から伸びる、白い小さな角。小振りながらも、主張してくる菱型の両耳。人外娘である。

 それと発育が良い……のはさておき、お尻の部分から馬のような尻尾が伸びていた。サラサラの毛に覆われている。


「私の体に、お爺さんの魂が入っているって事よね?」


「せやな。ほんで、動かへんけど、寝とるん?」


 目の前の安らかに寝ている牛宮さんの体には爺さんが入っている。だが、微動だにしない。呼吸どころか、脈があるのかすら疑わしい。

 もしかして、激突のショックで逝ってしまったとか。可能性もなくはない。いや、ジジイだし、ありえるぞ。

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