第五十八話 二つのプロローグ
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あり得ない事ってあると思う。宝くじに当たる。宇宙人と遭遇する。アイドルと恋に落ちる。
――ドライアイスに金玉袋が引っ付いて救急搬送される。石油ストーブの不始末で実家が全焼する。小隕石が落下して同級生が消滅する。エトセトラ。
確率としては天文学的に小さい事だろう。だが、それらが起こり得る可能性は決してゼロではない。
時として人は、稀有な運命を背負わなければならない事がある。
私は中学校を卒業後、そのまま附属の高校に進学する事になった。学校生活も何ら問題はなし。クラスメイトとも仲良くなり、今度海に行こうという話をしていた。
そう、そして今日は、念願の海水浴に遊びに来ているのだ。
夏の熱波のせいか、それとも元来アタマの出来が悪いのか、私は浮き足立っていた。後者だとすれば、確実に父親の遺伝だと思う。
新調した水着は緑色のパレオで、獣人の私でもよく似合っていると思う。我ながらスタイルは良いと思うし。
その上から白いパーカーを着て、待ち合わせ場所に急いでいた。現地集合、フィガの海だ。友達とラインでやり取りしながら、走っていた。既に待ち合わせの刻限は迫っていて、間に合いそうもなかったからだ。
「どうしよう! 遅刻っ……遅刻!」
私の名前は牛宮理沙。ごくごく普通の女子高生。種族はケンタウロス。でも、幸いな事に先祖返りはしておらず、殆どヒューマンのような外見だ。
今現在、熱心にランニングの真っ最中である。が、まさかの出来事が起こった。
「う、わッ!!」
履き慣れないサンダルだった事もある。砂浜に足を取られたのだ。目の前には……ヒューマン。
走っていた私は、そのままの勢いで正面から激突し、宙に投げ出された。体に衝撃と激痛が走る。
そして、意識を失った。
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儂の名は森田萬吉。今年で七十五歳になる。ちなみに、小学生の時のあだ名はモリマンだった。
月々八万円の年金で細々と暮らし、最近はやる事も無かったもんで近所のスーパーでイキり散らしていた。
『この惣菜はまずい、おいしくない』と直球かつ悪質なクレームを続けていた所、店員の間で「来たよ、ソムリエ来たよ……」等と囁かれるようになってしまった。
そんな儂だが、別に家庭菜園を持っている訳でもないし、裕福な訳でもない。買出しにスーパーは利用したいし、なるべく安い値段で済ませたいと考えていた。スーパーでイキるのは卒業。そう考え、思考を変えた。――今度は別の場所で店員の質を試してやろう、と。
老害だか何だか知らないが、さて、そんな儂にも生き甲斐というものがある。それは日光浴だ。
特にフィガの海岸でする日光浴は格別であり、寿命が延びるような錯覚を覚える。有害な紫外線をふんだんに浴びてしまったのか、頭部は剥げ散らかしてしまったが、それと引き換えに延命できるのであれば重畳よ。
今日もこの自転車、愛機<ミレニアム号>に乗って海岸の屋台でクレームを入れていた所……儂は意識を失ってしまった。
後頭部への強い衝撃を感じたのが最後。これは散々人に迷惑をかけていた儂への天罰。もしくは、突如世界が崩壊したのかもしれない。
死んだ祖父がよく言っていた、ハルマゲドンという奴なのかもしれない。
それか、儂が大勢に憎まれていたのか。
うむ、木製のバットか何かでストライクされたのかもしれない。
モンスタークレーマー、この萬吉。人生に一片の悔い無し。




