第五十四話 リビングデッド
朝食を食べ終えた後が鬼門だった。
午前九時頃。臨時休業について、問い合わせが殺到したのだ。今日はやっていないのか、いつから営業を再開するのか――。
まるで薬に飢えた中毒者のように、彼らはタチバナハウスの入り口に群がった。
フェイバリットチキンの販売は普段、本店であるここは朝九時からやっている。エルフのラクリマを入手する以前は朝七時から夜九時まで営業し、通勤通学する客や帰宅時の客層を狙っていた。ハーピィ便と連携して各地へ輸送を行う為、早朝から仕込み、受け渡しを行う必要があり、朝五時半に起床しなければならなかった。これが苦行であり、過労死する寸前、ギリギリのラインであったと言えよう。
しかし、五千万ターラを稼ぐという目標がなくなり、売上が然程必要ではなくなった。それ故、直近では営業時間を変更し、朝九時からにしているのだ。塚さんに任せている二号店、すなわちフィガの町にある店舗も同様だ。今では朝七時から八時の間に起きれば充分である。
「なんだよ、休みなんて聞いてないぞ!」
「アレがねぇと元気が出ねーんだよ! 売ってくれよ!」
「ああ……神よ、この歳寄りの生きる意味を、どうか奪わないでくだされ……アーメン」
それだけ客の胃袋を掴んでいたという事なのだろう。だが、想像以上だった。ジャンキーも見受けられる。
最後のババァに至っては、神に祈りを捧げだしたぞ。言うならば“フェイチキ教”か。泣きながら胸の前で十字を切ってみせた。
……違うんだ、そういう宗教的なものをお客さんに求めてはいない。俺は皆においしいね、ってハッピーになってもらいたいだけなんだ。
だというのに、彼らはリビング・デッド・モンスターのようにタチバナハウスの門へと押し寄せてきている。
「申し訳ありません。店舗が火事になってしまったので、本日は臨時休業です」
ひたすら説明し、頭を下げて回った。それでも終わらない。
SNSで臨時休業のお知らせをしておけば良かった、と後悔した。アカウントも作っていないから、今後は有事の為にもSNSを運用していくべきだろう。
昼過ぎまでの間、大勢の客に説明を要求された。ラフィリア達には今朝、連絡済みだ。休業なので出勤しなくてよい、と伝えてある。これは店舗責任者である俺の使命だ。アルバイトの子がわざわざ一緒になって頭を下げる必要なんかない。
中には結構キツく当たってくる奴も居た。期待してくれていたのだろう。ちなみにアネシスの従兄妹、エーティカも来たのだが、説明すると「じゃあ金だけ置いていくわ、またな!」と去って行った。だったら次回の来店時に払えばいいのでは……よく分からないが、アネシスが世話になっているから、少ないけど……っていう意味で受け取っておいた。
「うへぇ~……! タチバナ、これ大丈夫なの?」
声がする方に振り返ればラフィリアの姿があった。その横にはアネシス。出勤しなくていいと伝えてあるから、冷やかし半分、心配半分で見に来てくれたって所だろうか。
「火事って本当だったんですね。ボロボロじゃないですか」
そう言って呆気に取られるアネシス。
お嬢ちゃん、火事で燃えた家を見るのは初めてかい? 実は……俺も初めてさ!
改めて建物の外観を見やると、酷い様相だ。半焼って言うのだろうか、自宅の半分ほどは真っ黒。所々焼け落ち、見るも無残な姿になっている。鎮火された後はすぐ内部が気になっちゃって、外側なんてちゃんと見ていなかったんだよね。いや、これは……エグイて。
だが、見れば燃えたと分かるから、客も納得してくれているのかな。火事になりました、と説明して、尚も食い下がってくる者は居なかった。
客足も落ち着いた所で、俺は思案を巡らせていた。すると、見かねたラフィリアとアネシスが少しの間、店番をしてくれると言う。俺は一度居間へと引っ込み、椅子に座って熟考する。
明日から復帰したい。だが、そんな急遽、営業再開なんて可能だろうか。
自分達だけでは無理だ。腕の良い業者に頼めば或いは……。家は燃え尽きたが、金は未だ残っているのだ。マンパワーならぬマネーパワーで何とかならないだろうか。
そう思っていた矢先、俺の携帯電話が鳴った。確認してみれば……和田君だ。『腕利きのリフォーム業者を紹介するよ!』との事。
和田君、有能すぎるだろ。タイミングが良すぎてちょっと気持ち悪いわ。ツーカーって奴……? 以心伝心かよ。
メール本文に業者のホームページのURLがあった。あと、和田君の場合聖人すぎて「お金もぼくが出すよ!」とか言いかねない。流石に金を出してもらうのは気が引けたので、紹介だけでいい、と念を押しておいた。きちんとお礼も添えて文章を送っておく。
そうと決まれば、このホームページに掲載されている電話番号に直接連絡すればいいのかな。
《ピンポーン》
インターホンが鳴った。誰だろう。恐らく客だと思うが、今は正直忙しいんだよね……。臨時休業って外の門のところに書いてあるのにさ。
俺は重い腰を上げ、モニターを確認してみた。そこには鉢巻を巻いた小さいハゲのおっさんが映っていた。髭だるまでランニングシャツ一枚のみ。ホームレスだろうか。とりあえず出てみよう。
「はい、立花です」
「来たぜ! 腕利きのドワーフたぁ、あっしの事よ!」
小さいハゲのおっさんは陽気にそう答える。親指を立て、二ッと笑ってみせた。
……誰だ、コイツは。
ま~た随分とキャラの濃い奴が来たな。今の短い自己紹介で分かった事がある。それは、コイツが変なドワーフだって事だ。フェイチキを売ってくれって事だろう。だから何遍も説明してるけど、今日は臨時休業だ。外を見てみろ。一夜にしてホーンテッドマンションの出来上がりだ、畜生。
全く、いい加減にしてほしい。俺はインターホンの〈終了〉ボタンを押すと、通話を切った。
《ピンポーン》
すると、またインターホンが鳴った。モニターを確認するとさっきのハゲのおっさんだ。俺は〈通話〉ボタンを押す。
「……はい」
「腕利きのドワーフたぁ、あっしの事よ!」
俺は再度〈終了〉ボタンを押下する。画面が真っ暗になったのを確認して、椅子へと戻る。しかし数秒後、またインターホンが鳴る。
「腕利きのドワーフたぁ、あっしの――」
「いや、なんすか?」
「エッ!?」
「ウチに何か御用でしょうか」
俺が尋ねると、小さいハゲのおっさんは目を丸くしていた。
いや、リアクションが逆やねん。変なのが来て驚きたいのは俺や。
こういう奴を何と呼ぶのか、知っている。迷惑客だ。
困るんだよね。こちとら色々手続きを進めなきゃいけないってのに。変な小さいハゲのおっさんを呼んだ覚えはないし、生憎フェイチキの販売も出来ない。門に書いてあるだろうが。
「何か御用って――」
すると、ドワーフはわなわなと震え、拳を握り締めた。
「――和田国王にお願いされてきたんでい! タチバナさんとやらの自宅を修繕しに来たの!!」
剥げた額には青筋が浮かんでいた。どうやらドワーフは怒っているようだ。
俺は〈開錠〉ボタンを押し、門を開ける。
そういや門の開閉は問題ないな。遠隔操作で開けられる仕組みだが、火事で故障したかと心配していた。機械系統は無事のようである。
まだ電話してないんだが……和田君、手配が早すぎるよ。このドワーフは大工さんなのね。
ちゃんと名乗らないから迷惑客として通報する所だった。
あと、ちゃきちゃきの江戸っ子みたいな喋り方はやめてくれ。話が入って来ない。
俺が玄関のドアを開けると、小さいハゲのおっさんが入ってきた。不満そうに俺を見やると、鼻を鳴らす。
「何で二回も通話を切ったんでい!」
「いや、住所間違えてんのかなって……」
「聞こえてないのかと思っちまったよ! バーロー、何回も名乗って、恥ずかしいだろがい!」
はて、名乗っていただろうか。それよりも、その喋り方は恥ずかしくないのだろうか。邂逅一番でこんなに疑問が湧く人外はアンタが初めてだ。
いや、ここは異世界だ……彼らにとっては普遍的日常。気にしてはいけない。
ドワーフは居間に入ってくるなり「あー、焦げ臭い。穴も開いてらぁ」とか「汚ぇ部屋だなぁ、オイ!」等、罵詈雑言の数々を俺へと浴びせてくる。間違いない。さっきので機嫌を損ねたのだろう。
まぁ……俺は大人だから毅然とした対応をさせてもらうが。
一頻り現場をチェックすると、ドワーフはこちらに向き直り、口を開いた。
「フン、本来国王の用命じゃなきゃあ、蹴ってる依頼よ!」
「ああ、そうかい。適当な仕事したら和田君にチクるからな」
「あんだってぇ……?」
負けじと言い返す俺。ドワーフのおっさんと視線が交差し、火花が散る。
ドワーフのおっさんの方が小さい為、身長差が凄まじい。子供を睨みつけているみたいな感じになった。おっさんはと言えば、歯茎を剥き出しにして今にも襲い掛かってきそうだ。
「旦那ぁ……」
「なんやねん」
「あっし、気に入ったぜ、あんたの事がな!」
そう言うと、ドワーフのおっさんはニカッと笑い、俺の手を取ると、無理やり握手をしてきた。体格に似合わぬ大きな手で、ゴツゴツとしていた。力も強い。
「トンブリだ、よろしく」
「はぁ、どうも」
おっさんは自らをトンブリと名乗った。
どういう風の吹き回しなのか、ブチ切れて喧嘩になるかと思ったが、機嫌を良くしてくれたみたいだ。
いや、もしかしたらドワーフ流の挨拶……? 言葉遣いも汚いし、怒っているんだか、そうじゃないんだか、表情から掴めないんだよね。




