第五十三話 QOLの低下
翌朝、全身に降り注ぐ太陽光で目が覚めた。屋内なのに日光浴が出来る。なんて画期的なのだろう。
焦げ臭くてそもそも寝苦しかったので、熟睡は出来ていないし、夏も本番だ。寝汗をかき過ぎてシーツが水没したようになっていた。
ちなみに、夜中部屋を徘徊していたゴーラは、姿を消していた。雑食性なのと夜行性なのは、どうやら地球と同じようである。
居間へと赴くが、誰も居ない。ヴィータはまだ夢の中のようだ。昨日叱責した事に対して、俺も過分な点があったと頭を下げておきたかったのだが。
と、なると先にアレをやっておくか。
俺は突貫工事で看板を作り始めた。長方形の木製の板に紙を貼り合わせ、その上から大きくペンで『フェイチキ臨時休業』と書いた。それをタチバナハウスの豪奢な門に立てかける。今日は休みだと、これならば判然である。
「おはようですー……」
「ヴィータ、おはよう」
そうこうしている間に、ヴィータが起きてきた。いつもと変わらぬ姿だが、きっと涙で枕を濡らしていたに違いない。
昨日は俺も言い過ぎた。幼い彼女に留守番をさせたのは俺だし、責任能力を追及し過ぎなのだ。昨日はごめんね、と謝っておく。すると――
「? 何がです?」
オイオイ、記憶力がお粗末すぎるだろ。火事だよ、火事!
寝たら忘れたとでも……ほら、見て。いつもと違うでしょ? ドス黒く変色したキッチンとか、煤まみれのテーブルとか。
終いには「あれ、何で屋根がないですか?」と問い出す始末。ショックのあまり、記憶喪失にでもなったのだろうか。昨日、キミが電子レンジでチンし過ぎて炎上したんだよ、と丁寧に説明してあげたら、合点が行ったようだ。
「そういえば……道理で、今日は隙間風が強いなって思ったです」
焼け穴からビュービューと風が吹き込んできていた。ヴィータの目の前でチラシが何枚か飛んだ。
紙面には『フェイチキ、値下げキャンペーン実施中!』と書かれている。
ひとまず、ヴィータが起きてきたので朝食タイムだ。俺は慣れた手つきで目玉焼きを作っていく。油を引いて温めたフライパンに卵を落とし、同時進行で冷凍してあったミックスベジタブルやウィンナーをフライパンに載せて、火を通していく。
ちなみに、電子レンジは昨日木っ端微塵に吹き飛んだので使えない。冷蔵庫、冷凍庫が燃えなかったのは本当に良かった。だが、エアコンはスイッチを押しても起動しなくなった。このクソ暑い中、冷房が入れられない。天井は吹き抜けになってしまい、直射日光がダイレクトに降り注ぐ。眩しすぎるキッチンに顔を顰めながら、調理をするはめになった。
何だろう、「明るい食卓だ」なんて言い回しを聞くけど、そういう意味じゃないんだよね。物理的に明るいんだもの。いや、明るいっていうか眩しい。運動会の昼下がりに、学校のグラウンドで昼食を食べるような気分だ。
「……目玉焼きはケチャップでいいのか?」
「オッケーです!」
黄身も固まってきたので、俺はフライ返しで目玉焼きをひっくり返した。
これ、弱火でやるから時間が掛かるんだよね。
目の前にいる竜人は上機嫌だ。気にしていたのは俺だけだったのかな。小さな女の子が突然目の前で泣き出したら、そりゃあ狼狽える。初めてだったし。それにこの子の親がどうしているのかは分からないけど、保護者代理として、正しく導く必要がある。そんな気がしたのだ。
それから、俺はトーストを作ろうとしたところで、ある事実に気が付いた。トースターも駄目になっていた。タイマーのツマミを何度回してみても、作動しない。
ふぅ……これは全面的な買い替えと、リフォームが必要だぞ?
俺は出来上がった目玉焼きを皿に移し替え、フライパンに食パンを放り入れた。一度に一枚しか焼けないが、これでいい。トースターが無い時はフライパンでイケる。生活の知恵だ。
しっかりと両面焼いてからマーガリンを塗り、ジャムを塗っていく。出来上がったものから先にヴィータに食べさせた。
『あのー、一体何があったでありんすか』
そんな時、頭上から声がした。降り注いでいた太陽光に影が差す。見れば、天井の穴からこちらを覗いている人影があった。廓言葉を話す有翼人、セイレーンのフォルテだ。
「おお、フォルテ! あ、ちょっと降りてきてもらっていい?」
フォルテにはフェイチキのハーピィ便(空輸での宅配)を通して世話になっている。今日のフェイチキ販売は、本店であるタチバナハウスの方は中止と伝えておかないと……。すっかり失念していた。
彼女は玄関の扉を開けて入ってくると、周囲を見渡した。
「フェイチキの油にでも引火したでありんすか」
「いや、ちょっとね。電子レンジの未知なる可能性にチャレンジしてみたのさ」
「……よう分かりんせんが、成程。承知したでありんす。ハーピィ便の方はわっちに任せておくんなんし」
「ゴメン、助かる!」
何か手伝った方が良いでありんすか――、とフォルテは付け加える。屋根の修理なら是非ともやってほしいくらいだ。
しかし問題は山積みであり、未だに状況の把握も完璧ではない。気持ちだけ受け取っておき、俺は彼女の申し出を断った。
一番の正念場は……きっとこの後なのだ。




